21 / 22
11. 別れ
しおりを挟む
男たちに灸を据えたあと家に帰ると、松がご馳走を用意していた。
「今日は傑くんの誕生日でしょう? いつも頑張ってもらってるから、今日くらいは沢山食べられるように腕を振るったわ」
囲炉裏の前には味噌汁と椎茸と青菜の煮物、猪の肉、山菜の炊き込みご飯が並んでいた。あまりに美味しそうで涎が出た。
それにしてもなぜ松は僕の誕生日を知っているんだろう?
ふと、この間長老の家に行った帰りに松から誕生日はいつかと聞かれたのを思い出した。あのときから松がお祝いのことを考えてくれていたのかと思うと胸がいっぱいになった。生まれてきてよかったと心から思えた。
「ありがとうございます、松さん」
「お前また泣いてんな?」と権田が顔を覗き飲んできたので、「泣いてねえよ」とパンチパーマに拳を突っ込み殴るふりをした。
笑い声に溢れる祝宴の夜はゆっくりと過ぎて行った。
翌日は朝から耕太郎が車をあちこち弄っていた。壊されないかと幸は心配していたが、僕は耕太郎を信用して車を預けることにした。
夕方川べりで仲良くなった狐の母子餌やりをしていたら、耕太郎がドタバタと走ってきて車が直ったと言った。
まさかと思いながら家に駆け戻り、車に飛び込んでキーを回すと、エンジン音とともに車体が震えた。
「すごい、本当に君が直したのか! ありがとう!」
耕太郎は自慢げに笑った。
僕は畑で大の字になっている権田にエンジンがかかったと伝えた。権田は飛び起きて走って車に向かうと、「本当だ、うごいてらあ! すげーよ耕太郎!」とばんざいをした。
「これで帰れるかもしれないな」
そう言いながら僕は胸が締め付けられるのを感じた。帰ることは別れを意味する。幸や松、耕太郎や長老など村の人たちにももう二度と会えないかもしれないことも。
車が動いたことを知った幸と松は僕たち以上に喜んでくれた。
「本当にお世話になりました」
お礼を言うと幸と松は涙を溜めて微笑んだ。
「寂しくなるわ。だけどまたいつか会えるわよね」
幸の言葉に僕は頷いた。
「きっと会えるよ」
僕たちが帰ると聞き村人たちが庭に集まってきた。長老もいたし、耕太郎の姿もあった。
僕と権田は耕太郎と幸と握手を交わした。
「耕太郎、強く生きるんだ。君は一人じゃないということと、僕たちがいたことを忘れるな。僕たちも君たちのことを忘れない」
耕太郎は泣きながら何度も頷いた。幸も着物の袖で涙を拭いていた。他の村人たちもつられて泣いていた。
「あんたたちの人生はこれからだからね、頑張んなさいよ!」と松は涙を流しながら僕たちの肩を叩いた。松の言葉が胸に響いた。
「幸さんも松さんも、どうかご無事で」
「幸さん、また戻ったときには僕と結婚……」
「馬鹿言うな」
権田の頭を小突くと皆が笑った。
アクセルをゆっくり踏み込む。
「元気でね」
「またな」
皆が口々に別れの言葉を言って手を振ってくれた。
耕太郎の大きな身体と、幸の小さな身体、村の人々の姿がだんだんと遠ざかっていくのがバックミラー越しに見え、涙と鼻水が止まらなかった。
権田は窓の外を見て一度鼻を啜った。
「俺も仕事探そうっと」
旧道を抜けてしばらく走るとやがて馴染みのある国道に出た。夕日だけが赤く、僕たちを優しく迎え入れているみたいだった。
僕はこの経験を、あそこで会った人たちのことをずっと忘れないだろうと思った。
「今日は傑くんの誕生日でしょう? いつも頑張ってもらってるから、今日くらいは沢山食べられるように腕を振るったわ」
囲炉裏の前には味噌汁と椎茸と青菜の煮物、猪の肉、山菜の炊き込みご飯が並んでいた。あまりに美味しそうで涎が出た。
それにしてもなぜ松は僕の誕生日を知っているんだろう?
ふと、この間長老の家に行った帰りに松から誕生日はいつかと聞かれたのを思い出した。あのときから松がお祝いのことを考えてくれていたのかと思うと胸がいっぱいになった。生まれてきてよかったと心から思えた。
「ありがとうございます、松さん」
「お前また泣いてんな?」と権田が顔を覗き飲んできたので、「泣いてねえよ」とパンチパーマに拳を突っ込み殴るふりをした。
笑い声に溢れる祝宴の夜はゆっくりと過ぎて行った。
翌日は朝から耕太郎が車をあちこち弄っていた。壊されないかと幸は心配していたが、僕は耕太郎を信用して車を預けることにした。
夕方川べりで仲良くなった狐の母子餌やりをしていたら、耕太郎がドタバタと走ってきて車が直ったと言った。
まさかと思いながら家に駆け戻り、車に飛び込んでキーを回すと、エンジン音とともに車体が震えた。
「すごい、本当に君が直したのか! ありがとう!」
耕太郎は自慢げに笑った。
僕は畑で大の字になっている権田にエンジンがかかったと伝えた。権田は飛び起きて走って車に向かうと、「本当だ、うごいてらあ! すげーよ耕太郎!」とばんざいをした。
「これで帰れるかもしれないな」
そう言いながら僕は胸が締め付けられるのを感じた。帰ることは別れを意味する。幸や松、耕太郎や長老など村の人たちにももう二度と会えないかもしれないことも。
車が動いたことを知った幸と松は僕たち以上に喜んでくれた。
「本当にお世話になりました」
お礼を言うと幸と松は涙を溜めて微笑んだ。
「寂しくなるわ。だけどまたいつか会えるわよね」
幸の言葉に僕は頷いた。
「きっと会えるよ」
僕たちが帰ると聞き村人たちが庭に集まってきた。長老もいたし、耕太郎の姿もあった。
僕と権田は耕太郎と幸と握手を交わした。
「耕太郎、強く生きるんだ。君は一人じゃないということと、僕たちがいたことを忘れるな。僕たちも君たちのことを忘れない」
耕太郎は泣きながら何度も頷いた。幸も着物の袖で涙を拭いていた。他の村人たちもつられて泣いていた。
「あんたたちの人生はこれからだからね、頑張んなさいよ!」と松は涙を流しながら僕たちの肩を叩いた。松の言葉が胸に響いた。
「幸さんも松さんも、どうかご無事で」
「幸さん、また戻ったときには僕と結婚……」
「馬鹿言うな」
権田の頭を小突くと皆が笑った。
アクセルをゆっくり踏み込む。
「元気でね」
「またな」
皆が口々に別れの言葉を言って手を振ってくれた。
耕太郎の大きな身体と、幸の小さな身体、村の人々の姿がだんだんと遠ざかっていくのがバックミラー越しに見え、涙と鼻水が止まらなかった。
権田は窓の外を見て一度鼻を啜った。
「俺も仕事探そうっと」
旧道を抜けてしばらく走るとやがて馴染みのある国道に出た。夕日だけが赤く、僕たちを優しく迎え入れているみたいだった。
僕はこの経験を、あそこで会った人たちのことをずっと忘れないだろうと思った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる