婚約破棄されましたが、

太もやし

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新しい未来が訪れました

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 突然ですが、私マリー・ブラウンフィールドは婚約破棄されました。

 学校帰りに、馬車にひかれそうになっていた、とても幼い少年を助けたときに、美しいと周りから言われていた顔に傷を負ってしまったのです。幸いなことにその傷は、顔の周りに髪を垂らせば、目立つことはありません。なのに、顔の傷を理由に、婚約破棄されたのです。

「マリー、君は僕に顔の傷のことを黙っていたんだね! 婚約者である僕に教えないなんて、いったいどういうつもりなんだい! 君の長所は、その顔だったのに!」

 元婚約者のテディ・ロングはそう言って、私を心配するのでなく、私に怒りをぶつけました。それも学校の食堂で。
 そりゃあ、もう私も怒りますよね。私だって、傷を負って傷ついているのです。少年を救った名誉の傷とはいえ、うら若き乙女ですから、顔にある傷のことは公衆の面前で触れて欲しくなかったのです。

「傷のことは、あなたにちゃんと伝えるつもりだったわ、テディ。人がいないところで、こっそりとね。それに、あなたにはわからなかったでしょうけど、私の長所は顔だけでは無いわ」

 私の怒りに震える声に、テディは気がつきません。顔を真っ赤にして、口の端から泡を出しながら、大声で威嚇するように、怒鳴ります。

「マリー、僕は君の顔が好きだと何度言ったか覚えてないのかい? そんな顔の君では、恥ずかしくて、僕のそばにいてほしくないよ!」

 ああ、周りの人達が、私たちを見てひそひそ話をしています。私と一緒にご飯を食べていた友人も断りを入れると、飛び立つ鳥のように、私のそばから離れていきます。

 そんな私たちのところに、近づいてくる人がいました。

 彼は、この名門貴族が通う学校でも一番の家柄と一番の美貌をもつ、氷の貴公子として有名なケイス・アミロールトです。彼がなんの用事で近寄ってくるのか、私はテディより彼の方に視線が吸い寄せられました。

「マリー、こっちを見るんだ! この僕が話しているんだぞ!」

「代わりに、おれがお前を見てやるよ。テディ・ロング」

 ケイスは腕を組み、テディに剣呑な声で話しかけました。テディったら、ウサギのように大きく飛び跳ねて驚いています。彼の小動物のような雰囲気が好きで婚約したのに、今では愚かな道化にしか見えません。ああ、悲しい。

「君は関係ないだろう、ケイス・アミロールト! 僕は今、この元婚約者であるマリーに話しかけているんだ!」

 ああ、怯えた小動物が、自分より強そうな生物に戦いを挑んでいます。もはや他人事のようにしか、テディのことを感じることができない私はどうにかなってしまったのでしょうか。

「いや、関係あるね。彼女は、おれの弟を助けてくれた恩人だ。その彼女の名誉を傷つけるなんて、おれが絶対に許さない」

 えっ、私も今初めて知りました。確かに、あの男の子は綺麗な顔立ちをしていましたが、公爵の子息とは思ってもいませんでした。

「マリー・ブラウンフィールド、そろそろ立ち直れそうか?」

 ケイスは心配そうな顔で、私の顔を見つめてきました。端正な顔立ちの彼に見つめられて、私は恥ずかしさに頬を染めてしまいます。彼の氷のような灰色の瞳には、私を気遣う色と優しい色が浮かんでいました。

「いいえ、まだ時間が必要ですわ……」

 そう、婚約破棄されたばかりなのに、ケイスに見つめられただけで頬を染めるなんて、まだ精神が不安定の証です。そう、精神が不安定なせいなのです。
 ケイスは眉間にシワを寄せると、テディに向き直りました。

「レディを傷つけるなんて、お前は紳士として最悪だよ、テディ」

 私に話しかけた声とはうって変わった冷たい声は、辺りを氷の世界に誘うようです。

「そもそも、彼女という素晴らしいレディは、お前にもったいない。お前は最低のクズだからな」

 テディがその言葉に顔を真っ赤にして、ケイスに殴りかかりました。ケイスは身軽に避けると、テディの頭を掴んで体を捕まえると、お腹に膝蹴りを入れます。うわ、痛そう。

「紳士らしく、言葉を使うべきだったな。そうしたら痛い目に合わずにすんだのに」

 ケイスは、お腹を押さえ床に伏せているテディに向かって、そう吐き捨てるように言いました。

 ガラス越しのようだった世界が、ついに目の前のものに変わってきます。そういえば私は少年を助けたわけであって、ケイスの弟だから助けたのではありません。彼にそこまでしてもらう理由はないのです。

「やめてください、アミロールト! 私は自分のことは自分で解決できます!」

 ケイスは怒りのせいで目尻の上がった、切れ長の目で、私を見ました。

「いいや、マリー。君はもう、おれのものだ。おれは君を守るし、君を傷つけたやつとはおれが戦う」

 は? 意味がわかりません。

「私はあなたのものでは、ありません。私のことが好きでもないのに、そんなことおっしゃらないでください」

 ケイスは片眉を吊り上げ、首を横に振りました。私が頑固者であるかのような態度はやめてほしいです。
「おれはずっと君が好きだった。君はテディと婚約を交わしていたせいで知らなかっただろうが、おれは君のお父さんにずっと前から婚約を申し入れていたよ」

 知りませんでした。求婚者がいることを教えといてよ、お父さん。

「学校を卒業したら、おれと結婚してほしい。君のためなら、おれはなんだってする。とりあえず、テディをもっと痛めつけようか」

 ケイスは汚いものを触るように、倒れているテディを足でつつきました。

「いいえ、彼は元とはいえ私の婚約者です。もう傷つけないでください」

 私の言葉に、ケイスは口をへの字にして抗議してきました。でも譲るつもりはありません。

「それと、婚約する前に、あなたのことをもっと知りたいです。友達からのお付き合いというのはどうですか?」

 ケイスはそれで機嫌を直してくれました。喜劇を見ているかのような、愉快そうな笑みを浮かべ、私の元へ近寄り、私の手を取りました。

「ああ、君が選んだなら、それがいい。よろしく、マリー・ブラウンフィールド」

 そしてダンスを誘うようにお辞儀をしてくれます。彼は私のことをお姫様と勘違いしているのでしょうか? でも、そういうキザなところは嫌いではありません。

「私に選択させてくれてありがとう、ケイス・アミロールト」

 ちょっとイヤミですが、言ってしまったものは取り消せません。しかし、それでも彼は笑ってくれています。

「喜んでくれるなら、何度でも君に選択してもらうよ。これからの人生、たくさんの選択肢があるだろうからね」

 あら、彼はちょっと気が早いみたいです。

「私の顔には、傷がありますよ」

 私は一生消えない傷を抱えていく決意をしましたが、彼はそうではないかもしれません。テディ曰く、私の長所の一つが消えたのですから。

「おれの馬鹿な弟を救ってくれて、ありがとう。それに傷があっても、君の美しさは変わらない。なにより君の美しさは、その心にあるのだから」

 ケイスは優しくささやきました。とても嬉しい言葉に、思わず涙がこぼれます。彼はそれを指で優しくすくい、私を強く抱きしめてくれました。ああ、彼が私を好きでいてくれてよかった。


 突然ですが、私マリー・ブラウンフィールドは、氷の貴公子と婚約しました。
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