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学園祭⑤
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その3日後の昼休み、教室に戻ると私の机に水色の箱と一緒に手紙が置かれていた。
『誕生日おめでとう シエルより』
私は慌てて教室を出て、シエルの姿を探した。廊下をダッシュで走り、階段を駆け降りたとき、玄関を出ようとしているシエルの後ろ姿が目に入った。
「シエル!!」
呼びかけると、シエルは笑顔でこちらを振り向いた。
「誕生日おめでとう、エイヴェリー」
「あなた、謹慎中だったんじゃ……」
「家を抜け出してきたの。どうせママもいないし、いいかなって」
「オーシャンに渡せば良かったのに」
「こういうのって直接渡したいじゃない? それに、あなたの顔も見たかったし」
「ありがとう」
シエルは母親とのことについて一言も触れなかった。喧嘩をしたことも、私を嫌っている彼女に言われたことについても。
「シエル、私のせいであなたは停学に……。本当にごめんなさい」
謝った私に、シエルは怪訝な表情を向けた。
「あなたのせいじゃないわ。ビンタしたのは私。叩かれるようなことをしたのは相手」
「だけど、あなたは大会にも出られなくなったわけだし……」
「別にあんな大会、出られなくたって何ともないわよ」
この言葉がもしかしたら強がりかもしれないことは分かっていた。彼女は私を責めない。それが余計に辛い。本当は、彼女に話して欲しかった。心の中にある本音や、母親との間にあったこと。今回彼女に課された理不尽な措置への不満や愚痴なんかを。
「理不尽よね。停学になるべきはジャンヌなのに」
「まあね。だけど、学長はジャンヌとレイラの親に逆らえない。確かに頭には来たけど……。私の力じゃどうにもならないし、いい休息をもらったって思うことにした」
「オーシャンが、あなたとお母さんが喧嘩ばかりしてるって言ってたわ」
「オーシャンってば、そんなこと言ったの?」
眉を顰めたシエルはため息をついた。
「余計なこと言うなって言ったのに……もう」
「あなたが心配よ……シエル。何かあったら話して。いつも助けられてばかりだから」
役に立つかどうかも分からない私に向かって、シエルは小さく微笑んだ。
「ありがと、エイヴェリー。ママは頑固なのよ。私も譲らないし彼女もそうだから、この頃ヒートアップしちゃってるけど‥‥‥。あなたが心配することじゃないわ」
私の不安が伝わったのか、「大丈夫よ」とシエルは明るい声で付け足したあとで、神妙な表情になった。
「それより、あなたこそ大丈夫なの? 触れちゃいけないって思ってたから言わなかったけど、かなり酷いことされたんでしょ? ジャンヌたちに」
「ええ……。今でも夢に見るわ、彼女たちがトイレで私にしたことを」
今まで誰にも打ち明けることができずにいたが、この頃私は悪夢にうなされるようになっていた。ジャンヌたちがトイレで私に向かって暴言を吐き、髪を掴んで便器の中に顔を突っ込む。その時の夢を見ては、汗だくになって起きることの繰り返しだった。その直後は情けなくなって涙が出た。何故私がこんな思いをしなければいけないのか。悔しくて苦しくてどうしようもなかった。
「彼女たちにされたことを、あなたの家族は誰も知らないのよね?」
「そうね。家族には‥‥‥特にロマンには知られたくなくて‥‥‥」
「無理強いはできないけど‥‥‥。いずれ、家族の誰かには話した方がいいわ。あなたが辛い思いをしていることを、家族の人に知ってもらうべきだと思うから」
「そうね、ありがとう」
この経験を、家族に話せる時が来るとは思えなかった。今だって、夢のことを考えているだけで気分が悪くなっている。私のされたことついて、ロマンが知ることを考えると余計に。
シエルは私の様子が不自然であることに気づいたようで、座りましょうと声をかけて私を外のベンチに座らせた。
「嫌なことを思い出させてごめん」
「ううん、いいの」
何度か深呼吸をした後で、私はシエルに一番伝えなければいけないことを口にした。
