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第1章 【初咲きの夜明け】

【11話】 頭も尾も無い饒舌家

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 アギョウは鬱屈さのカケラも無くあっけらかんとそう言い放つと、カップに注がれた紅茶を勢いよくあおった。


「……」


「そんな暗い顔をしなくても良い! コイツをつけている間は問題なく見える。いや、360°見渡せるのでむしろ便利なくらいだ」


 アギョウは明るく振る舞っているが、一つの道具に依存した不確かな生活は……きっと想像を絶する不安と不便が付きまとうだろう。

 一度、光の届かない純然たる闇の世界に足を踏み入れたエスカには、その恐怖の片鱗が分かる。


「そ、そう? アギョウがそう言うなら……気にしないことにするけれど」


 このデリケートな話題には触れないほうが良い。そう感じたエスカはアギョウの発言に肯定した。


「と、ところで……その指輪も『生装クレイス』だったんですね。もしかしてそこに置いてある大剣も、そうなんですか?」


 ボレアスは壁に立てかけてある黒色の剣を指差して尋ねた。


「うむ。ベッドの横の丸盾もマントも胸当てもガントレットもグリーヴも、全て『生装クレイス』だ! 一つ一つに面白い能力が込められている」


 子供のように無邪気に瞳を輝かせるボレアスを見て笑顔を溢しながら、少し自慢げに語るアギョウ。


「例えばそのマント。それはリンクした人間の体重を自由に操作するとこができる」


「ああ、それでさっきアタシが担いだときあんなに軽かったのね」


「バグに殴り飛ばされてこの程度の怪我で済んでいるのも、インパクトの瞬間に体重をほぼゼロの状態にすることで受け流したからだ」


 エスカはその説明になるほど、と何度も首を振って強く頷く。

  ボレアスの瞳も、より一層光量を増していく。


「す、すごい……! これ全部……『生装クレイス』なのか……ちょ、ちょっと触ってみても良いですか!?」


 席から立ち上がり、ベッドの横の棚へと近づくボレアス。

 それを見たアギョウは目を開いて満面の笑みを作り出し……温もりのこもった優しげな声で答えた。


「うむうむ、それはもちろん……ダメだ!」


「ええっ!?」


 予想に反する返答を受け腰を抜かしたボレアスは、突然の大声も相まってその場に尻餅をついてしまった。


「ちょ、ダメなの!? えぇ……どうして?」


 紅茶を手に取り口に含もうとしていたエスカも、その手を止めてアギョウに質問を投げかける。


「それらには触れないほうが良い。『生装クレイス』の中にはリンクした者にのろいを付与する恐ろしいものもあるからな!」


「の、呪い?」


 どうやらその事実はボレアスも知らなかったらしく、首を傾げ同じワードをおうむ返しした。


「うむ。呪いのルールは軽いものから命に関わるものまで様々あるが、どれも人として生活するうえでは厄介なものばかりだ」


 そう言いながら立ち上がったアギョウは装備のもとまで歩いていき、棚に置いてある黒色のガントレットを手に取る。


「もちろん、全ての『生装クレイス』がそうだと言うわけではない。こういった呪いの力が込められた装備を、我々星持ちは『呪縛装ヴァロス』と呼んで明確に区別している」


「ヴァロス……」


 立ち上がったボレアスは小さく呟きながら、ゆっくりとアギョウの横に歩み寄った。


「それじゃあその籠手こても呪いの装備……『呪縛装ヴァロス』なんですか?」


「うむ」


「この盾も?」


「そうだ」


「マントは――」


「当然。ああ、あとその胸当てもだな」


「呪われすぎじゃない!? 普通の装備だってあるんでしょ? なんでそんなおっかないもばっかりこのんで集めてるの!?」


 とうとうエスカも椅子から立ち上がり、アギョウの変態的な『呪縛装ヴァロス』収集癖に鋭く切り込んだ。


「……あっ」


 しかしその時……椅子を引きずった振動で床が僅かに揺れ、壁に立て掛けてあった大剣が倒れてしまった。


「あ、あら。ごめんなさい」


 エスカは反射的に倒れた大剣を拾おうと腰を屈め、包帯の巻かれたその柄に手を伸ばすが――――


「さわるなぁぁぁぁ!!」


 エスカの手が触れる直前、乾燥した木版を擦り合わせたような渇いた老人の声が部屋全体を揺らした。


「どわぁぁぁぁっ!!」


 不意に耳をつんざく大声を喰らったエスカは、先ほどのボレアスの焼き増しとも言える綺麗な尻餅をついてしまった。


「え……? え? 今しゃべった? この剣しゃべった?」


 うろたえたエスカは視線を彷徨わせ、アギョウとボレアスに交互に目配せをする。


「そんなバカな……剣がしゃべるわけ……」


 ボレアスも不思議に思い、その剣を端から端までじっくりと観察するが、大剣はどこまでいっても大剣。

 口はもちろんのこと、喉も舌も歯も付いてはいない。

 人語を操れないどころか、生き物ですらない。

 常識的に考えて、物が人格を持って喋り出すことなど――


「し」


「…………し?」


「しまったぁクソ! 汚ねぇ手で触られると思って反射的に声出しちまったぜ!」


「やっぱりしゃべってるぅぅぅ!」


 十七年間の人生で培ってきた常識が、音を立てて崩れ去る。


 もうお互いに誤魔化すことも、気づかないフリをすることもできない。

 確実にこの大剣は意志を持ち声を発している。


「レイヴさん……良かったんですか? 正体明かしちゃって」


 アギョウはやれやれ……とでも言いたげな呆れ顔で、大剣に向かって話しかけた。


「あー……良くはねぇけどよぉ。コイツが間違って俺とリンクしちまってもマズいだろ?」


 老人の声は少し気まずそうにトーンを下げるが、その声質と喋り方からは太々ふてぶてしさが一切抜けていない。


「……つか、さっき森の中で一度聞かれちまったしなぁ。あとから言い触らされるくらいなら、ここで正体を明かして釘を刺しておいたほうが安全じゃねぇかぁ?」


「さっき……ああっ! やっぱり! さっき聞こえた声は聞き違いじゃなかったのね!」


 衝撃から立ち直ったエスカは先程森の中で聞こえていた謎の声を思い出し、剣に人差し指を向けて一声を張り上げた。


「ふむ……まあ、こうなっては他に選択肢もないか。よし! 紹介しよう!」

 
 アギョウは持っていた籠手を棚の上に戻すと、大剣の側にゆっくりと歩み寄る。

 ヒトの手首のように太いつかを丁寧に握りしめると、自身の胸の前まで持ち上げてエスカとボレアスにその全容を見せつけた。


の名前は『レイヴ』。人格をもった世にも珍しい『呪縛装ヴァロス』だ」
 
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