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第3章〜新たな出発〜
クラウンアヴリル⑤
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自分の本当の気持ちに気づいた途端に、まるで眠りから覚めたみたいに世界が鮮やかに見えた。子どもの頃に感じたオーロラを笑わせたいという気持ちは、大人になった今も変わらずにあった。
ジュリエッタが前に鼻歌で歌っていた。『道化の恋は一度きり』と。きっと最初から私の心にあったのは彼女のためのスペースだけだった。それが余りに大きいために他の誰も入る隙間がなかったのだ。いつからなのか、どれほどの間かなんて分からない。友達、親友、恋人未満、運命の相手、ソウルメイト……どの言葉が当てはまるかなんて考える時間も惜しいほどに、私は今オーロラに自分の全ての時間と物語を捧げたかった。
一度きりの恋しかできない道化は不幸なんだろうか。タネルのように生涯でただ1人愛した女性と別れ、孤独な道化として生きていくしかない人もいる。
私は幸せな道化でありたい。人生でただ一度の恋を1人の人に捧げ、死んでもなお愛する人に笑われながら語られるような。
いてもたってもいられなくてオーロラに電話をかけた。
『もしもし? 誰?』
オーロラの声が電話から聴こえてくるだけで嬉しかった。
『アヴィー? 元気してる? あなたのお母さんから聴いたわ、あなたがイスラエルで行方不明になっていたけど連絡が来たって。
ねぇアヴィー、もう危険な旅はやめて、今すぐにこっちに来ることはできない? あなたが遠い知らない国でどんな目に遭っているか、考えただけでどうにかなりそう。もうここでただぼんくらみたいに、あなたが無事でいるという知らせを待っていることなんて耐えられないわ。それとも、どうしてもやらなくちゃいけないことがあるの? お金ならいくらでも送る。あなたの命とは代えられないわ。お願い、アヴィー……」
オーロラが泣いているのが震える声で分かる。彼女の心配は限界に達している。私は彼女をどれほど苦しめていたんだろう。
愛してる。必ず会いに行くから心配しないで。
こんな短い言葉すら伝えられない私の方がまるでぼんくらみたいだ。それにしてもぼんくらだなんて、オーロラはやっぱり面白い言葉を使う。そんなところが好きだった、ずっと。
受話器を握りしめる手が震え、熱い涙が頬を滑り落ちていく。
本当は今すぐ飛行機でロンドンに行きたい。オーロラを抱きしめて気持ちを伝えたい。それができないのは何故か。
私は世界に1つしかないであろうCDをあの男に奪われてしまった。それを取り返さなければオーロラに会いにはいけない。何故ならあのCDこそが私たち2人の宝物であり、私の想いの証であり、心を繋ぐものであり、命でありかけがえのない思い出だからだ。ただの丸いプラスチックとアルミでできた記録媒体だけど、おそらくは誰かが愛する人に渡す指輪に負けないくらい私の真実の感情を物語るものだ。
これを言ったらオーロラは笑うかもしれない。もしくはそんなものいらないから早く来いと怒るかも知れない。でも私にとっては一大事だ。言葉だけでとても足りない。それを補うための何かがあのCDなのだ。
『アヴィー……。お願いだから無事でいて』
オーロラの啜り泣きが悲しく鼓膜を揺らす。彼女のために流されるこの涙は、これまでに流したどの涙とも違う温度と感触がした。
激しい罪悪感を抱いたまま電話を切る。
夕方再び図書館のパソコンからメールを確認したら、アンジェラからメールが来ていた。
『アヴリルへ
ミハイルと一緒にいたと聞いてびっくりしたわ。彼が元気でやっているならよかった。
彼が変わってしまったことはすごく悲しいし残念だった。
残念ながら、彼は私のところには来ていないわ。だけど、行きそうなところなら分かる。
恋人だった頃に2人でよく旅行に行っていた場所よ。その場所の情報を送るわね。
そうそう、ミラーとルチアに手紙を書いたわ。この間彼らから返事が来た。ルチアはあなたのことを話していた。いなくなって寂しがっていたわ。
それじゃあ。
アンジェラ』
アンジェラからのメールに貼り付けされていたURLをクリックしたら、青い海に囲まれた緑の岬の景色が画面一面に広がった。英仏海峡に浮かぶフランスのボ・ワーズ島という場所だ。美しい島だと思った。
2人の思い出の場所。そこに1人で佇むミハイルの姿が目に浮かんだ。彼は1人きりで生きていくことを選んだ。私を裏切った理由については未だ謎のままだが、私が彼を純粋に慕っていた一方で、彼の気持ちは純粋なものではなかったのだ。
