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クロ…クロ…クロ…

私を呼ぶ声がする。


ヒロだ。私を呼ぶただ一つの声。夢の続きだろうか。あれは、夢だったのだろうか?

私は、目を開けた。

「クロ。」

涙が浮かんだヒロの顔。


ヒューヒューと息が苦しい。ここにいては駄目だ。ヒロに出て行ってもらわなければ。
出ていけ とドアの方に指を差した。

その手をヒロが掴んで、ヒロの頬にあてた。



「大丈夫だよ。クロ。心配事はなくなったよ。」


ヒロの涙が手に伝わった。








-----数時間前-----






もうすぐ、城だ。
王の鳥は風を切るように飛んだ。景色がどんどん変わっていき西王国の街並みが見え始める。
やっぱり早い。
上空から城を目に捉えた。どんどん城が近づいていく。
早くこの水を皆に渡したくて心が逸る。

「待て。ヒロ、何かおかしい。」

後ろに座っているサイトが呟いた。




俺は、目を凝らした。
城の城門前に街人が押し寄せている?

「皆、どうしたんだ!?」

俺が城を開けていた数日で何かあったのだろうか?!


街人、皆口々に何か言っている……。距離があって聞こえない。
それを、兵士と使用人たちが総出で止めている状況だった。今にも使用人を押し倒して城の中に入ろうとしている。

「反乱か…?」

反乱?なんで?

「サイトッ!!下ろしてくれ!」

俺は、城の中央部分に下ろせとサイトに頼んだ。

「本当に今の状況で下ろしてもいいんだな?」

「あぁ!!」


サイトは指示した場所に俺を下ろしてくれた。
俺は、王の鳥から降りた、

「……これ以上は、国の問題だ。他国の俺は関与しない。だが……」

だが、の後、サイトは何も言わなかった。

「ありがとう。十分すぎる。このお礼は絶対にするから!」

俺は、サイトに向けて手を出した。
サイトは何か言いたそうだったけど、俺の手を握り返した。

「行ってくる!!」




俺は、走り出した。

城の中はがらんとしている。皆、城門へ向かっているみたいだ。
城門へ近づくにつれて、騒ぎの音が聞こえてくる。口々に叫んでいるから何を言っているのか分からない。

「ヒロ!!」

「メイド長!この騒ぎは、どうしたんですか!?」

メイド長や使用人が総出だ。
メイド長が、戻ってきてたのかい。と眉を下げて俺をみた。メイド長には黙って山に行ったから、もしかしたら、心配してくれていたのだろうか。

「この騒ぎはどうしたのです?」

もう一度聞くと、メイド長が「あぁ」と言って話しだした。

「皆、王が感染症の秘薬を隠していると押し掛けてきたんだよ。」

「何度ないと言っても聞き入れません!!」

周りの使用人も困った顔で言った。

そうか。多分、皆、病院で薬が配布されて治ったことを聞きつけたんだ……!!!

「クロード王に言うんじゃない。いらん心配をさせるなっ!騒ぎは、私らが食い止めるんだよっ!」

メイド長が言った。周りの使用人も頷いた。

「王が一人苦しんでいるのに、俺たちが頑張らなくちゃでしょ!?」

「今まで王に沢山してもらいました。あの人は見返りを求めないから、王が本当に困っている時くらい何とかさせてもらいますよ!!」

「この機会に、俺たちだって役に立てるんだって知ってもらいます!」


「み、皆!!」

クロ。お前を心配している獣人はこんなにいるぞ!?それぞれに皆、クロのことを心配していたんだ!!

俺は、その様子に背中を押されるように、城門に押し寄せてくる街人の前にたった。

「皆さん!!」

俺より身長の高い獣人ばかりだった。

「皆さん、聞いてください!!!もう安心ですから!先ほど……っ!」

押し寄せてくる獣人たちに押され、尻餅をついた。

「痛っ!」

身体が小さい俺のことは皆目に入っていない!この騒ぎに俺の声は届かないのかっ!?

「ヒロ様っ!」

そのまま踏まれそうになるところを、兵士の一人が守ってくれた。

街人に声が聞こえない。
皆、冷静な状態じゃない。

早く、皆に水を飲ませたいのに……!!早く、クロに……!!!

