vita cinematografica たらこ飴短篇集

たらこ飴

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七 コルトナの朝

1. イースターの朝

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 コンロの上では、ステンレス鍋の中で煮えたぎったお湯が天井に向かって湯気を吹き上げている。昨日のうちにピカピカに磨き上げたキッチンカウンターの前で、私は茶色い卵を一つ手に持って立っていた。今日は4月9日、イースターの日だ。それにちなんで卵料理を作ることに決めていた。

 エプロンのポケットにはスマートフォンが入っていて、お気に入りのピアノ音楽である『コルトナの朝』が、耳に嵌めたワイヤレスイヤホンを通して流れてくる。毎朝この曲を聴きながら料理をするのが日課になっていた。

 女主人が目を覚ます前にどうしても作り終えたかった。生卵を割ってボウルの上に重ねたざるにあけ、白身の水っぽい部分だけをボウルに落とす。ザルの上に残った卵黄と卵白をそのままおたまですくい、鍋の熱湯の中にそっと入れる。30秒ほど待って外側だけ白く固まった楕円形の玉子を取り出し、皿に乗せて置く。

 次に3枚のベーコンと、2つに切り分けられた円形のイングリッシュマフィンのパテをオーブンに入れて蓋を閉じると、ボタンを操作して焼き時間を三分に設定しスタートボタンを押した。

 その後バターをレンジで溶かし、レモン汁と塩、オリーブオイルを混ぜたソースを作り、アボカドの皮を剥き、半分に割って種を取ってスライスする。

 焼き上がった1枚のマフィンのパテの上に、ベーコン、スライスしたアボカド、皿に置いておいたポーチドエッグの順に載せ、ソースをかけてもう一枚のパテで挟む。出来栄えは90点といったところか。

 コーヒーよりも紅茶派の主人のために、ダージリンと季節のフルーツをブレンドして作った紅茶をカップに注いだところで、ネグリジェ姿のクレアが現れた。彼女はダイニングテーブルの上に置かれ湯気を立てているエッグ・ベネディクトに歓声をあげた。

「これこれ、これが食べたかったのよ! 私の大好物をどうして知ってるの?」

「さあ、何でかしらね?」

 彼女は前に雑誌のインタビューでエッグベネディクトが好物だと答えていた。私がクレアの出演している連続ドラマだけでなく、TV番組や雑誌のインタビュー記事のほとんど全てに目を通していることなど彼女は知らないだろう。

 クレアは私のイヤホンを奪って自分の片方の耳にいれ、「またこれを聴いてるのね」と微笑んだ。彼女のペリドットのような色の目が細められると心が安らぐ。

 イヤホンを返して席に着くと、彼女はポーチドエッグにナイフでそっと切れ目を入れた。とろりと出てきた黄身を見て、「なんて美味しそうなの」と感嘆の声を上げる。

「ニーナ、あなたは家事の天才だわ。掃除も完璧だし猫の世話も一生懸命やってくれる。料理もすごく上手い。いいお嫁さんになるわ」

「ありがとう、クレア」

 彼女の白い手に持たれたナイフがエッグベネディクトを細かく切り、フォークに刺された破片が次々と口の中に入る。ゆっくり味わいながら食べ終えたクレアは、シンクで洗い物をしている私のところに皿を持ってきて今日もありがとうと声をかけると、着替えのために部屋に戻った。

 クレアを見送ったあとは最短時間で掃除を進める。といっても丁寧に行うことに変わりはない。廊下と床に掃除機をかけ雑巾で水拭きをしたあと、ビニール手袋をはめトイレ掃除に移行する。同じハウスキーパー仲間は皆トイレ掃除が苦痛だと言う。特に大家族の家のトイレは汚れが酷く、吐き気を催すこともあるそうだ。だがこの家のトイレは家主が激務で仕事のために外にいる時間の方が多くほとんど使われないために、あまり汚れておらず短時間で掃除が終わる。

 便器と床の掃除を終え洗面所で丹念に手の汚れを落とすと、クレアの寝室へ向かう。一見綺麗好きに見える彼女の寝室は、何度片付けをしても散らかるのが早い。ベッドの上や床に脱ぎっぱなしの服が落ちていたり、ペットボトルやボンボンチョコレートの包み紙などのゴミが転がっている。汚部屋というほどではないが、彼女の大雑把な性格が読み取れる空間ではある。

 途中クレアの愛猫のソルトがやってきて邪魔をしようとするので、彼女の好物のインゲンの入った豚肉の缶詰を皿にあけて与えたら、頭を突っ込んで食べ始めた。
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