こんな仕打ちを受けてもなお、彼に生きていてほしいと願っている私がいる。彼がどうかあの島を最後の地として選んでほしくはないと。
ジュリエッタが前に鼻歌で歌っていた。『道化の恋は一度きり』と。きっと最初から私の心にあったのは彼女のためのスペースだけだった。それが余りに大きいために他の誰も入る隙間がなかったのだ。いつからなのか、どれほどの間かなんて分からない。友達、親友、恋人未満、運命の相手、ソウルメイト……どの言葉が当てはまるかなんて考える時間も惜しいほどに、私は今オーロラに自分の全ての時間と物語を捧げたかった。
一度きりの恋しかできない道化は不幸なんだろうか。タネルのように生涯でただ1人愛した女性と別れ、孤独な道化として生きていくしかない人もいる。
私は幸せな道化でありたい。人生でただ一度の恋を1人の人に捧げ、死んでもなお愛する人に笑われながら語られるような。
いてもたってもいられなくてオーロラに電話をかけた。
『もしもし? 誰?』
オーロラの声が電話から聴こえてくるだけで嬉しかった。
『アヴィー? 元気してる? あなたのお母さんから聴いたわ、あなたがイスラエルで行方不明になっていたけど連絡が来たって。
ねぇアヴィー、もう危険な旅はやめて、今すぐにこっちに来ることはできない? あなたが遠い知らない国でどんな目に遭っているか、考えただけでどうにかなりそう。もうここでただぼんくらみたいに、あなたが無事でいるという知らせを待っていることなんて耐えられないわ。それとも、どうしてもやらなくちゃいけないことがあるの? お金ならいくらでも送る。あなたの命とは代えられないわ。お願い、アヴィー……」
オーロラが泣いているのが震える声で分かる。彼女の心配は限界に達している。私は彼女をどれほど苦しめていたんだろう。
愛してる。必ず会いに行くから心配しないで。
こんな短い言葉すら伝えられない私の方がまるでぼんくらみたいだ。それにしてもぼんくらだなんて、オーロラはやっぱり面白い言葉を使う。そんなところが好きだった、ずっと。
受話器を握りしめる手が震え、熱い涙が頬を滑り落ちていく。
本当は今すぐ飛行機でロンドンに行きたい。オーロラを抱きしめて気持ちを伝えたい。それができないのは何故か。
私は世界に1つしかないであろうCDをあの男に奪われてしまった。それを取り返さなければオーロラに会いにはいけない。何故ならあのCDこそが私たち2人の宝物であり、私の想いの証であり、心を繋ぐものであり、命でありかけがえのない思い出だからだ。ただの丸いプラスチックとアルミでできた記録媒体だけど、おそらくは誰かが愛する人に渡す指輪に負けないくらい私の真実の感情を物語るものだ。
これを言ったらオーロラは笑うかもしれない。もしくはそんなものいらないから早く来いと怒るかも知れない。でも私にとっては一大事だ。言葉だけでとても足りない。それを補うための何かがあのCDなのだ。
『アヴィー……。お願いだから無事でいて』
オーロラの啜り泣きが悲しく鼓膜を揺らす。彼女のために流されるこの涙は、これまでに流したどの涙とも違う温度と感触がした。
激しい罪悪感を抱いたまま電話を切る。
夕方再び図書館のパソコンからメールを確認したら、アンジェラからメールが来ていた。
『アヴリルへ
ミハイルと一緒にいたと聞いてびっくりしたわ。彼が元気でやっているならよかった。
彼が変わってしまったことはすごく悲しいし残念だった。
残念ながら、彼は私のところには来ていないわ。だけど、行きそうなところなら分かる。
恋人だった頃に2人でよく旅行に行っていた場所よ。その場所の情報を送るわね。
そうそう、ミラーとルチアに手紙を書いたわ。この間彼らから返事が来た。ルチアはあなたのことを話していた。いなくなって寂しがっていたわ。
それじゃあ。
アンジェラ』
アンジェラからのメールに貼り付けされていたURLをクリックしたら、青い海に囲まれた緑の岬の景色が画面一面に広がった。英仏海峡に浮かぶフランスのボ・ワーズ島という場所だ。美しい島だと思った。
2人の思い出の場所。そこに1人で佇むミハイルの姿が目に浮かんだ。彼は1人きりで生きていくことを選んだ。私を裏切った理由については未だ謎のままだが、私が彼を純粋に慕っていた一方で、彼の気持ちは純粋なものではなかったのだ。
こんな仕打ちを受けてもなお、彼に生きていてほしいと願っている私がいる。彼がどうかあの島を最後の地として選んでほしくはないと。
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