こんな事していられない。考えろっと焦りながらもどうするべきか方法を模索する。

そうだっ!!!!あそこなら!

「ヒロ様!?」

俺は、走って城門を離れた。城門からまっすぐ、皆が見える場所……っ!!階段を上り、城の屋根へと上った。

ここなら、集まった皆に見えるはずだ!


すぅうう。

ありったけの空気を吸い込み、大声を出した。

「聞け――――――――――!!」


俺の方を向く奴もいればそうでない奴もいる。



しゅる……しゅる…しゅる……

俺は顔の包帯をとった。


「え…!?おい。あれ…?」

俺の包帯をとった顔を見た獣人が驚いて指をさした。

「に、人間だ……っ!!!」

「人間がいるぞ!?」

文句を怒鳴り合っている奴らが俺を見て、口を閉じた。皆驚きすぎて声が出せなくなったみたいに呆けている。

俺は、胸を張り毅然とした態度をとった。犬にとって、少しでも弱そうにみせてはダメだ。
威厳を持っているように。

「NO!ダメッ!!!」

ビクっと獣人たちの身体が揺れた。

「皆、聞いてくれ!!」

皆、俺が次話す言葉を静かに待つ。静まりかえり俺の声だけがその場に響く。


「クロード王は、感染病に罹った。でも、秘薬が届くまで我慢している!真っ先に自分が飲めば助かるのに、我慢しているんだ。街中の感染者がなくなるまで王は秘薬を飲まないっ!そういう奴だ!」

使用人がそうだ!と声をあげた。冷静さをなくしていた街の獣人たちだったが俺の話を聞いて申し訳なさそうな顔をした。

「皆を助ける為に動いてくれた奴らがいる。その上で、今、俺が秘薬を持って帰ってきた。」

ざわざわとどよめき合う。

「騒がず、皆一列に並んで欲しい。順番に秘薬を飲んでもらうから。皆の分はちゃんとここにある!」


その瞬間、皆から、わーーーー!!!と歓声が広がった。

やったやったと喜んでいる。
皆、それほどまでに感染症について心配で不安だったのだろう。とても嬉しそうな者、涙を流す者もいる。


俺は、屋根から降りた。

これで、騒ぎが収まればいいけど。

「ヒロ様…‥‥。」

使用人たちが俺を見た。なんだか、顔をさらすのが久しぶりで照れる。


「あぁ、俺は、人間だ。」

にこっと笑うと、ふぁああああああっと皆の腰が砕けだ。

おい。


並べるような獣人には、一人ずつ水を飲ませてあげた。俺の顔を見て息が止まりそうになるのはやめて。
皆、あんなに騒いでいたのが嘘みたいに、しゅんしゅんと大人しくなった。

