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第3章〜新たな出発〜
列車②
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私はまた列車に乗っていた。
目の前に白髪の高齢男性が座っていた。死んだ祖父だった。祖父は私を見て微笑んだ。
「アヴリル、久しぶりだね」
そうだ、祖父はこんな風に喋る人だった。細まった目の周りに皺が寄っている。祖父は少し上に視線を移し、「その帽子を大切に持っていてくれたんだね」と言った。
「うん」
普通に話せていることに内心驚きながら私は続けた。
「気に入ってるの、色もモモンガの柄も可愛いし。でも、サーカスのコリンズっていう猿に何回も取られたのよ。この帽子をやけに気に入ってたの」
「そうかそうか、猿に気に入られるとはな」
祖父は笑った。辺りに人はいない。ガタンゴトンと線路を走る音と一緒に、私たちの声だけが聴こえている。
「アヴリル、覚えているかい? 一度、小学生のお前を隣町のチームとの草野球の試合に連れて行ったときのことを」
思い出した。小学6年のときのこと。連れて行かれた試合で、祖父はショートゴロを捌こうとしてぎっくり腰になり退場した。交代要員はいない。退場した祖父に代わって急遽私が試合に出た。野球なんてやったことはないしショートなんて大事なポジションを守れる自信もなかったけれど、周りの大人たちがフォローしてくれたのもあり大きなエラーもしないまま9回裏を迎えた。
祖父の在籍するフクロモモンガズと隣町のバナナインセクツは4-5で、祖父のチームが負けていた。
私の打順は9番。守備の要であった祖父は、打撃に関しては腰の曲がったピッチャー以上に期待をされていなかった。
5番のホームズさんがライト前ヒットで出塁すると、6番のヒギンズさんのレフトフライを相手がエラーし、ノーアウト1、2塁になった。
次に7番が内野フライに倒れ、8番のオーウェルさんが送りバントをして2アウト2、3塁。
そこで私に打順が回ってきた。ベンチの老人たちには諦めの色が滲んでいた。
ベンチで横になっていた祖父が起き上がり、「ワシが出よう」と言ったがとても歩けるような状態ではなくチームメイトたちに止められていた。
相手の内野は前進守備。私の球が飛ばないとハナから決めつけていたんだろう。
私は大きなヘルメットを被って右打席に入った。
「アヴリル、とりあえず当てろ!」という祖父の声が聞こえた。
相手ピッチャーは手加減してど真ん中にストレートを投げ込んでくる。
あっという間に2ストライクまで追い込まれた3球目、高めのアウトコースの球めがけて思い切りバットを振った。
キーン!! という鋭い音と一緒に打球がファーストの頭上を超えて行った。私は全速力走って1塁ベースを踏んだ。
ボールはファールラインより少しだけ左側に落ちて、コロコロと転がっていった。
3塁ランナーと2塁ランナーがホームインした。
逆転サヨナラ勝ちだった。
祖父のチームメイトは私を胴上げした。祖父はベンチで涙を流して喜んでいた。
「あのときワシは思った。この子はもしかしたら凄い人間になるんじゃないかと。その勘は当たった」
祖父はまた目を細めた。
列車が止まる。
車掌がホームで切符を確認している。
ホームに降りると祖父は私に白い切符を手渡した。
「これで帰りなさい」
「おじいちゃんは帰らないの?」
私の言葉に祖父は頷いた。
「私はもう少し旅を楽しむよ」
祖父と別れたくなかった。ここで別れたらもう会えなくなるんじゃないかと思って、寂しくて悲しくて涙が溢れた。
「おじいちゃんも一緒に行こう」
祖父は首を振った。
「アヴリル、お前はまだこっちに来るべきではない。お前にはやるべきことが沢山ある。自分の心に従いなさい。あとから自分の人生を振り返って、精一杯生きたと納得できるように」
涙がとめどなく流れた。ここで祖父とはお別れなんだと分かった。
「お前のばあさんと母さんを頼んだよ、ケニーにもよろしく言っておいてくれ」
私は何度も頷いた。
「ありがとう、おじいちゃん」
祖父は笑顔で一度頷いて列車の中に戻って行った。
空気を吐き出すような音を立ててドアが閉まる。窓から祖父が私に手を振る。
走り出す列車を追いかけて転んだ。群青色の列車が小さく遠ざかって行く。
立ち上がり涙を拭いた。
ホームからシーサイド・タウンの駅舎に入る。