「あなたがジャンヌにビンタした時、本当はスカッとしたの。私ができなかったことを、あなたがしてくれた。きっとうちの学校の誰も、彼女にあんなことできないわ。本当にありがとう」
「別に怖くないもの。ママにこの間ジャンヌの家に連れて行かれたの。ジャンヌと一緒に、そっくりな母親が出てきた。ママには謝れって何度も言われたけど、絶対に謝るもんかと思った。あとから凄い怒られたけど、嫌なものは嫌だもの」
「あなたが謝る必要はないわ。悪いのはあっちだし」
「大人の都合ってやつよ。ママはとりあえず私を謝らせて、相手の怒りを少しでも沈めたかったんじゃない? これ以上危害が降り掛からないうちに」
大人には大人の事情がある。それは分かっている。だけど、今回本当に謝るべきなのはシエルではない。親の顔が見てみたいとはよく言ったもので、ジャンヌも彼女の母も似た者同士だ。シエルにこれ以上悪いことが起きないことを祈った。ジャンヌのことだから、後からどんな報復をするか分かったものではない。
「シエル、本当に気をつけて。ジャンヌはあなたの学校まで行って、仕返しをするかもしれないわ。彼女はそういう人なの」
私が痛い目に遭うよりも、シエルが傷つくことが耐えられなかった。彼女は怖さや不安を一切口にしない。私を心配させないためなのか、元来の性格なのか。全く何も感じていないはずはないのだ、彼女だって。確かに他の同い年の少女らに比べたら肝は据わっているし、大人びていると感じることも多い。だけど、彼女も私たちと同じ繊細な心を持つ高校一年生で、今回の件で1番傷ついているのは彼女のはずなのだ。
「別に怖くないわ、ジャンヌのことなんて」
「シエル……。さっきも言ったけど、何かあったら相談して欲しいの。役に立つかは分からないけど、力になりたいと思ってるから」
「その気持ちだけで十分よ」
シエルは立ち上がり、そろそろいくわと言った。私も立ち上がった。
「シエルには助けられてばかりだし、もらってばかりね。あなたの誕生日に、何かお返しを考えとくわ」
「じゃあ、甘いものにしておいて」
いつもの涼しい表情と軽快な口ぶりで答えたあと、シエルはじゃあと手を振って、軽やかな足取りで校門の方に駆けて行った。
『誕生日おめでとう シエルより』
私は慌てて教室を出て、シエルの姿を探した。廊下をダッシュで走り、階段を駆け降りたとき、玄関を出ようとしているシエルの後ろ姿が目に入った。
「シエル!!」
呼びかけると、シエルは笑顔でこちらを振り向いた。
「誕生日おめでとう、エイヴェリー」
「あなた、謹慎中だったんじゃ……」
「家を抜け出してきたの。どうせママもいないし、いいかなって」
「オーシャンに渡せば良かったのに」
「こういうのって直接渡したいじゃない? それに、あなたの顔も見たかったし」
「ありがとう」
シエルは母親とのことについて一言も触れなかった。喧嘩をしたことも、私を嫌っている彼女に言われたことについても。
「シエル、私のせいであなたは停学に……。本当にごめんなさい」
謝った私に、シエルは怪訝な表情を向けた。
「あなたのせいじゃないわ。ビンタしたのは私。叩かれるようなことをしたのは相手」
「だけど、あなたは大会にも出られなくなったわけだし……」
「別にあんな大会、出られなくたって何ともないわよ」
この言葉がもしかしたら強がりかもしれないことは分かっていた。彼女は私を責めない。それが余計に辛い。本当は、彼女に話して欲しかった。心の中にある本音や、母親との間にあったこと。今回彼女に課された理不尽な措置への不満や愚痴なんかを。
「理不尽よね。停学になるべきはジャンヌなのに」
「まあね。だけど、学長はジャンヌとレイラの親に逆らえない。確かに頭には来たけど……。私の力じゃどうにもならないし、いい休息をもらったって思うことにした」
「オーシャンが、あなたとお母さんが喧嘩ばかりしてるって言ってたわ」
「オーシャンってば、そんなこと言ったの?」
眉を顰めたシエルはため息をついた。
「余計なこと言うなって言ったのに……もう」