人間って無敵かよ……。

もっと、早くこうすればよかったのかな。

それから、各自宅、他の病院にも水が行き渡るよう届けてもらった。


「これで、街に行き届きました。」

兵士が俺に伝えてくれる。




俺は、その後、クロの部屋に向かった。今度は、誰にもクロの部屋に入る事を邪魔されなかった。
クロの部屋に入ると、ヒューヒューと息苦しそうな呼吸音が聞こえた。

「クロ……眠っているのか?」

熱が高いのか苦しそうだ。額には汗。

「真っ先にクロのところに向かいたかったんだよ。でも、きっとそれじゃ、クロは納得して水を飲んでくれないから。」

本当に一人だけで苦しんでいた。その様子を見ていると、前の世界のクロを思い出す。
犬のクロも自分がしんどいのをよく我慢する奴だったなぁ。

本当に悪くなるまで、俺に悟られまいとするところが、お前の唯一悪い所だ。

「クロ、クロ、クロ。」

もう大丈夫なのだと声をかけたくて、早く目を覚ましてほしかった。

「今度は、ずっと一緒にいような。」












☆☆☆☆




湖の水は効果覿面だった。

次の日は、皆、咳や呼吸症状が治まった報告を聞いた。


そして、クロも。

クロは、さすがに王の身体を持っているだけあって、疲弊していたけど、その日のうちに立てるようになった。

でも、一つ違う事がある。水を飲んだ獣人は例外なく、どんどん髪の毛が白くなっていった。
クロも、一晩で別人のように黒い髪の毛が真っ白になってしまった。


クロは、動けるようになった途端、すぐに自分の仕事をやろうとするので、城中の住人皆で総出で止めた。

「王!何してるんですかっ!!絶対安静ですよ!」

「心配かけた分、しっかり休んでくださいよ!!」

「俺たちに任せてください!街の事もなんとかしますから!!」

クロは、その様子を目を丸くして驚いた。クロが病気になったことで“無敵”とかの超人的イメージがなくなったのだ。悪い事ばかりじゃなかった。

ここにいるのは、クロを心配してくれている皆だ。


「な?クロ、皆そう言っているから、休もう。」

俺が、声をかけると、周りにいた使用人たちが、はにゃぁんと腰砕けになりそうになった。

もう、慣れてくれよ。やりにくくて仕方がない。

包帯を外して歩いていると失神者も出てしまった。メイド長にすら、長い棒を持って「お前は、あたしを心臓麻痺させる気かい!これくらい離れて話せ!」と言われてしまった。

まさか、メイド長にまで効果があるなんて…。


はにゃぁん、はにゃぁん、と腰砕けになっているおっさん達をみても嬉しくないわ。

その様子をみて、クロの眉間にシワがよる。

「そうだな。部屋に戻る。」





城の皆と相談して、クロは最低一週間休んでもらう事にした。
王様だけど、クロの意見は無視だ。


「頼むから身体休めて。無理することなんか、誰も望んでいないから。な?」

そのかわり、土佐犬の太郎さんが、物凄いスピードで走り回ってくれている。太郎さんなら何とかしてくれそうだ。
俺は、クロをベッドに横にならせた。そのベッドの横に椅子を置いて座った。


全然納得していなさそう。街の様子も気になってそうだよな。


俺の顔をじっと見るクロ。

なんか、白い髪だと別人みたい。まだ慣れなくてドキドキする。

「ヒロ、ありがとう。」

「あ、うん。いえ、どういたしまして……。」

あんまり見つめないでほしい。恥ずかしい。

「この部屋で、ヒロの声を聞いていた。でも、感染してしまう恐れがあったから禁じた。」

「もう、いいよ。」

俺だって、俺が感染していたら、そうしたと思うもん。色々、周りに迷惑かけちゃったけど。俺だけがこうしてお礼を言われるのはちょっと違う。
俺は、ヤマダやサイトに助けてもらったことを伝えた。

クロは、黙って聞いていた。


「ヒロは、泣き虫なのに頑張ったな。」

「……?」

俺のイメージって泣き虫なの?俺、そんなにクロの前で泣いたかな?記憶ではそんなに泣いていないんだけど。

「ヒロは、誰にも言わずに私に抱き着いて、よく泣いていた。」

「……。」

「布団の中で私に抱き着いて泣き疲れて寝ていたな。」

それって、まさか。
クロの前世のことを言っているのだろうか。

俺は、学校でいじめにあっていた。家にも誰にも相談できなくて、クロにばかり聞いてもらっていた。クロは黙ってよく話を聞いてくれた。

クロが黙って話を聞いてくれるところ、獣人となった今もそのままだ。

「クロ。思い出したの?俺の愛犬だったって事……。」

クロとの楽しかった思い出と悲しかった思い出を?

これから、ずっと、俺だけの記憶になるのだと思っていた。

「あぁ。」

クロが俺を見て顔を緩める。


「私は、前世で人間になりたかった。そしたら、ヒロを助けてやれる、一緒にいられるのにと思っていた。」

人間なら沢山話ができた。話す言葉が分かったのに…と。


「お、俺も。クロとずっと話してみたかった!!」

俺は、飛びつくようにクロの身体を抱きしめた。病人だという事を一瞬忘れていた。

だけど、クロは、力強く俺を抱きしめ返してくれた。




「クロォ!俺、ずっとずっと、お前に会いたかった!」

そう言いたかった。

その途端、涙がどばどばと溢れ出した。




ずっと、そう言って、お前に抱きつきたかった。
抱き返してほしかった。

「ヒロ……。ヒロ、ヒロ、ヒロ。そうだな。私もずっと、ヒロのことをこうして呼びたかった。」

それを思い出してよかった。と笑った。

「クロ…!」




嬉しい。嬉しくて泣きながら笑った。

そのまま、二人でぎゅうぎゅう抱き合っていた。


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