駅のドアを開け外に踏み出そうとしたところで、再び白い光に包まれた。
目の前に白髪の高齢男性が座っていた。死んだ祖父だった。祖父は私を見て微笑んだ。
「アヴリル、久しぶりだね」
そうだ、祖父はこんな風に喋る人だった。細まった目の周りに皺が寄っている。祖父は少し上に視線を移し、「その帽子を大切に持っていてくれたんだね」と言った。
「うん」
普通に話せていることに内心驚きながら私は続けた。
「気に入ってるの、色もモモンガの柄も可愛いし。でも、サーカスのコリンズっていう猿に何回も取られたのよ。この帽子をやけに気に入ってたの」
「そうかそうか、猿に気に入られるとはな」
祖父は笑った。辺りに人はいない。ガタンゴトンと線路を走る音と一緒に、私たちの声だけが聴こえている。
「アヴリル、覚えているかい? 一度、小学生のお前を隣町のチームとの草野球の試合に連れて行ったときのことを」
思い出した。小学6年のときのこと。連れて行かれた試合で、祖父はショートゴロを捌こうとしてぎっくり腰になり退場した。交代要員はいない。退場した祖父に代わって急遽私が試合に出た。野球なんてやったことはないしショートなんて大事なポジションを守れる自信もなかったけれど、周りの大人たちがフォローしてくれたのもあり大きなエラーもしないまま9回裏を迎えた。
祖父の在籍するフクロモモンガズと隣町のバナナインセクツは4-5で、祖父のチームが負けていた。
私の打順は9番。守備の要であった祖父は、打撃に関しては腰の曲がったピッチャー以上に期待をされていなかった。
5番のホームズさんがライト前ヒットで出塁すると、6番のヒギンズさんのレフトフライを相手がエラーし、ノーアウト1、2塁になった。
次に7番が内野フライに倒れ、8番のオーウェルさんが送りバントをして2アウト2、3塁。
そこで私に打順が回ってきた。ベンチの老人たちには諦めの色が滲んでいた。
ベンチで横になっていた祖父が起き上がり、「ワシが出よう」と言ったがとても歩けるような状態ではなくチームメイトたちに止められていた。
相手の内野は前進守備。私の球が飛ばないとハナから決めつけていたんだろう。
私は大きなヘルメットを被って右打席に入った。
「アヴリル、とりあえず当てろ!」という祖父の声が聞こえた。
相手ピッチャーは手加減してど真ん中にストレートを投げ込んでくる。
あっという間に2ストライクまで追い込まれた3球目、高めのアウトコースの球めがけて思い切りバットを振った。
キーン!! という鋭い音と一緒に打球がファーストの頭上を超えて行った。私は全速力走って1塁ベースを踏んだ。
ボールはファールラインより少しだけ左側に落ちて、コロコロと転がっていった。
3塁ランナーと2塁ランナーがホームインした。
逆転サヨナラ勝ちだった。
祖父のチームメイトは私を胴上げした。祖父はベンチで涙を流して喜んでいた。
「あのときワシは思った。この子はもしかしたら凄い人間になるんじゃないかと。その勘は当たった」
祖父はまた目を細めた。
列車が止まる。
車掌がホームで切符を確認している。
ホームに降りると祖父は私に白い切符を手渡した。
「これで帰りなさい」
「おじいちゃんは帰らないの?」
私の言葉に祖父は頷いた。
「私はもう少し旅を楽しむよ」
祖父と別れたくなかった。ここで別れたらもう会えなくなるんじゃないかと思って、寂しくて悲しくて涙が溢れた。
「おじいちゃんも一緒に行こう」
祖父は首を振った。
「アヴリル、お前はまだこっちに来るべきではない。お前にはやるべきことが沢山ある。自分の心に従いなさい。あとから自分の人生を振り返って、精一杯生きたと納得できるように」
涙がとめどなく流れた。ここで祖父とはお別れなんだと分かった。
「お前のばあさんと母さんを頼んだよ、ケニーにもよろしく言っておいてくれ」
私は何度も頷いた。
「ありがとう、おじいちゃん」
祖父は笑顔で一度頷いて列車の中に戻って行った。
空気を吐き出すような音を立ててドアが閉まる。窓から祖父が私に手を振る。
走り出す列車を追いかけて転んだ。群青色の列車が小さく遠ざかって行く。
立ち上がり涙を拭いた。
ホームからシーサイド・タウンの駅舎に入る。
駅のドアを開け外に踏み出そうとしたところで、再び白い光に包まれた。
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