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第1章 【初咲きの夜明け】

【12話】 呪う男、呪われた男

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「人格を持った……『呪縛装ヴァロス』?」


「憶えてもらう必要はないぜ……いや、むしろさっさと忘れてほしいくらいだが」


 いくら声が聞こえるとはいえ、見た目は鉄の塊。その表情を読み取ることはできない。

 しかしレイヴと呼ばれた男(?)の口調には、分かりやすいほどに苛立ちと気恥ずかしさが表れていた。


「そんなこと言わずに! 本当は可愛い女の子とお喋りできて嬉しいんでしょうレイヴさん! いつもより鞘がツヤツヤしてますよほら!」


「バ、バカ野郎アギョウてめぇコノ野郎! んなわけないだろ手の平でさするんじゃねぇ!」


(え、えぇぇぇ……?)


 混乱するエスカとボレアスをよそに、アギョウは当たり前のように「大剣」レイヴと会話を弾ませる。


(た、たしかに。『生装クレイス』は超常的な現象を引き起こす、まさに神器とも言える代物。独立した意思を持つ物があっても不思議じゃないのかもしれないが……)


 ボレアスは顎に手を当てマジマジとレイヴの全身を観察する。


「怒りっぽく見えるかもしれないが、こう見えてお喋りとお風呂が大好きな気の良いお方だ。仲良くしてほしい」


「……剣なのに入浴するの?」


 エスカの疑問はもっともだが、通常の道具の枠組みを超えた『呪縛装ヴァロス』にそんな常識は通用しない。


「あぁ? 現に口は無くてもしゃべれてるだろ。鼻は無くても匂いは分かるし、肌がなくても温もりは感じる……テメェのアホヅラだってバッチリ見えてんよぉ」


「カーッ! なんなのかしらこの剣腹立つわ! しゃべる機能が余計なんじゃないかしら!?」


 レイヴの挑発的な言動に、直前までこんがらがっていたエスカの感情が怒りに染まる。


「――と、俺のことはどうでもいいんだよ。そんなことより、青ガキ」


「な、なにかしら。悪いけどイヤミなら無視させてもらうわよ! むしむし!」


 アギョウのくすぐりから解放されたレイヴは、閑話休題とばかりにエスカに話を振り始める。


「正体がバレちまったからもう隠す気もねぇ、ハッキリ言わせてもらうぜ。いいか、アギョウは別に好き好んで『呪縛装ヴァロス』ばかりを着けてるわけじゃねぇし、こんな蛮族の謝肉祭みてぇな格好をする趣味もねぇ」


 それを聞いたエスカは、先ほど自分がアギョウに放ったセリフを思い出した。


「ああ、そうそう。どうしてアギョウは『呪縛装ヴァロス』ばかりを使ってるのかって話だったわね」
 

「フン、そんなの簡単な話だ。コイツは生まれつき『呪縛装ヴァロス』としかリンクすることができねぇんだよ」


「っ!!」


 レイヴから告げられた突然のカミングアウトに、エスカとボレアスの内心が騒然となる。


「そうなの!? アギョウ」


「え……そ、そんなこと……あるんですか?」


 ザワつく二人の反応を見たアギョウは少しむず痒そうに頬を掻くと、先ほどまで自分が座っていた席に戻り一息をついた。


「ふむ。これに関しては私自身も分からないことが多くてね。時間をかけて色々調べて回っているんだよ。て、本当はここまで話すつもりはなかったのだが……」


「し、仕方ねぇだろ! コイツが……青ガキがアギョウを変態呼ばわりしやがったから――」


 レイヴはアギョウの喋り方に含みを感じたのか、舌を勢いよく回すように必死に弁明する。


(あら、このレイヴって人……アギョウをバカにされたと思って怒ってたの?)


