13 / 14
第1章 【初咲きの夜明け】
【12話】 呪う男、呪われた男
しおりを挟む「人格を持った……『呪縛装』?」
「憶えてもらう必要はないぜ……いや、むしろさっさと忘れてほしいくらいだが」
いくら声が聞こえるとはいえ、見た目は鉄の塊。その表情を読み取ることはできない。
しかしレイヴと呼ばれた男(?)の口調には、分かりやすいほどに苛立ちと気恥ずかしさが表れていた。
「そんなこと言わずに! 本当は可愛い女の子とお喋りできて嬉しいんでしょうレイヴさん! いつもより鞘がツヤツヤしてますよほら!」
「バ、バカ野郎アギョウてめぇコノ野郎! んなわけないだろ手の平で摩るんじゃねぇ!」
(え、えぇぇぇ……?)
混乱するエスカとボレアスをよそに、アギョウは当たり前のように「大剣」レイヴと会話を弾ませる。
(た、たしかに。『生装』は超常的な現象を引き起こす、まさに神器とも言える代物。独立した意思を持つ物があっても不思議じゃないのかもしれないが……)
ボレアスは顎に手を当てマジマジとレイヴの全身を観察する。
「怒りっぽく見えるかもしれないが、こう見えてお喋りとお風呂が大好きな気の良いお方だ。仲良くしてほしい」
「……剣なのに入浴するの?」
エスカの疑問はもっともだが、通常の道具の枠組みを超えた『呪縛装』にそんな常識は通用しない。
「あぁ? 現に口は無くてもしゃべれてるだろ。鼻は無くても匂いは分かるし、肌がなくても温もりは感じる……テメェのアホヅラだってバッチリ見えてんよぉ」
「カーッ! なんなのかしらこの剣腹立つわ! しゃべる機能が余計なんじゃないかしら!?」
レイヴの挑発的な言動に、直前までこんがらがっていたエスカの感情が怒りに染まる。
「――と、俺のことはどうでもいいんだよ。そんなことより、青ガキ」
「な、なにかしら。悪いけどイヤミなら無視させてもらうわよ! むしむし!」
アギョウのくすぐりから解放されたレイヴは、閑話休題とばかりにエスカに話を振り始める。
「正体がバレちまったからもう隠す気もねぇ、ハッキリ言わせてもらうぜ。いいか、アギョウは別に好き好んで『呪縛装』ばかりを着けてるわけじゃねぇし、こんな蛮族の謝肉祭みてぇな格好をする趣味もねぇ」
それを聞いたエスカは、先ほど自分がアギョウに放ったセリフを思い出した。
「ああ、そうそう。どうしてアギョウは『呪縛装』ばかりを使ってるのかって話だったわね」
「フン、そんなの簡単な話だ。コイツは生まれつき『呪縛装』としかリンクすることができねぇんだよ」
「っ!!」
レイヴから告げられた突然のカミングアウトに、エスカとボレアスの内心が騒然となる。
「そうなの!? アギョウ」
「え……そ、そんなこと……あるんですか?」
ザワつく二人の反応を見たアギョウは少しむず痒そうに頬を掻くと、先ほどまで自分が座っていた席に戻り一息をついた。
「ふむ。これに関しては私自身も分からないことが多くてね。時間をかけて色々調べて回っているんだよ。て、本当はここまで話すつもりはなかったのだが……」
「し、仕方ねぇだろ! コイツが……青ガキがアギョウを変態呼ばわりしやがったから――」
レイヴはアギョウの喋り方に含みを感じたのか、舌を勢いよく回すように必死に弁明する。
(あら、このレイヴって人……アギョウをバカにされたと思って怒ってたの?)
