立派な養い子がいつまでたっても巣立ちません。

モト

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俺とリヒテルの暮らしは何も変わっていないように見える。
夕食後、いつものように俺の部屋かリビングのソファーで足の具合を診る。発赤は出来ていないか、むくみはどうだ、など確認してからマッサージを始める。
マッサージだけで終わる時もあれば、性器に触れられる時もある。
「よせっ!」と起き上がろうとすると、肩を片手で押され、ベッドに戻される。
「気持ちよくするだけです。前と同じ事をするだけ」
そう言って、肩を押さえつけていた片手が離れ、俺の目を覆う。
前と同じ、痛い事はしない、気持ちいいだけ。まるで、俺に植え付けるように囁いていく。マッサージにもう一つ行為が増やされただけだと言わんばかりだ。

「ふ……うぅん……ん」

本当にただ、気持ちよくさせられるだけだった。
足のマッサージと同じように。

相手を気持ちよくさせたいと思っている動きは馬鹿みたいに丁寧で、身体の芯まで熱くなる。俺はこんなに今までの恋人に丁寧に触れただろうか?

リヒテルは、俺に欲情してもそれをぶつけてくる事はなかった。だからか、初めは緊張していた俺も三度目には行為の後、いつも以上によく眠れるようになった。






「———え? 先日、拝見した物件すべてに買い手がついた?」
俺は、不動産屋に来ていた。
そこで、不動産屋の担当の営業が申し訳なさそうな顔をして言った。

「えぇ。大変申し訳ありませんが、お客様の選ばれた物件は大変人気のエリアでございまして……」

おい。この前はそんな事いってなかったじゃねぇか。急に人気になったりするのだろうか。

「息子さんのリヒテルさんがここに商業施設を建設されるとか? そういう話は身内の方の方が詳しいと思いますが。その影響で、この土地の人気が上がりましたね」
「……」

そういえば、リヒテルの奴、新しいプロジェクトが成功したとか言っていたな。それ、この地域だったのか。聞いてはいたが、場所までは確認していなかった。

「ちなみに他の物件は?」
「失礼ですが、マクベスさん、現在お住いの住居ですが、売却予定ですか?」
「いえ、息子に譲るつもりです」
あの住居は、増改築しており名義人が俺というだけで完全リヒテルのものだ。
譲ると言うか出て行くだけな気もするな……。

「そうですか。てっきり売却予定なのかと」
「?」
「あぁ、息子さん、遠方にも事業展開される予定ですよね。息子さんが家を出るから、新しい住居に移られるのかと思っていたのですが……」

その話は初耳だった。
リヒテルが遠方へ……? では、元々、俺が何もしなくてもよかったって事か……。
「……」
「マクベスさん?」
「あ……、いいえ、その事は知らなくて……」
「あぁ、そうですよねぇ。子供って親の知らない所で大きくなっているものです。リヒテルさんの場合は大きくなりすぎている気がしますね」
ははは。っと笑う営業マンに返事をする気力がなくなってしまった。


不動産屋からトボトボと歩いていると、家に帰る時に寄るはずだった魚屋を通りすぎてしまった。
今夜は、いい白ワインがあるからそれに合わせた魚のムニエルにしようと思っていたのだ。
だが、通り過ぎたら急に面倒くさくなる。
リヒテルの分の夕飯だけで、俺はつまみがあればいいか……。
なんて考えて、溜息が出た。

リヒテルが遠くへ行くのなら、そういう風に考えるのも、もう終わりか……。


リヒテルの経営する宿屋が見えた。
予約がとれないと有名な宿屋だ。

上手く施設運営の起動に乗っているが、宿屋経営を始めたのは、まだここ数年だ———。

俺自身は学がないから、リヒテルには学校に行かせてやりたかったが、彼は二年もしないうちに学校をやめて、働くようになった。そうして、誰もが出来る不用品を取り扱う仕事を始めたのだ。俺は学校へ行けと言うが、リヒテルは断固として働くと言った。
この時、何でも素直なリヒテルの頑固さを知った。
性根が強く一度決めた事をやり遂げる力、決断力、そして元々頭の回転の良さがあり、リヒテルはいつの間にか商売人から経営側になっていた。


「アイツはすげぇよ」
宿屋を経営し始めたのは、俺が義足になって以降だ。この数年でよくこんなにこの業界に進出出来たよ……。

今更ながら、もっと出来の悪い子供ならよかったのに……なんて……

「……俺は、一体何がしたいんだよ~」
今日、何度となく溜息をついて、また深い溜息をついて、しゃがみ込んだ。
自分から離れようとしていたのに、アイツから離れられると不安になるとか、どっちが子供なんだ……、依存しすぎだ。

こんなはずじゃなかった。ちょっと寂しいけど良かったなーとか思う余裕があるはずだった。

「マクさんっ!?」

その時、リヒテルの慌てた声が聞こえた。
声の方を向くと、宿屋の裏口から灰色のジャケットを着たリヒテルが出てきた。リヒテルの嗅覚? いや、視覚が鋭いのか、こんな離れているのに俺に気が付いたのか? 

急いで俺の元に走ってきて、俺の前髪を上げる。

「どうしたんです? あぁ、顔、真っ青じゃないですか!!」
「いや、大丈夫」
「大丈夫じゃないです! 全く貴方は!! こちらの部屋で休んで下さい」
「え!? おわぁ!?」
大の男である俺をリヒテルは軽々と抱き上げた。
えぇえ!? 

人目も恥ずかしいし、離せというに、リヒテルは全く俺の声を聞かずに宿屋の一室に俺を休ませた。
暫くすると、医師まで呼ばれる……。何ともない事を確認するが、寝ているようにとリヒテルに指示される。
このリヒテルに逆らう事は至難だとベッドに寝そべると、ベッドの端に座り俺の胸にスリスリと顔を寄せられる。

大型犬……。
コイツのこういう所にめっぽう弱い。
なんだか、いつもより胸がぎゅうっと捻じれるような痛みがする。胸と言うより胃か?

「ここで寝て待っていてください。俺も仕事終わらせてきますから」
リヒテルが俺の頬にキスを落としながら言うので、あぁ、と頷いた。




そして、ベッドの上で宿屋をぐるりと見渡す。
用意された部屋はスイートルームなのか? この寝ているベッドもやたらデカいキングサイズだ。

スタッフが部屋に来て頼んでいないのに、果物やお菓子、飲み物まで用意してくれる。
すげぇ、もてなしだなぁとぼんやりと用意されるのを見つめた。

「あの、マクベス様……息子さんは今彼女いらっしゃいますか?」

最後の果物を置いたスタッフが俺に話しかけて来た。

あぁ、この子、リヒテルの事が好きなんだなぁ。

リヒテルは俺以外に興味がなさすぎて、彼がモテるというのが分かっていなかったのかもしれない。

リヒテルはモテるのか。当たり前か。

そんな当たり前な事すら分からないくらいだったのだ。俺は……。
なんも見えていなかった。俺なんかがあれやこれや策を練らなくたって、アイツは一人で……。

「あの、私……、リヒテルさんの彼女になりたくて……」

可愛らしいお嬢さんだ。
彼女も獣人族なのか、犬の耳と尻尾をつけている。狼の獣人であるリヒテルにはお似合いだ。

リヒテルには彼女はいない。それどころか、仕事が終わればすぐに家に帰ってくるような奴だ。
彼女はいないよと言おうとした。

「—————……」
なのに、声にならなかった。

あれ……? やっぱり、リヒテルに彼女が出来た姿……、見る自信がない……わ。

「あ、あの……どうして、泣かれているのですか?」

そう言われて、俺は目を押さえた。
本当に泣いている。

「いやぁ……、自分のマヌケ具合に泣いてる」



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