「あなたが心配よ……シエル。何かあったら話して。いつも助けられてばかりだから」
役に立つかどうかも分からない私に向かって、シエルは小さく微笑んだ。
「ありがと、エイヴェリー。ママは頑固なのよ。私も譲らないし彼女もそうだから、この頃ヒートアップしちゃってるけど‥‥‥。あなたが心配することじゃないわ」
私の不安が伝わったのか、「大丈夫よ」とシエルは明るい声で付け足したあとで、神妙な表情になった。
「それより、あなたこそ大丈夫なの? 触れちゃいけないって思ってたから言わなかったけど、かなり酷いことされたんでしょ? ジャンヌたちに」
「ええ……。今でも夢に見るわ、彼女たちがトイレで私にしたことを」
今まで誰にも打ち明けることができずにいたが、この頃私は悪夢にうなされるようになっていた。ジャンヌたちがトイレで私に向かって暴言を吐き、髪を掴んで便器の中に顔を突っ込む。その時の夢を見ては、汗だくになって起きることの繰り返しだった。その直後は情けなくなって涙が出た。何故私がこんな思いをしなければいけないのか。悔しくて苦しくてどうしようもなかった。
「彼女たちにされたことを、あなたの家族は誰も知らないのよね?」
「そうね。家族には‥‥‥特にロマンには知られたくなくて‥‥‥」
「無理強いはできないけど‥‥‥。いずれ、家族の誰かには話した方がいいわ。あなたが辛い思いをしていることを、家族の人に知ってもらうべきだと思うから」
「そうね、ありがとう」
この経験を、家族に話せる時が来るとは思えなかった。今だって、夢のことを考えているだけで気分が悪くなっている。私のされたことついて、ロマンが知ることを考えると余計に。
シエルは私の様子が不自然であることに気づいたようで、座りましょうと声をかけて私を外のベンチに座らせた。
「嫌なことを思い出させてごめん」
「ううん、いいの」
何度か深呼吸をした後で、私はシエルに一番伝えなければいけないことを口にした。
「あなたがジャンヌにビンタした時、本当はスカッとしたの。私ができなかったことを、あなたがしてくれた。きっとうちの学校の誰も、彼女にあんなことできないわ。本当にありがとう」
「別に怖くないもの。ママにこの間ジャンヌの家に連れて行かれたの。ジャンヌと一緒に、そっくりな母親が出てきた。ママには謝れって何度も言われたけど、絶対に謝るもんかと思った。あとから凄い怒られたけど、嫌なものは嫌だもの」
「あなたが謝る必要はないわ。悪いのはあっちだし」
「大人の都合ってやつよ。ママはとりあえず私を謝らせて、相手の怒りを少しでも沈めたかったんじゃない? これ以上危害が降り掛からないうちに」
大人には大人の事情がある。それは分かっている。だけど、今回本当に謝るべきなのはシエルではない。親の顔が見てみたいとはよく言ったもので、ジャンヌも彼女の母も似た者同士だ。シエルにこれ以上悪いことが起きないことを祈った。ジャンヌのことだから、後からどんな報復をするか分かったものではない。
「シエル、本当に気をつけて。ジャンヌはあなたの学校まで行って、仕返しをするかもしれないわ。彼女はそういう人なの」
私が痛い目に遭うよりも、シエルが傷つくことが耐えられなかった。彼女は怖さや不安を一切口にしない。私を心配させないためなのか、元来の性格なのか。全く何も感じていないはずはないのだ、彼女だって。確かに他の同い年の少女らに比べたら肝は据わっているし、大人びていると感じることも多い。だけど、彼女も私たちと同じ繊細な心を持つ高校一年生で、今回の件で1番傷ついているのは彼女のはずなのだ。
「別に怖くないわ、ジャンヌのことなんて」
「シエル……。さっきも言ったけど、何かあったら相談して欲しいの。役に立つかは分からないけど、力になりたいと思ってるから」
「その気持ちだけで十分よ」
シエルは立ち上がり、そろそろいくわと言った。私も立ち上がった。
「シエルには助けられてばかりだし、もらってばかりね。あなたの誕生日に、何かお返しを考えとくわ」
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