単なるキレやすい厄介者だと思っていたエスカの脳内に、ちょっとカワイイかも……という、幼子を愛でる感覚に近い認識が混ざり込む。
「と、とにかく! ここにお前が扱える装備はねぇ! 諦めろ。そもそも『生装』も『呪縛装』も素人が簡単に触っていいモノじゃねぇんだよ。星持ちナメんなってんだ」
吐き捨てるように放たれたレイヴのセリフには、幾多の経験、感情を詰め込んだ確かな重みがあった。
「う……うぐ」
それを感じ取ったボレアスは子犬のように眉を垂らし、分かりやすく落ち込んでいる。
「ああ、でもボレアスくん! そのグリーヴだけは触ってみても構わないよ。これは『生装』だから安全だ!」
見かねたアギョウが棚の上の青い脛当てを指差しながらそう言うと、下がっていたボレアスの眉が速攻で吊り上がった。
「本当ですか!」
「うむ! 脚に着けてみるといい」
言質を取ったボレアスはゆっくりと棚に近づき、震える手でグリーヴを持ち上げた。
「おい、アギョウ」
「いいではありませんか、減るものでもなし」
レイヴが低い声で咎めるように名を呼ぶが、アギョウは小さな笑みを崩すことなく返事をする。
「これが……『生装』」
金属光沢が美しく輝く青色のその脛当ては、脚の後ろ側まで覆い隠す、『フルグリーヴ』と呼ばれる靴に似た形状のもの。
金属部分の占める割合が大きくそれなりの重量があり、持っているだけで腕の筋肉を攣りそうになる。
「アギョウ、アナタ『呪縛装』しか装備できないんでしょ? どうして『生装』を持ってるの?」
ふと疑問に思ったエスカが尋ねると、アギョウは二つ目のレルヒェを頬張りながら答えた。
「あのグリーヴも元々は『呪縛装』でね……私もつい二日前まではバリバリ使っていたものだ!」
「え? どーゆうこと? 『生装』と『呪縛装』は区別されてるって……」
「『呪縛装』と『生装』の違いは……リンクした使用者が呪われるか否か、それだけだ」
慣れない手つきでらグリーヴを脚に装着するボレアスを尻目に、エスカはアギョウへ向き直り話の先を促す。
「つまり、宿っている呪いさえ取り除いてしまえば『呪縛装』と『生装』の違いは無くなる!」
「そ、そんなことできるんだ……」
「うむ! 『解呪』と言ってね。ある条件を揃えることで『呪縛装』に付与されている呪いを消し去ることができる。解呪条件はモノによって千差万別なので、そうそう出来るものでもないが」
アギョウは左手に着けている銀の指輪に、見えていないはずの二つの瞳を向けた。
柔らかく穏和な仕草で、慈愛をこめて指輪をそっと撫でる。
「私にはどうしても解呪したい……重く苦しい澱みから解放したい『呪縛装』が、三つある。そのために、この身骨全身が呪いに塗れる覚悟を決めた」
(……んん?)
……そう語るアギョウの口調も、顔色も、先ほどからほとんど変わってはいない。
しかしエスカは、アギョウが『解呪』の話題に触れ始めた瞬間から、徐々に危うい気配が湧き上がってきているのを感じ取った。
表面上は不動。一切の機微すら見せようとしないガラスの球。
しかしその球の中では真っ赤に煮え滾るマグマの塊が、ガラスを破らんと温血を踊り狂わせている。そんな危険なイメージが浮かぶ。
優しく見えたその感情が、暖かく感じたその光が。
負の感情を押し殺し、自分自身を焼き尽くす炎によってもたらされているのだとすれば……。
――触ってはいけない。
本能で感じ取ったエスカは唾を一つ飲み込むと、口を開き乾いた唇を湿らせた。
アギョウの話に相槌を打ちつつ、不自然にならない程度に話題を変える。そんなセリフを頭の中に思い描く。
「それにしてもアギョウ――――」
勢いよく喉を震わせたエスカ。
しかし……そんな早る思いを上から塗り潰すように、突如アギョウたちの部屋に異変が訪れた。
「っ!」
部屋の白い壁、棚やベッド等の調度品、そしてエスカとアギョウの横顔に至るまで……あらゆるものが一瞬にして鮮やかな青色に染め上げられた。
……いや、物自体の色が変わったのではない。
全ては、部屋の中央に突如出現した青色の『星』によって照らされたことで、変色したように見えたのだ。
「え……?」
エスカは反射的に光源のほうへと目を向け光の球体を目撃するが、それが星持ちの扱う『星』であるとすぐに思い至ることができなかった。
星持ちのみが扱うことを許されたはずのその星は……ボレアスの頭上で強い光を放っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる