柔よく剛を制す

薬袋 藍(ミナイ ラン)

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第1章 官吏試験編

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夕食後、三人の部屋に戻る途中で秀英が厠に寄っていくということだったので、晏寿と景雲で部屋に戻った。
部屋で寝る支度をしていると、景雲がおもむろに晏寿の名を呼んだ。

「何?」
「その、今日は済まなかった」

景雲にしては歯切れ悪く言葉を繋ぐ。

「俺がしっかり仕事ができないから、お前が多くすることになってしまった」

いつも自信に満ちた景雲が眉を下げ謝っている。
晏寿は先程の食事に何か妙なものが入っていたのではないかと疑ってしまう。

「さっきまでは『何故俺がこんなことを』とか『別の者にさせれば良い』と思って悪態をついていた。
けれど、俺の仕事が雑になればなるほど晏寿への負担が増えて。
そして小さな身体で俺に文句も言わず頑張るお前を見ていたら、自分の器の小ささを痛感したよ。
本当に悪かった。
明日からは真面目にやる」

「あの、熱は?」
「は?」
「いえ、貴兄からそんな言葉が出てくるなんて思わなくて…
どこか調子が悪いのかと」
「失礼な奴だな。
俺だってちゃんと礼と詫びの言葉は知っているさ」

心外だ、とばかりにふんっと鼻を鳴らし、腕を組む。
その傲慢な態度とは裏腹に「でも」と弱々しく言葉を続けた。

「ただ、今日した仕事はもっと身分の低い者の仕事だと思っていたから、どうしたらいいのかわからなかったというのもある。
勝手がわからず、自分が出来ないことに対していらだって今日のような結果になってしまった」

はは、と自嘲する景雲。
自分のことを笑う景雲とは反対に晏寿は笑わなかった。

「なら、今日を教訓にして明日からすればいい。
わからないことは人に聞けばいい。
景雲はちゃんと反省できたから、もう間違えないわ」
「…当たり前だ。
俺は容景雲なのだから」

弱々しかったが、いつもの景雲節が戻ってきて、晏寿はほっとする。
そして思うことがもう一つ。
秀英は何も言わず仕事をしていたが、彼は景雲よりも上位の身分。
景雲がわからないのだから、秀英は尚更わからなかったのではと疑問に思う。
ちゃんとできていたのであろうか。

「時に晏寿」
「何か?」
「初めて俺の名を呼んだな。
それは俺に心を許したとみた。
丁度秀英もいないし…」

先程までのしおらしい景雲とは一転、にやりと妖艶な笑みを浮かべ、じりじりと晏寿に近寄ってくる。
晏寿は身の危険を感じて、後ずさりして入り口のほうへ向かった。

「なんでそうなるのよ!?」
「まあいいじゃないか」

「よくない」

不意に頭上から第三者の声が聞こえ、晏寿は見上げる。
そこには眉間に皺を寄せた秀英が立っていた。

「なんだ、帰ってきたのか。
これからが楽しいのに」
「景雲、からかうのも大概にしろ。
全く、油断も隙もない」

秀英が帰ってきたことで身の安全を感じた晏寿はほっとする。
だが、さっきまで景雲に向かっていた秀英の注意が晏寿に向かう。

「言っただろう。
“警戒心は常に持っていたほうがいい”と」
「…すみません」
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