 単なるキレやすい厄介者だと思っていたエスカの脳内に、ちょっとカワイイかも……という、幼子を愛でる感覚に近い認識が混ざり込む。


「と、とにかく! ここにお前が扱える装備はねぇ! 諦めろ。そもそも『生装クレイス』も『呪縛装ヴァロス』も素人が簡単に触っていいモノじゃねぇんだよ。星持ちナメんなってんだ」


 吐き捨てるように放たれたレイヴのセリフには、幾多の経験、感情を詰め込んだ確かな重みがあった。 


「う……うぐ」


 それを感じ取ったボレアスは子犬のように眉を垂らし、分かりやすく落ち込んでいる。


「ああ、でもボレアスくん! そのグリーヴだけは触ってみても構わないよ。これは『生装クレイス』だから安全だ!」


 見かねたアギョウが棚の上の青い脛当すねあてを指差しながらそう言うと、下がっていたボレアスの眉が速攻で吊り上がった。


「本当ですか!」


「うむ! 脚に着けてみるといい」


 言質を取ったボレアスはゆっくりと棚に近づき、震える手でグリーヴを持ち上げた。


「おい、アギョウ」


「いいではありませんか、減るものでもなし」


 レイヴが低い声で咎めるように名を呼ぶが、アギョウは小さな笑みを崩すことなく返事をする。


「これが……『生装クレイス』」


 金属光沢が美しく輝く青色のその脛当ては、脚の後ろ側まで覆い隠す、『フルグリーヴ』と呼ばれる靴に似た形状のもの。

 金属部分の占める割合が大きくそれなりの重量があり、持っているだけで腕の筋肉をりそうになる。


「アギョウ、アナタ『呪縛装ヴァロス』しか装備できないんでしょ? どうして『生装クレイス』を持ってるの?」


 ふと疑問に思ったエスカが尋ねると、アギョウは二つ目のレルヒェを頬張りながら答えた。


「あのグリーヴも元々は『呪縛装ヴァロス』でね……私もつい二日前まではバリバリ使っていたものだ!」


「え? どーゆうこと? 『生装クレイス』と『呪縛装ヴァロス』は区別されてるって……」


「『呪縛装ヴァロス』と『生装クレイス』の違いは……リンクした使用者が呪われるか否か、それだけだ」


 慣れない手つきでらグリーヴを脚に装着するボレアスを尻目に、エスカはアギョウへ向き直り話の先を促す。


「つまり、宿っている呪いさえ取り除いてしまえば『呪縛装ヴァロス』と『生装クレイス』の違いは無くなる!」


「そ、そんなことできるんだ……」


「うむ! 『解呪かいじゅ』と言ってね。ある条件を揃えることで『呪縛装ヴァロス』に付与されている呪いを消し去ることができる。解呪条件はモノによって千差万別なので、そうそう出来るものでもないが」


 アギョウは左手に着けている銀の指輪に、見えていないはずの二つの瞳を向けた。

 柔らかく穏和な仕草で、慈愛をこめて指輪をそっと撫でる。


「私にはどうしても解呪したい……重く苦しいよどみから解放したい『呪縛装ヴァロス』が、三つある。そのために、この身骨全身が呪いにまみれる覚悟を決めた」


(……んん?)


 ……そう語るアギョウの口調も、顔色も、先ほどからほとんど変わってはいない。

 しかしエスカは、アギョウが『解呪』の話題に触れ始めた瞬間から、徐々に危うい気配が湧き上がってきているのを感じ取った。

 表面上は不動。一切の機微きびすら見せようとしないガラスの球。

 しかしその球の中では真っ赤に煮えたぎるマグマの塊が、ガラスを破らんと温血を踊り狂わせている。そんな危険なイメージが浮かぶ。

 優しく見えたその感情が、暖かく感じたその光が。

 負の感情を押し殺し、自分自身を焼き尽くす炎によってもたらされているのだとすれば……。


 ――触ってはいけない。


 本能で感じ取ったエスカは唾を一つ飲み込むと、口を開き乾いた唇を湿らせた。

 アギョウの話に相槌を打ちつつ、不自然にならない程度に話題を変える。そんなセリフを頭の中に思い描く。


「それにしてもアギョウ――――」


 勢いよく喉を震わせたエスカ。

 しかし……そんな早る思いを上から塗り潰すように、突如アギョウたちの部屋に異変が訪れた。

 
「っ!」


 部屋の白い壁、棚やベッド等の調度品、そしてエスカとアギョウの横顔に至るまで……あらゆるものが一瞬にして鮮やかな青色に染め上げられた。

 ……いや、物自体の色が変わったのではない。

 全ては、部屋の中央に突如出現した青色の『星』によって照らされたことで、変色したように見えたのだ。


「え……?」


 エスカは反射的に光源のほうへと目を向け光の球体を目撃するが、それが星持ちの扱う『星』であるとすぐに思い至ることができなかった。

 星持ちのみが扱うことを許されたはずのその星は……ボレアスの頭上で強い光を放っていた。

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