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第1章 【初咲きの夜明け】

【10話】 星を見る人

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 どう? アタシが作ったんだけど、このままお店で出せちゃうくらいの出来じゃないかしら?」


 部屋の中心に置かれた小さなラウンドテーブルを囲むように座ったアギョウ、エスカ、ボレアス。

 三人の目線は、卓子の中央に置かれた焼き菓子に集中してた。


「リシャール領名物のレルヒェ! 聞いたことあるかしら? とっても有名な焼き菓子だからアギョウもきっと気にいるはずよ!」


「ふむ、たしかに一度食べたことがあるが……以前見たレルヒェとほぼ同じ形だな。さすがはリシャールが誇る伝統菓子といったところか。正確に形が伝わっている」

 
 手のひらサイズのカップケーキの形をした生地。

 その上に二本の細長い生地を十字形に乗せて焼くことで、頭にバツ印が刻まれた特徴的なシルエットが形成されている。

 アーモンドパウダーと砂糖をこね合わせることで出来上がる、餡のような粘りとクッキーのような歯切れを併せ持つ独特の食感。そして紅茶によく合う仄かで上品な甘さが人気を呼び、今ではリシャール領の域を超えメラング連邦公国全土で愛されている誇り高き一品である。


「綺麗でしょ~? ささ、ご賞味くださいな」


「うむ、では遠慮なく……いただきます」


 アギョウはテーブルに置かれたレルヒェを手に取り、半分に割る。

 中には味のアクセントとして少量のジャムが入っており、食べてくださいと言わんばかりに光を反射し輝いていた。

 アギョウは口を小さく開け、そのジャムの部分を一口かじった。


「どうかしら? 美味しい?」


 瞳を輝かせ、期待感に溢れた満面の笑みで感想を尋ねてくるエスカ。よほど菓子の味に自信があるのだろう。


「おいエスカ。そんなに近くでジロジロ見たら迷惑だろう」


 見かねたボレアスがエスカの肩を引っ張りながら注意をするが、エスカはボレアスの存在などないかのように微動だにしない。

 無言の圧を受けたアギョウは口の中で転がしていた生地を急いで飲み込み、元気いっぱいに答えた。


「うむ! 美味しいじゃないか! 」


「そうっ!? 良かったわぁウッフッフッフ」


 実に簡単……適当とすら言える感想だが、エスカは体をくねらせながら満足そうに笑い声を漏らす。

 そんな独特の空気感が出ている二人を眺めていたボレアスは、どうしても無視できないとある異物感にさいなまれていた。


「あの~、アギョウさん? その頭に着いている骨……みたいなものは帽子ですか? 食事中でも着けるものなんですか?」


 ボレアスはアギョウの頭に乗っかっている、禍々まがまがしいツノの伸びた竜の頭蓋骨を指差しながら尋ねた。

 ボレアスが懸念した通り、その骨は帽子というには奇妙で珍妙。

 額に埋め込まれた赤い宝石の美しさが、むしろ竜の顔相の恐ろしさをより際立てている。

 食事中、いや屋内……正直野外でも装着するのはオススメできない代物。

 ファッションの一環というにはセンスが百年紀単位で古いと言わざるを得ない。


「確かに……部屋に入ったときから思ってたんだけど、その頭に乗ってる骨はなんなのかしら? 他の装備は全部外してるのにそれだけ着けっぱなしよね」


 エスカからも追及の声が上がる。


「これか……実は、この頭蓋骨を外さないのには理由があるのだよ。外せない……できるだけんだ。コイツは普通の骨にはない特殊な力があってだね」


「もしかしてその骨……『生装クレイス』なんですか!?」


 突如ボレアスがアギョウの『特殊な力』というワードに反応すると、心の意を言い放ちながらテーブルから身を乗り出した。
 

「ふむ。やはり君は知っているんだね、ボレアスくん」


「え? なに? クレ……イス? て何なのかしら」


 初めて聞く単語を耳にしたエスカは困惑の表情を隠すことができない。


「『生装クレイス』。星持ちだけが所持することを許される特別な道具のことだ」


 ボレアスがもう一度、エスカに向けてその名を呟く。

 後に続いてアギョウが、ボレアスの説明に補足するように話し始めた。


「この『生装クレイス』という代物はとても面白いものでね。所有者が装備……『リンク』することで、大きく分けて三つの恩恵を受けることができる!」


