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新月は思い耽る
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「————はぁう……」
気持よさの絶頂の中、僕は空をボンヤリ見上げた。
新月。
暗い空を見ていると、子供の頃、闇が怖くてよく部屋の隅っこで泣いていたことを思い出す。
あれは、この屋敷に来た6歳の頃だ。
一人で泣いている僕に気づいて、アル様が抱っこして泣き止むまで話をしてくれる。8歳年上の彼はしっかりしていてとても大きく思えた。
僕の両親は身体が弱かった。弱かったから自分たちの死後のことは周りに頼んでいた。
僕は、両親が亡くなってすぐにグレイ伯爵家に引き取られた。
屋敷の召使いとして住まわせてもらう手筈だったけれど、屋敷の何かを手伝えと言われることはなかった。ご子息のアル様と共に本当の子ども同様に優しく扱ってくれた。
「俺が怖い?」
「……っ、やだ」
「怖くないからね」
今、僕の頭を撫でてくれているアル様は、
屋敷で独りぼっちの僕にいつも気遣ってくれた。
でも、僕は、はじめの頃、この人が怖かった。
初めて出会ったときのことだ。初めの印象が悪くてなかなか彼と打ち解けられなかった。
アル様と出会ったのは屋敷に住むずっと前のこと。
まだ両親が元気で。僕は4,5歳くらいだった。
忘れもしない。初めて出会ったのはアル様の誕生日。地域でパーティーが開かれて、僕も出席したんだ。
金髪碧眼のキレイな少年がど真ん中で皆に囲まれていた。
アルフォード・グレイ様。そのキレイな容姿に子供ながら見惚れていると、彼と目があった。
すると、彼は僕を見て勢いよく駆けて来て覆いかぶさって肩を思いっきり噛んできたんだ。
——いたい、こわい。いやだ。
大泣きしてその後のことは思い出せない。何度かアル様とは会う機会があったけれど怖くて逃げまくった。あの時のせいで狼獣人は苦手になったし、同族の犬獣人も牙を出している所をみると震えた。
でも、グレイ家に引き取られて、アル様に優しく接してもらううちに、あれは僕が何か悪いことをしちゃったんだと思うようになった。
「俺……いや、私がずーとずーと傍にいるからね。寂しくないよ」
「アル様」
「私の可愛いリース」
ニッコリ笑うその顔にはどこにも怖いところなんてない。引っ付いてと言われるからもっと引っ付く。すると、おやすみのキスをしてくれる。額や頬、勿論唇にも。あまり触れ合いが多いから狼獣人はそういうものなのだと思っていた。人肌恋しい僕はその温もりにどんどんハマっていった。
ずっと優しくて大好きなお兄さん。
でも、少しずつ僕が触れるとぎこちなくなっていく。あれは僕が10歳でアル様が18歳。
いつものように外から帰って来たアル様に甘えて膝の上に乗ると、ズイッと力強く退かされた。
「……、限界だ」
「アル様? どうしたのですか?」
「リース、膝抱っこは止めよう。それからハグも」
突然突き放された言葉にショックだった。だけど、もっとショックだったのはそれを期に僕から目を合わそうともしなくなったこと。
納得できなくて不意打ちに抱きしめた時があった。するとアル様からも抱きしめ返された。ホッとしているとスボンの中に手が入ってきて、首筋を噛まれた。
「ひゃっ」
「————っ、ごめん! 私はなんてことを」
アル様は真っ青な顔で深く謝った。
どうして? 少し触っただけ。
昔はよくお風呂に入ったじゃないですか。僕の身体をよく洗ってくれたでしょう?
