高層ビルでも星は隠せぬ

たらこ飴

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10. さよならの日

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 卒業式の日、いつもの並木道は満開の桜で囲まれていた。胃がキリキリ痛んだ。この日が来て欲しくなかった。やっぱり今日は休むんだった。また一つ、別れに近づいた。
 
 式の間中、舞台前に並べられた卒業生用の椅子に座る真白さんの後ろ姿を、なるべく見ないようにしていた。見ないようにしても、無意識にそっちに視線が向く。そんな時は、真白爆破しろと心の中で唱えた。

 式が終わって、帰り際昇降口で名前を呼ばれた。ゲームオーバーだ。振り向かないことなんてできなかった。

 パンツスーツ姿で卒業証書の入った筒を持つ真白さんは、いつもより大人びて見えた。

「糸、何か久しぶりだよね」

 真白さんは笑っていた。眩しいほどの笑顔だった。

「卒業おめでとうございます」

 内心おめでたくなんかないけれど、ここで言うべき台詞をひとまず言った。

「糸さ、ずっと私のこと避けてたでしょ?」

 流石の真白さんでも気づいていた。それくらい、私のそっけなさは際立っていたんだろう。

「避けてないです」

 嘘をついた。嘘だってバレているのを知っていながら、そうするしかなかった。

「メールも素っ気ないし、会っても目合わさないし、部活もこないしさ。私インドに行くんだよ?」

「知ってますよ」

「なら何でーー」

 真白さんからしたら、インドに行く前に私と思い出作りをしたかったんだろうか。私だって本当はしたかった。これが普通の卒業だったらこれまで通り接して、卒業前に二人で出かけて遊んだりもしたかもしれない。だけど、インドに行くとなると話が別だ。寂しさのレベルも別格だ。

 まあいいや、と真白さんは諦めたみたいにつぶやいた。

「あさって日本を発つからさ」

「そうですか」

「良かったら空港に見送りに来て」

「行けたら行きます」

 目を合わせられなかった。今に始まったことじゃなくて、けっこう前からこの症状は現れていた。真白さんといると真っ直ぐ目が見れないだけじゃなくて、表情筋が硬直して笑えなくなる。

「絶対来ないでしょ、それ」

 何でインドに行くんですか。

 今じゃなきゃいけないんですか。

 今度いつ会えるんですか。

 離れても、私のことを忘れないでいてくれますか。

 浮かんだ質問を全部飲み込んだ。代わりに口をついて出たのは、この言葉だった。

「元気で」

 そして、笑うふりをした。
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