 そう言いながら頭の頭蓋骨をコツコツと指で鳴らし、位置を微調整する。

 どうやって頭の上で固定しているのか不思議に思うエスカだったが、どうやらそこまで説明するつもりはないらしくアギョウはそのまま話を続けた。


「一つ目! 星持ちの象徴とも言える、夜を照らす『星』。これは『生装クレイス』とリンクすることで出せるようになる!」


 そう言いながらアギョウは、右手の人差し指を自身の頭上に向けて立てた。

 すると指の差す先の空間が少しずつ歪んでいき……透明な光の球体が現れる。

 夜の中では強い存在感を放っていた星だが、この昼間の明るい部屋では景色と同化してしまいとても見辛い。

 しかし、陽炎かげろうのような揺らめきが丸い形を成しており、そこにナニかが存在しているということだけは分かる。


「こ、これが……星。初めて見た……」


 本で得た知識のみで実物を見たことがなかったボレアスが感嘆の声を漏らす。


「星は人によって色が違うのだが……私の星は無色透明だ。見にくくて申し訳ない」


「あら? さっき見た星はもっと大きかったけど……」


 アギョウの星は先程エスカが目にしたものと同じ不思議な光を放っているが、今回のものは室内用なのかサイズが小さくこぢんまりとしていた。

 説明を終えたアギョウが挙げた手を下ろすと同時に、頭上に浮いていた星も霧散して消えてしまう。


「二つ目! 身体能力強化、回復力向上、感覚機能覚醒など……生物としての能力を底上げする効果がある。人間がバグに対抗するためには必須の力だな!」


「なるほど~。アタシを抱えてピョンピョン跳ね回ってたのも、怪我がすぐ治ったのもそのクレイスってーののおかげってわけね」


「……」


 エスカはその説明にウンウンと首を縦に動かして相槌を打つが、アギョウは苦笑いでやんわりと否定する。


「いや、さすがに『生装クレイス』とリンクしただけでは、あんな跳躍力は得られない!」


「え? じゃあアレは……」


 エスカの疑問を解消するため、アギョウは自身の左手を広げて目の前の二人に突きつけた。

 その左手の中指には、銀製のシンプルなデザインの指輪がはまっている。


「三つ目! 『生装クレイス』にはそれぞれ独自の特殊能力が備わっている。例えばこの指輪の場合は『リンクした人間の打撃を強化』する力、だ」


 アギョウはテーブルに置いてあるマイナイフを手に取ると……。


「『銀環ネロ』」


 小さくなにかを唱えながら、そのナイフの先端を右手の中指で爪弾つまはじきする。

 金属製の頑丈なはずのテーブルナイフはしかし、その単純な一つの動作で粘土のように簡単に折れ曲がってしまった。


「うわっ!?」


「ひぇっ!」


 どう見ても人間の力で起こせるはずのない不気味な光景。

 二人の口から実に素直な驚きの声が飛び出てきた。


「先ほどのジャンプや疾走は、この指輪の力を借りていたというわけだ!」


「「……」」


 自信満々に胸を張るアギョウだが、エスカとボレアスは心なしか椅子を動かして、アギョウから離れようとしているように見える。


「コラコラ、さすがに力加減を調節する練習は入念に行っている。間違って骨を叩き折ったりなんてしないので安心して……コラコラ、どうしてそんなに距離を取るんだい?」


 折れ曲がったナイフを手に持ったまま近づいてくるアギョウに明確な恐怖心を覚えた二人の足は、無意識に目の前の危険人物から遠ざかろうとセカセカ動く。

「……まあいい。ちなみに、私が今被っているこの骨の能力は視角の拡張。額に付いている赤い宝石を通して視力を得ることができる」


「へ、へぇ~。視力が……って、え?」


 エスカは先ほどのアギョウの発言を思い出し、とあることに気づいた。


「ちょっとちょっとアギョウ……貴方さっき、その骨を外さない理由があるって言ってたわよね」


 そのエスカの反応を見たボレアスも、彼女が言わんとしていることを察知し後に続いて言葉をつむぐ。


「……そうか。その骨の能力が視覚の付与なら……それを理由って……」


 ……二人とも、その先を言葉にできず押し黙る。

 その様子を見たアギョウは腕を組み洋々と、はっきり言い放った。


「うむ。実は私……目が一切見えていない! この頭蓋骨の『生装クレイス』とリンクしている間しか視力を得られんのだ」


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