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5. インドくる?
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「てかさ、よく来てくれたよね。はるばるインドまで」
夜私はソファでテレビを見ながら、ベッドの上の糸に声をかけた。
「だって真白さんが来る? って聞くから」
「本当に来るとは思わなかったわ」
『インド来る? 笑』
そのメールを送ったのは、三ヶ月前の五月ーー糸が大学に入学した直後のことだった。
『嫌ですよ、人多そうだし治安悪そうだし』
『そうでもないよ?』
『行けたら行きます』
それ絶対来ないやつじゃん、行く気ない時に使う常套句じゃんと心でツッコミを入れながら、その日の会話は終わった。だから、先月糸からインドに来るという連絡が来た時は身体が固まった。驚いたし、その時図書館の隣の席で勉強していた男のターバンをむしり取って放り投げてしまいたいくらいには嬉しかった。
「ずっと聞きたかったんだけど」
「何ですか?」
「卒業式の前、私を避けてたのはどうして?」
今まで聞けなかった。糸は聞かれたくないんじゃないかと思ったから。でも今なら聞ける気がした。対等に向き合える気がした。
糸はしばらく黙っていたが、躊躇うように口を開いた。
「それは、真白さんがいなくなるのが寂しかったからです」
沖田の読みは当たっていた。そこで私はふと、あることを思い出した。
「前に読んだBL漫画でさ、好きな人を避けまくる男の人が出てきたの」
「真白さん、BL漫画とか読むんですね?」
「友達から借りたんだよね。その人の行動がさ、糸そっくりなのよ。目も合わせない、避ける、笑わない。あと何かあるとすぐ痩せる」
「だから何ですか?」
「もしかして糸、私のこと好きだった?」
なんつって、と変顔をしてみせる。
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか。馬鹿なんですか?」
大方そんな答えが返ってくるだろうと予想していた。だから、次の言葉を聞いて固まった。
「好きだったって言ったら、どうしますか?」
ーーえ?
糸が私を好き?
まじ?
さっきの質問八割冗談だったんだけど。
パニックに陥った私は口を滑らせた。
「別にどうもしないけど」
「酷い……」
糸は枕に顔を埋め、しくしくと泣き出した。
「どうもしないっていうのは、普通に接するよって意味で……」
「日本に帰ります」
「やめて。てゆうかお金ないでしょ、糸」
「真白さんが私にいかに関心がないかわかりました」
立ち上がってベッドのそばまで駆け寄り、顔を上げた糸に向かって別のバージョンの変顔をして見せるも、返ってきたのは「全然面白くないです」という涙声だけ。
「待って、もしかして本気?」
「じゃなきゃわざわざインドまで来ませんよ。真白さんって、ほんっと鈍いです。もはや鈍感を通り越して無感覚です」
「何それ? ひどすぎー。てか糸はさ、繊細すぎるんだよ」
「真白さんが図太すぎるんです」
「あはは、確かに」
「笑い事じゃないです」
相手からしたら不誠実と映ったかもしれないが、この時私は頭のなかで必死に言葉を探していた。糸が私に取ってどんな存在か、こんな時どう答えるのが適切なのか。
「私さ、糸って妹みたいな感じだったの」
「そうですか」
諦めの混じった相槌だった。
「だけど今好きって言われて、ちょっと嬉しかったんだよね。これって何なのかな?」
「私に聞かないでくださいよ」
同性の後輩に好きと言われるなんて想定外だったけれど、そんなに嫌でもない。ちょうど子どもの頃遊園地でリスの着ぐるみを着た人から風船をもらったときのような、不思議な幸福感があった。
「明日、デートしてみる?」
「は?!」
思いつきの提案に、案の定糸は戸惑っているみたいだった。だけど私は知りたかった。この気持ちの正体を。糸と近い距離で一日過ごしたら、もしかしたら分かるかもしれないと思った。
「そしたら糸への気持ちが分かるかなって」
「なんか試されてるみたいで嫌です」
「そんな難しく考えないでさー。どっか行きたいとこある? タージマハルとか」
「じゃあそこでいいです」
「じゃあって何、じゃあって。ちょっとは自己主張してよね」
糸は顔を赤らめてまた枕に突っ伏してしまった。彼女は本当に、真剣に私のことが好きなのだ。それを思い知った。だからこそ、本気で答えなければならないのだ。
夜私はソファでテレビを見ながら、ベッドの上の糸に声をかけた。
「だって真白さんが来る? って聞くから」
「本当に来るとは思わなかったわ」
『インド来る? 笑』
そのメールを送ったのは、三ヶ月前の五月ーー糸が大学に入学した直後のことだった。
『嫌ですよ、人多そうだし治安悪そうだし』
『そうでもないよ?』
『行けたら行きます』
それ絶対来ないやつじゃん、行く気ない時に使う常套句じゃんと心でツッコミを入れながら、その日の会話は終わった。だから、先月糸からインドに来るという連絡が来た時は身体が固まった。驚いたし、その時図書館の隣の席で勉強していた男のターバンをむしり取って放り投げてしまいたいくらいには嬉しかった。
「ずっと聞きたかったんだけど」
「何ですか?」
「卒業式の前、私を避けてたのはどうして?」
今まで聞けなかった。糸は聞かれたくないんじゃないかと思ったから。でも今なら聞ける気がした。対等に向き合える気がした。
糸はしばらく黙っていたが、躊躇うように口を開いた。
「それは、真白さんがいなくなるのが寂しかったからです」
沖田の読みは当たっていた。そこで私はふと、あることを思い出した。
「前に読んだBL漫画でさ、好きな人を避けまくる男の人が出てきたの」
「真白さん、BL漫画とか読むんですね?」
「友達から借りたんだよね。その人の行動がさ、糸そっくりなのよ。目も合わせない、避ける、笑わない。あと何かあるとすぐ痩せる」
「だから何ですか?」
「もしかして糸、私のこと好きだった?」
なんつって、と変顔をしてみせる。
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか。馬鹿なんですか?」
大方そんな答えが返ってくるだろうと予想していた。だから、次の言葉を聞いて固まった。
「好きだったって言ったら、どうしますか?」
ーーえ?
糸が私を好き?
まじ?
さっきの質問八割冗談だったんだけど。
パニックに陥った私は口を滑らせた。
「別にどうもしないけど」
「酷い……」
糸は枕に顔を埋め、しくしくと泣き出した。
「どうもしないっていうのは、普通に接するよって意味で……」
「日本に帰ります」
「やめて。てゆうかお金ないでしょ、糸」
「真白さんが私にいかに関心がないかわかりました」
立ち上がってベッドのそばまで駆け寄り、顔を上げた糸に向かって別のバージョンの変顔をして見せるも、返ってきたのは「全然面白くないです」という涙声だけ。
「待って、もしかして本気?」
「じゃなきゃわざわざインドまで来ませんよ。真白さんって、ほんっと鈍いです。もはや鈍感を通り越して無感覚です」
「何それ? ひどすぎー。てか糸はさ、繊細すぎるんだよ」
「真白さんが図太すぎるんです」
「あはは、確かに」
「笑い事じゃないです」
相手からしたら不誠実と映ったかもしれないが、この時私は頭のなかで必死に言葉を探していた。糸が私に取ってどんな存在か、こんな時どう答えるのが適切なのか。
「私さ、糸って妹みたいな感じだったの」
「そうですか」
諦めの混じった相槌だった。
「だけど今好きって言われて、ちょっと嬉しかったんだよね。これって何なのかな?」
「私に聞かないでくださいよ」
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「明日、デートしてみる?」
「は?!」
思いつきの提案に、案の定糸は戸惑っているみたいだった。だけど私は知りたかった。この気持ちの正体を。糸と近い距離で一日過ごしたら、もしかしたら分かるかもしれないと思った。
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「なんか試されてるみたいで嫌です」
「そんな難しく考えないでさー。どっか行きたいとこある? タージマハルとか」
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