草花の祈り

たらこ飴

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21. 開幕

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 ゆっくりと幕が開いて最初のシーンは、泥酔した歌手のルイーズがライブハウスで歌い、観客から大ブーイングを受けるシーンから始まる。紙屑や空き缶を投げつけられたは、追い出されるようにしてライブハウスを出て、舞台の下手に向かって逃げ出す。

ーー舞台は暗転。

 寂しく街灯が灯る夜の街。もう一度下手からやってくるルイーズ。うなだれた彼女は、絶望感に打ちひしがれている。

「若い頃の私は、スポットライトの下で魂のままに歌っていたというのに、今はこの有様...。なぜ、私はここまで落ちぶれてしまったんだろう...。全ては私の弱さ。名声を手に入れた私は、絶えず向けられる人々の目、仕事によるストレス、曲を作ることができないプレッシャーを酒で解決しようとした。結局事務所をクビになって、全てを失ったわ。あの頃の栄光は過去に成り変わり、今の私はライブひとつ満足にできない、無様な飲んだくれの歌手...。いっそ、死んだ方がマシ」

 絶望した女は、上手に消える。

ーー暗転。教会の聖堂のシーンに変わる。

 両親を事故で亡くした二人の姉と妹が、孤児院に引き取られる。私演じるエマと、クレア演じるリュカは、不安な表情で立ち尽くしている。
 
「両親がお亡くなりになって、さぞつらい思いをしたことだろう。ここではみんな家族だ。私を君たちの父親だと思って頼りなさい」

 神父役である担任が、私たちに優しく声をかける。担任が出てきたことが可笑しかったのか、生徒たちの座る席からちらほらと笑い声が上がる。

「ありがとうございます」

 お礼を言う二人。去っていく神父。

「お姉ちゃん、僕は不安でならない。ここで上手くやっていけるんだろうか……」

 不安げに項垂れる弟に、私は優しく声をかける。

「リュカ、これから辛いことがたくさんあると思うけど、私があなたを守るわ。だから大丈夫、安心して」

「うん……」

 だがその日からほかの孤児たちによる、病弱で気弱な弟に対する虐めが始まる。

「お前なんか死ね!」

「チビのノロマの役立たず!!」

「さっさと出ていけ!」

 三人の孤児たちに石を投げられ、暴言を吐かれ、泣いている弟のもとに向かう私。

「あんたたち!! 私の弟に何をしてるの?! 彼をいじめたら承知しないわよ!!」

「役立たずの姉さんがやってきたぞ!」

 囃し立てる子どもたち。

「お前たち姉弟は邪魔者だ!!」

「出ていけ! 出ていけ!」

「黙りなさい!! あんたたちなんか一人じゃ何もできない、腰抜けのくせに!!」

 私に石を投げかえされ、逃げる子供たち。地面に座ったまま泣いている弟のリュカに、声をかける私。

「リュカ、あいつらは馬鹿なのよ。人の気持ちなんて分からない、野蛮で卑劣な奴ら……。気にすることはないわ」

 励ます私と、泣き続ける弟。客席は重い空気にしんと静まり返っている。

「どうして……どうして僕だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ……僕は何も悪いことをしていないのに……。こんな時、お父さんとお母さんがいてくれたらいいのに。お父さん、お母さん、どうして僕たちを残して逝ってしまったの……」

 切々と語りかけるリュカの台詞に、演じながら胸が痛くなる。

「リュカ……。お父さんとお母さんは、もう帰ってはこない。二人は今頃、美しい幸せな場所にいるわ。そして、私たちを見守ってくれている。だから、頑張りましょう」

「うん……」

 だが虐めは日に日にエスカレートするばかり。ついに弟はいじめっ子に殴られて地面に倒され、左腕に怪我を負ってしまう。左腕から血を流す弟を見た私は、ついに我慢の限界が訪れる。

「リュカ、こんなところは出ていきましょう! あなたが虐げられているのをみるのは、もう耐えられない。街に行って、私たち二人で自由に暮らすの!」

 真夜中ーー。

 舞台は暗く、音響係の流す効果音の鳥の鳴き声だけが聴こえる。

 教会を抜け出し街に出る私たち姉弟。

 駅の中で寒さを凌ぎながら肩を寄せ合って暮らす日々。だが、現実は甘くない。飢えと寒さで日に日に弱る弟、そんな彼を助けるためにパン泥棒をした私は、店主に捕まり殴られる。

 因みに店主役を引き受けたのは、まさかの用務員のおじさんだった。だがこれが嵌まり役なのである。

「この手ぐせの悪いクソガキが!! 今度店のものに手をつけたら、ただじゃおかねえからな!!」

 店主が私を怒鳴りつけ、盗んだパンを奪い返される。

 男が去ったあと、今後のことを悲観して、私は泣き出す。

「リュカはどんどん弱っている。十分な食べ物もない。このままでは彼は死んでしまう‥‥‥。私の大切なリュカ、お願いだからどこにも行かないで」

 そこにやってくる、アレックス演じる全身黒づくめの男。

「お嬢ちゃん、綺麗な顔をしてるね。どうだい? おじさんのところで働かないかい? 美味しいものをたくさん食べられる。大金持ちになれるよ」

 ねっとりと纏わりつくような口調と、甘い言葉で誘惑する男。

「本当? 弟のリュカが病気なの。お腹を空かせていて、今にも死にそうなのよ」

「そうかい、そうかい。じゃあ、彼も一緒に来るといい。私が面倒をみてあげよう。私のところに来れば、彼の病気もきっとよくなる」

 男に手を引かれ、歩き出した私を呼び止める女性の声。

「行ってはダメよ!!」

 そこにやってくるルイーズ。

「その男は人攫いよ!! あなたに身体を売らせて、お金を稼ごうとしているの!!」

 ルイーズは男から私を助け出す。

「ちっ、せっかくいい獲物が手に入ったと思ったのに、とんだ邪魔が入ったもんだ。仕方ない、今日は退散するとしよう」

 足早に下手に逃げ去る人攫い。

「助けてくれて、ありがとう」

 女に礼を言う私。

「あなた、あんなどこの誰とも知らない人間に、ほいほいついて行ってはダメよ! 人を陥れようとする人間は、この世にいくらでもいるわ」

「弟が、病気で……。お金が必要だったんです。お腹を空かせて弱っていて、このままでは死んでしまいます。父と母が死んで、私たちは二人きりで生きてきました。彼が死んだら、私は一人になってしまう……」

「弟さんは、今どこに?」

「駅で私を待っています」

「彼のところに連れて行ってくれない?」

「わかりました」

ーー舞台は暗転。

 明転し、シーンは駅の中へ。茶色い煉瓦造りの駅の壁際でぐったりと地面に横たわるリュカ。ルイーズは弟の額に手をやる。

「これはひどいわ、熱もある。良かったら、私の家に来て。この近くなの」 

「いいんですか?」

「ええ、もちろん」

 女は弟をおぶって歩き出す。再び、舞台は暗転。

 そして次のシーン。

 女の部屋で、弟はベッドに横たわっている。担任演じる医者が登場すると、くすくすと生徒たちのいる後方の客席から笑い声が上がる。医者は風邪と栄養失調だろうから、栄養を摂ってゆっくり休めば良くなるだろうと告げて去る。

「良かったら、弟が良くなるまでしばらく家にいればいいわ。たいしたものはないけれど」

「ありがとうございます」

 その後、弟は回復し、エマと一緒に庭を駆け回るまでになった。ある日、ルイーズは二人が家の庭の木の下で二人が歌を歌うのを聴く。その声のあまりの美しさに胸を打たれた女は、二人に歌を教え始める。歌が大好きな二人はどんどん上達する。

 やがて、女が歌を教えていると聞いた近所の人たちが、自分の子供にも教えて欲しいとやってくるようになった。根がお人好しの女は、断りきれずに他に4人の生徒を受け入れる。

 一人は悪さばかりしていて乱暴者だが、実は心優しい男の子フリッツ。もう一人は、知的障害を持つも、天才的な音感と歌の才能を持つ少年パール、スラムで母親と貧しい暮らしをするオルファ。そして、日本人の引っ込み思案な性格のハナ。

「音楽っていうのは、心と通じ合ってるの。ただ歌詞や譜面を追うだけではなくて、心を自由にして歌って。すべての音を、心で、身体で聴いて」

 ルイーズと生徒たちの歌が始まる。
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