13 / 133
第1章 官吏試験編
12
しおりを挟む
夕食後、三人の部屋に戻る途中で秀英が厠に寄っていくということだったので、晏寿と景雲で部屋に戻った。
部屋で寝る支度をしていると、景雲がおもむろに晏寿の名を呼んだ。
「何?」
「その、今日は済まなかった」
景雲にしては歯切れ悪く言葉を繋ぐ。
「俺がしっかり仕事ができないから、お前が多くすることになってしまった」
いつも自信に満ちた景雲が眉を下げ謝っている。
晏寿は先程の食事に何か妙なものが入っていたのではないかと疑ってしまう。
「さっきまでは『何故俺がこんなことを』とか『別の者にさせれば良い』と思って悪態をついていた。
けれど、俺の仕事が雑になればなるほど晏寿への負担が増えて。
そして小さな身体で俺に文句も言わず頑張るお前を見ていたら、自分の器の小ささを痛感したよ。
本当に悪かった。
明日からは真面目にやる」
「あの、熱は?」
「は?」
「いえ、貴兄からそんな言葉が出てくるなんて思わなくて…
どこか調子が悪いのかと」
「失礼な奴だな。
俺だってちゃんと礼と詫びの言葉は知っているさ」
心外だ、とばかりにふんっと鼻を鳴らし、腕を組む。
その傲慢な態度とは裏腹に「でも」と弱々しく言葉を続けた。
「ただ、今日した仕事はもっと身分の低い者の仕事だと思っていたから、どうしたらいいのかわからなかったというのもある。
勝手がわからず、自分が出来ないことに対していらだって今日のような結果になってしまった」
はは、と自嘲する景雲。
自分のことを笑う景雲とは反対に晏寿は笑わなかった。
「なら、今日を教訓にして明日からすればいい。
わからないことは人に聞けばいい。
景雲はちゃんと反省できたから、もう間違えないわ」
「…当たり前だ。
俺は容景雲なのだから」
弱々しかったが、いつもの景雲節が戻ってきて、晏寿はほっとする。
そして思うことがもう一つ。
秀英は何も言わず仕事をしていたが、彼は景雲よりも上位の身分。
景雲がわからないのだから、秀英は尚更わからなかったのではと疑問に思う。
ちゃんとできていたのであろうか。
「時に晏寿」
「何か?」
「初めて俺の名を呼んだな。
それは俺に心を許したとみた。
丁度秀英もいないし…」
先程までのしおらしい景雲とは一転、にやりと妖艶な笑みを浮かべ、じりじりと晏寿に近寄ってくる。
晏寿は身の危険を感じて、後ずさりして入り口のほうへ向かった。
「なんでそうなるのよ!?」
「まあいいじゃないか」
「よくない」
不意に頭上から第三者の声が聞こえ、晏寿は見上げる。
そこには眉間に皺を寄せた秀英が立っていた。
「なんだ、帰ってきたのか。
これからが楽しいのに」
「景雲、からかうのも大概にしろ。
全く、油断も隙もない」
秀英が帰ってきたことで身の安全を感じた晏寿はほっとする。
だが、さっきまで景雲に向かっていた秀英の注意が晏寿に向かう。
「言っただろう。
“警戒心は常に持っていたほうがいい”と」
「…すみません」
部屋で寝る支度をしていると、景雲がおもむろに晏寿の名を呼んだ。
「何?」
「その、今日は済まなかった」
景雲にしては歯切れ悪く言葉を繋ぐ。
「俺がしっかり仕事ができないから、お前が多くすることになってしまった」
いつも自信に満ちた景雲が眉を下げ謝っている。
晏寿は先程の食事に何か妙なものが入っていたのではないかと疑ってしまう。
「さっきまでは『何故俺がこんなことを』とか『別の者にさせれば良い』と思って悪態をついていた。
けれど、俺の仕事が雑になればなるほど晏寿への負担が増えて。
そして小さな身体で俺に文句も言わず頑張るお前を見ていたら、自分の器の小ささを痛感したよ。
本当に悪かった。
明日からは真面目にやる」
「あの、熱は?」
「は?」
「いえ、貴兄からそんな言葉が出てくるなんて思わなくて…
どこか調子が悪いのかと」
「失礼な奴だな。
俺だってちゃんと礼と詫びの言葉は知っているさ」
心外だ、とばかりにふんっと鼻を鳴らし、腕を組む。
その傲慢な態度とは裏腹に「でも」と弱々しく言葉を続けた。
「ただ、今日した仕事はもっと身分の低い者の仕事だと思っていたから、どうしたらいいのかわからなかったというのもある。
勝手がわからず、自分が出来ないことに対していらだって今日のような結果になってしまった」
はは、と自嘲する景雲。
自分のことを笑う景雲とは反対に晏寿は笑わなかった。
「なら、今日を教訓にして明日からすればいい。
わからないことは人に聞けばいい。
景雲はちゃんと反省できたから、もう間違えないわ」
「…当たり前だ。
俺は容景雲なのだから」
弱々しかったが、いつもの景雲節が戻ってきて、晏寿はほっとする。
そして思うことがもう一つ。
秀英は何も言わず仕事をしていたが、彼は景雲よりも上位の身分。
景雲がわからないのだから、秀英は尚更わからなかったのではと疑問に思う。
ちゃんとできていたのであろうか。
「時に晏寿」
「何か?」
「初めて俺の名を呼んだな。
それは俺に心を許したとみた。
丁度秀英もいないし…」
先程までのしおらしい景雲とは一転、にやりと妖艶な笑みを浮かべ、じりじりと晏寿に近寄ってくる。
晏寿は身の危険を感じて、後ずさりして入り口のほうへ向かった。
「なんでそうなるのよ!?」
「まあいいじゃないか」
「よくない」
不意に頭上から第三者の声が聞こえ、晏寿は見上げる。
そこには眉間に皺を寄せた秀英が立っていた。
「なんだ、帰ってきたのか。
これからが楽しいのに」
「景雲、からかうのも大概にしろ。
全く、油断も隙もない」
秀英が帰ってきたことで身の安全を感じた晏寿はほっとする。
だが、さっきまで景雲に向かっていた秀英の注意が晏寿に向かう。
「言っただろう。
“警戒心は常に持っていたほうがいい”と」
「…すみません」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる