ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

勤務初日⑧

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 ピアジェは打ち合わせ場所のトレーニングルームの入り口付近で無表情で手を後ろに組んで立っていた。周りに50人以上はいるであろう団員たちが立っていて、ピアジェは皆の顔を眺めたあとで私とケニーに前に出るように促した。私たちは言われた通りにピアジェのそばに行き、団員たちと向き合うように立った。ケニーは人前に出るのに緊張しているのか、それともすぐ目の前に立っているのがシンディだからか、真っ赤になって俯いている。冷やかすつもりでケニーの脇腹を肘でつつくと、柔らかい感触がした。

「君たちこの新しい仲間を紹介しよう。ケニーとネロだ。ケニーにはサーカス団の広報を、ネロには雑用や動物の世話をしてもらう」

 ピアジェは朗らかな声で私たちの紹介をしたあと、何か一言挨拶をするようにと促した。ケニーはとても喋れる状態には見えなかったので、私が二人分の自己紹介をすることにした。

「僕はネロ。今日からみんなの仲間になります。趣味はサッカーと音楽を聴くこと。あとボウリングとカラオケかな、言っても歌は苦手だけどね。隣にいるのはケニー、僕の伯父さんなんだ。PCのことなら彼に聞いて。あと、ゲームがめちゃくちゃ上手いんだ。特に……」

 ケニーが横で恥ずかしそうに「もうその辺でいい」と囁いたから、「みんなと早く仲良くなりたいと思ってます。よろしく」という言葉で締め括った。団員たちはみんなと笑顔と拍手で歓迎してくれた。

「これからよろしくね」

「一緒に頑張ろう!」

 あちこちから声がかけられる。打ち解けられるか不安だったけれど、すごく明るい空気で温かい歓迎に胸を撫で下ろした。

 自己紹介の途中、先ほどの坊主頭の人とルーファスがこっそり車両に入ってくるのが見えた。坊主頭の人は自己紹介の間中何か言いたそうにこちらを見ていた。

「言い忘れていたが時間は厳守。そして、携帯は禁止だ。持っていたら即没収する」

 ピアジェがジロリと坊主頭の人と私を見た。

「実は、持ってなくて……。スラムで失くしたみたいで」と頭をかくと、団長は「本当か?」と疑り深い眼差しを向けた。

「本当です、彼は嘘をつきません。スラムで銃撃戦にあったとき、どこかに落としたんでしょう」

 ケニーが慌ててフォローを入れてくれた。

「なら後で番号を教えろ、代わりに電話しといてやる」

 ケニーにしたのと同じ嘘か本当かわからない宣言で朝礼は締め括られ、ピアジェはいなくなり他の団員たちに囲まれた。

 パフォーマーの中には男女混合の5人のダンサーがいた。元々5人で活動していたが、事務所との契約を切られ困っていた時、街頭でパフォーマンスしているところをルーファスにスカウトされ入団したらしい。

 団員たちは皆フレンドリーだったが、中でも明るいベージュの無造作ヘアーのニヒルな笑顔の男が一番積極的に絡んできた。

「俺は曲芸師のジャンっていうんだ、おっさんよろしくな!」とジャンに肩を組まれたケニーはアグレッシブなノリが苦手なのかそもそも人が怖いのか、やや引き気味だった。

 ケニーはやがて極度の緊張のためか疲れか、青白い顔で走って消えた。

「ごめんね。彼は久しぶりに外界に出たものだから、まだ人に慣れてないんだ」

 それを聞いたジャンはさほど大したことでもないという風に頷いた。

「すぐ慣れるさ、お前もな」

 ジャンは元々ルーマニアのサーカス団にいたらしい。アクロバットを得意としていた彼はスターだったが、公演を観に来たピアジェにスカウトされてこのサーカス団に移籍してきたという。

 他にも団員の中には面白い経歴を持つ人が多くいた。元体操選手やバレリーナもいたし、ウィグルの雑技団で綱渡りなどの曲芸をしていたというクリーという小柄な女性もいた。黒髪のお団子頭の彼女は見た目は妖精のようだが、話し方は男勝りだった。

「他にホクっていう身体の大きな火吹き芸人がいるんだけど……あまり人と話したがらないんだ、朝礼に出てくるのも稀で」

 クリーは苦笑いをした。もしかしたら、あの
耳栓をくれたのがホクだったのかもしれない。会ったらお礼を言わなきゃ。
 
 食堂を出ようとした時坊主頭の人に話しかけられた。

「ねぇあなた、あの時の子じゃない?」

 そこではっとして相手の顔をまじまじと見た。その声と目に見覚えがあったからだ。

「あなたはーー」

 彼はーーいや、彼女はつい最近、ディアナにこっぴどくやられた私を助けてくれた人だった。男性の容貌をしていたために全く気がつかなかった。

「ふふ、最初気づかなかったでしょう? 普段は女の格好をしてるけど、朝はこんな感じだから」

 歌うように言ったあと、彼女は右手を差し出した。

「私はジュリエッタよ、この間は自己紹介しないまま別れちゃったけど……。ここではシンガーやってるの。あと、サーカス用衣装のデザインや制作もね」

 彼女に伝えなければいけないことがあるのに、手を握ったら言葉に詰まった。彼女の手の温もりと眼差しは、泣き出したくなるような優しい愛情に溢れている。

「ジュリエッタ、あの時は助けてくれて本当にありがとう。あなたがいなかったら、惨めなまま家に帰ることになってた」

 ジュリエッタは「いいのよ」と微笑んだ。

「その髪型もなかなか素敵よ。男の子のあなたもハンサムね、ネロって名前もイカしてる」

「ありがとう」と私はお礼を言った。なぜ男に化けているのか、ジュリエッタは一度も聞くことはなかった。

「色々あって男のふりをしてるの。他の人たちには、女だってことは内緒にしておいてくれない?」

 皆を騙すみたいで罪悪感があったが、ジュリエッタは深く追求することなく「約束するわ」と即答してくれた。

「私はどちらの性も経験したから分かるの。男の子でいることは女の子でいるより楽なこともあるけれど、辛いこともある。でも男として、女として生きるっていうより、あなた自身を生きられたらいいのよ、結局ね」

 ウィンクをしたあとジュリエッタは、「じゃあ、私はみんなと一緒に朝のストレッチをするわ」と投げキッスをしてスキップで去って行った。

「彼女と知り合いなのか?」

 ケニーが不思議そうに訊いてきた。

「うん、前にディアナにやられた時に助けてもらったのよ」

「なんだ、そうだったのか」

 ディアナにジュースをかけられ大切なお金を取られてビンタをされた後は、まるでこの世の終わりみたいな気持ちになった。だけどジュリエッタが救いの手を差し伸べてくれたとき、彼女みたいな人がいるなら世の中も捨てたもんじゃないなと思えた。そしてこうも思った。私もそんなふうに誰かに感じさせられるような人間になりたいと。
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