僕のそんな問いにはアル様は答えてくれなかった。
田舎の悪いところは、噂があっという間にその町全体に広がることだ。まだ小さい僕の耳にも、アル様の女性関係が噂話で流れてくる。
アル様は容姿端麗、勉学にもスポーツにも優れている。女性が寄ってくるのは当然だ。でも、それは何故だか、僕のことを遠ざけようとしているみたいに思えた。それがもやもやしてしまう。
「リース」
久しぶりにアル様が僕を呼んでくれた。嬉しくてすぐに駆けていくと、アル様が苦笑いして僕の頭を撫でてくれる。
撫でられるのも久しぶりだ。嫌われたわけじゃなくてよかった。
「私はこれから三年、軍に入るよ」
「——へ?」
「君の成長を横で待てなくてごめん。発情期がくるのが怖いんだ」
アル様は何か悩んでいることは僕も気づいていた。でも、僕には最後まで打ち明けてくれることなく去っていく。
僕はただの居候。アル様の横には相応しくない。
アル様がその後、何か話していたけれど去っていく方の言葉が僕には辛くて、僕は耳を塞いだ。
僕は使用人としてちゃんと働くようになったのも彼が出ていくと決めた時からだ。アル様はそんなことをしないでいいと言っていたけれど、それがまた腹が立って意固地になり彼の言葉を聞かずに使用人になった。
この屋敷から出なければきっとずっと傍にいられるはずだから。
使用人としてならずっと……。
「————っ、あぁあぁああああ!」
目が覚めると日が完全に真上に登っていた。
完全に寝過ごしたっ。
重だるい身体を無理に起こし慌てて支度をする。完全に寝過ごした。縺れながらなんとか玄関に向かうとアル様とマリーナ様が玄関先で話し合っている。
アル様が人に見せたら駄目なエプロン姿をしている。お見合い相手にするような恰好じゃない。
すると、マリーナ様がこちらを見てニコリと微笑んだ後、アル様をスパァンッとビンタした。
その強烈な音は屋敷に響いた。
あの物静かな女性像がガラガラと崩れる。
「こちらに来て大損しちゃったわよ。使用人と出来ているだなんてやってられないわ」
「……あ、あの、マリーナ様」
僕が言いかけた時、マリーナは手で聞きたくないと止めた。
ふふんっと笑う顔はしたたかだ。
「いいのよ♪ そっちがその気ならこっちも精神的苦痛に対するそれなりの請求させていただくわ!」
「は? ……はい?」
そう言って何故かご機嫌で帰っていくマリーナ。アル様は真っ赤な頬を腫らして、苦笑いをした。
「どうやら、彼女初めから私と結婚するつもりはないよ。金はないけれど金目当てだったらしい」
「なっ!?」
どうやら、とんでもない相手をアル様に紹介してしまった……ようだ。
気持よさの絶頂の中、僕は空をボンヤリ見上げた。
新月。
暗い空を見ていると、子供の頃、闇が怖くてよく部屋の隅っこで泣いていたことを思い出す。
あれは、この屋敷に来た6歳の頃だ。
一人で泣いている僕に気づいて、アル様が抱っこして泣き止むまで話をしてくれる。8歳年上の彼はしっかりしていてとても大きく思えた。
僕の両親は身体が弱かった。弱かったから自分たちの死後のことは周りに頼んでいた。
僕は、両親が亡くなってすぐにグレイ伯爵家に引き取られた。
屋敷の召使いとして住まわせてもらう手筈だったけれど、屋敷の何かを手伝えと言われることはなかった。ご子息のアル様と共に本当の子ども同様に優しく扱ってくれた。
「俺が怖い?」
「……っ、やだ」
「怖くないからね」
今、僕の頭を撫でてくれているアル様は、
屋敷で独りぼっちの僕にいつも気遣ってくれた。
でも、僕は、はじめの頃、この人が怖かった。
初めて出会ったときのことだ。初めの印象が悪くてなかなか彼と打ち解けられなかった。
アル様と出会ったのは屋敷に住むずっと前のこと。
まだ両親が元気で。僕は4,5歳くらいだった。
忘れもしない。初めて出会ったのはアル様の誕生日。地域でパーティーが開かれて、僕も出席したんだ。
金髪碧眼のキレイな少年がど真ん中で皆に囲まれていた。
アルフォード・グレイ様。そのキレイな容姿に子供ながら見惚れていると、彼と目があった。
すると、彼は僕を見て勢いよく駆けて来て覆いかぶさって肩を思いっきり噛んできたんだ。
——いたい、こわい。いやだ。
大泣きしてその後のことは思い出せない。何度かアル様とは会う機会があったけれど怖くて逃げまくった。あの時のせいで狼獣人は苦手になったし、同族の犬獣人も牙を出している所をみると震えた。
でも、グレイ家に引き取られて、アル様に優しく接してもらううちに、あれは僕が何か悪いことをしちゃったんだと思うようになった。
「俺……いや、私がずーとずーと傍にいるからね。寂しくないよ」
「アル様」
「私の可愛いリース」
ニッコリ笑うその顔にはどこにも怖いところなんてない。引っ付いてと言われるからもっと引っ付く。すると、おやすみのキスをしてくれる。額や頬、勿論唇にも。あまり触れ合いが多いから狼獣人はそういうものなのだと思っていた。人肌恋しい僕はその温もりにどんどんハマっていった。
ずっと優しくて大好きなお兄さん。
でも、少しずつ僕が触れるとぎこちなくなっていく。あれは僕が10歳でアル様が18歳。
いつものように外から帰って来たアル様に甘えて膝の上に乗ると、ズイッと力強く退かされた。
「……、限界だ」
「アル様? どうしたのですか?」
「リース、膝抱っこは止めよう。それからハグも」
突然突き放された言葉にショックだった。だけど、もっとショックだったのはそれを期に僕から目を合わそうともしなくなったこと。
納得できなくて不意打ちに抱きしめた時があった。するとアル様からも抱きしめ返された。ホッとしているとスボンの中に手が入ってきて、首筋を噛まれた。
「ひゃっ」
「————っ、ごめん! 私はなんてことを」
アル様は真っ青な顔で深く謝った。
どうして? 少し触っただけ。
昔はよくお風呂に入ったじゃないですか。僕の身体をよく洗ってくれたでしょう?
僕のそんな問いにはアル様は答えてくれなかった。
田舎の悪いところは、噂があっという間にその町全体に広がることだ。まだ小さい僕の耳にも、アル様の女性関係が噂話で流れてくる。
アル様は容姿端麗、勉学にもスポーツにも優れている。女性が寄ってくるのは当然だ。でも、それは何故だか、僕のことを遠ざけようとしているみたいに思えた。それがもやもやしてしまう。
「リース」
久しぶりにアル様が僕を呼んでくれた。嬉しくてすぐに駆けていくと、アル様が苦笑いして僕の頭を撫でてくれる。
撫でられるのも久しぶりだ。嫌われたわけじゃなくてよかった。
「私はこれから三年、軍に入るよ」
「——へ?」
「君の成長を横で待てなくてごめん。発情期がくるのが怖いんだ」
アル様は何か悩んでいることは僕も気づいていた。でも、僕には最後まで打ち明けてくれることなく去っていく。
僕はただの居候。アル様の横には相応しくない。
アル様がその後、何か話していたけれど去っていく方の言葉が僕には辛くて、僕は耳を塞いだ。
僕は使用人としてちゃんと働くようになったのも彼が出ていくと決めた時からだ。アル様はそんなことをしないでいいと言っていたけれど、それがまた腹が立って意固地になり彼の言葉を聞かずに使用人になった。
この屋敷から出なければきっとずっと傍にいられるはずだから。
使用人としてならずっと……。
「————っ、あぁあぁああああ!」
目が覚めると日が完全に真上に登っていた。
完全に寝過ごしたっ。
重だるい身体を無理に起こし慌てて支度をする。完全に寝過ごした。縺れながらなんとか玄関に向かうとアル様とマリーナ様が玄関先で話し合っている。
アル様が人に見せたら駄目なエプロン姿をしている。お見合い相手にするような恰好じゃない。
すると、マリーナ様がこちらを見てニコリと微笑んだ後、アル様をスパァンッとビンタした。
その強烈な音は屋敷に響いた。
あの物静かな女性像がガラガラと崩れる。
「こちらに来て大損しちゃったわよ。使用人と出来ているだなんてやってられないわ」
「……あ、あの、マリーナ様」
僕が言いかけた時、マリーナは手で聞きたくないと止めた。
ふふんっと笑う顔はしたたかだ。
「いいのよ♪ そっちがその気ならこっちも精神的苦痛に対するそれなりの請求させていただくわ!」
「は? ……はい?」
そう言って何故かご機嫌で帰っていくマリーナ。アル様は真っ赤な頬を腫らして、苦笑いをした。
「どうやら、彼女初めから私と結婚するつもりはないよ。金はないけれど金目当てだったらしい」
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