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●第一話 落ちこぼれ聖女の就職活動
しおりを挟む「なんで、私だけ募集がかからないんですかあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあああああああああああアアアアアアアアアアアアッ!」
王都ミスマリクの中心街。
冒険者配属案内ギルド(冒険者を各ギルドに派遣したり、就職の手伝いをしてくれたりするギルド)に、少女の悲痛な叫び声が響き渡った。
純白の修道服を纏った彼女は、涙目になりながら片手に持った錫杖をぶんぶんと振るっている。
彼女の名はメイ。
この春、修道院を卒業し、晴れて《聖女》の称号を手にして駆け出しの冒険者となった若者である。
「あのね……メイ・シープスさん」
めぇめぇと羊のように泣くメイに、カウンターの向かい側に立つ女性――黒い制服を見事に着こなした、黒髪の美人――受付嬢のミュルタスが、眉間を指で押さえ、すぐに完璧な営業スマイルを浮かべる。
「まだ募集は始まったばかりですよ。慌てないで――」
「今の時期に就職先が決まっていない時点で遅すぎるんですよぉ!」
修道院での修業時代。優秀な修道女は、既にその時点で、ギルドからお声がかかる事もある。更に前もって案内ギルドへの登録も済ませているので、実質、募集は一年前から既に始まっているようなものなのだ。
が、この一年間――卒院まで、メイに様々なギルドから声がかかる事は無かった。冒険者ギルドからも、医療ギルドからも、衛兵ギルドからも。
「聖女ですよ、聖女! 回復魔法に解毒魔法に状態正常化魔法! 解呪や邪法の打ち消し! 更に防御魔法! 回復役と後方支援職を兼ね備えた正に引く手数多の売り手市場のはずなのに!」
「……では聞きますけど、メイ・シープスさん」
立て板に水と、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すが如く捲し立てるメイに、ミュルタスは真剣な表情を作った。その雰囲気に、メイは思わず背筋をピンと張る。
「あなた、その魔法の内いくつ使う事が出来ますか?」
「………か、回復魔法と障壁なら!」
「では、一日の内に何回?」
「……回です」
「はい?」
「……二回です」
「それは多い方ですか? 少ない方ですか?」
「……ものすごく少ない方です」
「ですよねぇ!?」
一転し目を泳がせ始めたメイに、ミュルタスは溜息を漏らしながら一枚の羊皮紙を取り出す。メイの冒険者データ……つまり、履歴書だ。
「あなたの魔力値に関する評価は、修道院歴史上過去最低のF̠評価。一日に使用できる魔法が最大二回。はっきり言って、新人とは言えこれはひどすぎます。修道院で修行中の院生を雇った方がまだましです」
「あうあう……そ、そうだ! 他のアピールポイントはどうですか!?」
そこでメイは、思いついたとばかりに身を乗り出す。修道院での成績以外にも、自分で記した自身のアピールポイントも、履歴書には書かれている。
それを一瞥し、ミュルタスは依然渋い顔を継続する。
「魔法はあまり使えないですけど、修道院時代こっそり剣技や体術を学んでいたので、戦闘技術はそれなりにあります!」
「でしたら、きちんとした訓練を積んだ剣士や格闘家の方がたくさんおりますので」
「あと、お料理、洗濯! ずっと一人暮らしをしていたので家事や炊事もそれなりにできますよ! あ、力仕事だって! 体力には自信があります!」
「それはもう……聖女の仕事ではないわよね」
あのね……と、ミュルタスはメイを見遣る。その眼は冷めたものではなく、感情と思い遣りの籠った……まるで、姉が妹に向けるような眼差しだった。
「メイちゃん……なにも、冒険者になるだけがすべてじゃないのよ?」
「………」
黙るメイ。修道服の裾をぎゅっと握り締め、彼女は悲しみに耐えている。
その姿だけ見れば、何一つ文句のない《聖女》だ。というか、女目線で見ても、メイは可愛い……と、ミュルタスは素直に思っている。絹糸のような金髪に、まだ幼さが存分に残る顔立ち。一所懸命なところや、純粋で無邪気な性格、その毒気の無さは守ってあげたくなる衝動に駆られる。だからこそ、ミュルタスも自身の担当する、多くの冒険者の一人でしかない彼女のことをここまで気にかけているのだ。
(……これで、家事が得意って言うんだから……)
――もういっそ、結婚しちゃえば?
