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【セリフ】未来の軍人さんへ
しおりを挟む「さぁ。これからとある話をしよう。
──ここに一人の男がいた。男は軍人である。彼は──。冬山での雪上訓練に参加していて、吹雪く最中、男の視界がブラックアウトした。雪山の持つ恐怖、低体温症の兆候が現れ、徐々に雪上訓練の隊列から遠退き、男は孤立した。
この時、男の唇は青ざめており、顔面蒼白であった。男は声すら出す力を失い、その場に立ち尽くした。
男は仁王立ちしたまま遺体として、後に捜索隊により、発見されたという。
これが後に語られる“伝説の雪上訓練の始まり”。
──と、まぁここまでの前置きはさておき、本題に入ろう。この話には続きがある。
例の男の名前は雪平さとし、と言うのだが、彼にとって有り難いことに、彼の死を悼む者が居た訳だ。
その一人が同僚の奥園健策と言うんだが……
この奥園さんのとある行動が亡き人を有名にしたんだ。
──どんな行動をしたか? 軍人志望のあんたも気になるだろう、まだまだ話は始まったばかりだ。
どれ、話が長くなる前に、先に用を足しておくと良い。
用を足し終えたな? 続きを話そう。
──奥園も雪平も軍人だった。
まだまだ軍人になってから3年も経たない、いわゆる新米ってやつだ。
当時軍人は、軍人として隊に配属されてから3年以上経たないと、まともに軍人として活躍することを許されなかった、という。
そんな二人は“同期”だった。
比較的仲もよく“同じ釜の飯を食べる”仲という形容がお似合いな仲だった。
そんな彼らにとって三度目の雪上訓練が計画されていた。──上官達が用意した訓練メニューの一つである。
当然、過酷である。
その過酷さは、経験済みだった。なのに──。
あの日。
いや、彼らが冬山の御嶽山を登った二月のことだった。
第五十三回雪上訓練──の隊長の升田隆也、隊員十三名は御嶽山の麓まで軍が所有する車両に乗り込みやって来ていた。
「これから、第五十三回雪上訓練を始める訳だが、我々長野駐屯地では隊員の訓練の為に、厳冬な時期をあえて選んでいる。従って、生半可な覚悟では命を落とす危険性がある。分るな? この雪上訓練がお前ら隊員の最期となるやもしれない」
隊長が出発前の警句を発すると、隊員らの弛(たる)んだ気持ちが引き締まり、各々は凛々しく単単に緊張で顔を強張らせていた。
隊員らは皆一様に、15kg以上はある荷を背負い、その上に10kgは下らない重しを手足に装着したり背中に背負っていた。
隊長が一度、荷物の確認をしてくるから、と戻ると、ピンとピアノ線を張ったようにはりつめた場の空気が乱れた。真っ先に私語をする者が居た。
若手隊員の一人、雪平である。
「毎度毎度のことだが、かなりの重装備だ。きついなぁ。こんな格好で雪上訓練するんだろ? キツイってレベルじゃないだろ」
「ああ、確かにキツイ。毎度毎度って口にするほど、数をこなしちゃいねぇがな」
と、雪平の話を咎める訳でもなく、同じく若手の奥園が返答した。
「おい、何を喋ってるんだ! 隊長にばれたら終(しま)いだぞ?」
私語を咎める者が居た。
先輩の呉本昌光である。呉本は、二人より配属されてから二年先輩の軍人である。
「あ、忠告ありがとうございます」
二人は、先輩の忠告を聞き入れて、隊長に私語を聞かれる前に、息をゴクリと飲み込んで、隊長に私語がばれるリスクを冒していた事実に寒気を覚えていた。
隊長が車から荷物を一通り下ろしてあることを確認して戻ってくると、隊員十三名に体調不良者が居ないこと、欠員が居ないことを再度点呼して確認を行なった。
「さて、手はずは整った。これから二週間の雪上訓練生活を味わおうじゃないか」
隊長のこの一言が、これから始まる惨劇の契機(けいき)となるのであった。
──と、まぁここまでが、序章、いや、1話といった所だろうか。聞いてくれてありがとうよ。未来の軍人さん」
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