と、言いそうになって、その言葉を押し込める。軽はずみに発言していい類のものではないし……。
「でも、でも、私……誰かの役に立ちたいんです」
メイは、本気だ。本気で、《聖女》として、ギルドに所属し、冒険者の端くれとして生きたいと願っている。
「……でも正直、今のままじゃどこのギルドも採ってくれないわ」
「………」
「私からも、一応さっきのアピールポイントを押すように履歴書を書き換えておくから、ね? 今日は一旦、帰りなさい?」
ミュルタスに優しく促され、メイはぺこりと一礼する。そして踵を返し――入口の方へと向かう。
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「はぁ……」
メイは嘆息を漏らす。
わかっている――熱意だとかやる気だとか、そういったものではどうしようもない。
魔力値が低い――これは、どうしようもない才能の話なのだ。
「……魔法の練習、しないと」
メイは案内ギルドの入口を潜る。そこで、一人の男性が入れ違いに建物に入ってきた。
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「………」
その男は。
「……今のは」
入れ違いに外へと出て行った俯き気味の少女を見て、そして、思わず声を漏らしていた。黒髪を長く伸ばし、細身のメガネをかけた、中性的な男。
彼はメイの後ろ姿を数秒ほど見送った後、すぐに、彼女の立っていたカウンターの前まで行く。
「いらっしゃ……あら、ヴィー。珍しいわね」
カウンターの向こう側に立つ受付嬢――ミュルタスが、男の顔を見て表情と声音を変えた。よく言えば気心の知れたような……悪く言えば、「またお前か」とでもいうような雰囲気だ。
「で、今日は何? 言っておくけど、お金は貸さな――」
ヴィーと呼ばれた男は、ミュルタスの言葉を待たずに言った。
「今の娘、だれ?」
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「おーーーーーい! 君ぃ!」
冒険者案内ギルドを出て、数十秒後のことだった。
背後からかけられた大声に、メイは体をびくっと振るわせて振り返る。
一人の男性が物凄い速度で走って来る。しかも笑顔だ。呆然とするメイの前で急ブレーキを踏むと、彼は思いっきりメイの肩に手を置いた。
「君、名前は!?」
「め、メイ・シープスです」
男性は、手にした羊皮紙とメイの顔を交互に見ながら、まるで満足いったような顔で言い放った。
「率直に言う、君を我がギルドに迎え入れたい!」
「………」
一瞬、メイはその言葉の意味がわからなかった。理解できない異国の言葉にさえ聞こえた。
「読ませてもらったよ、君の履歴書! いやあ、うちはね、君のような人材を待っていたんだ」
「………」
「……ん? えーっと、メイ? メイ・シープスさん?」
男性が、硬直し石像と化しているメイの肩を揺する。次の瞬間、メイは双眸から滂沱と涙を流し出した。
「あれ!? ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
「ご、ごめんなさい! あ、わた、わたし……」
目の前の男性の放った言葉が脳内で反芻される。我がギルドに迎え入れたい。君のような人材を待っていた。
そのすべてが、自分には縁の無い言葉だと。そう遂さっきまで思っていた。
涙を拭い、メイは元気いっぱいの声で答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
「ダメよ、メイちゃん!」
そこで、一人の女性がその場に駆け付けた。ミュルタスだった。
「ヴィー! あんた、何のつもり!?」
「何のつもりって、おいおい、人聞きが悪いな、ミュルタス。俺は単純に、彼女こそ我がギルドに必要な人材と――」
「メイちゃん、やめた方が良いわよ。こいつは……」
一度大きく深呼吸し、息を整え、ミュルタスは言う。
「こいつのギルドはね、〝闇ギルド〟なのよ」
闇ギルド。
主に汚れ仕事をはじめとした裏家業を専門とし、時には非合法的な依頼も金額次第で請け負う、荒くれ者の集い――それが闇ギルドである。
しかし、今のメイには聞こえていなかった。
「例え闇ギルドだって、私を必要としてくれるなら助けになります! それが、聖女の務めです!」
あ、ダメだ。
完全に必要とされて気持ちよくなってしまっているメイの耳には、おそらくどんな言葉も届かない。
頭を抱えるミュルタスの一方で、ヴィーはその顔に満面の笑みを浮かべている。
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