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●第九話 ドラゴンの住処
しおりを挟む飛翔したドラゴンは、そのまま何かに導かれるように……もしくは、何かを求めるように、真っ直ぐに飛んでいく。
人里を離れ、自然がそのまま残った森と山々が見渡す限り広がる、そんな世界に入っていく。
「で、なんでテメェまで付いて来てんだよ」
「えーっと……」
そして、ある山の中腹で、ドラゴンは着陸する。
頭の上から飛び降りたヴァルタイルと、それに続きよじよじと鱗を伝って降りるメイ。
ヴァルタイルから怪訝な視線を向けられ、メイは少し戸惑うように目を泳がせた後。
「あ」
ドラゴンの後ろ脚の方へと駆け寄っていく。
「やっぱり……この子、怪我してます」
見ると、ドラゴンの後ろ脚……脛のあたりの鱗の間から、赤黒い血が流れている。
先程の往来での事――おそらくヴァルタイル達が来るまでに、他の冒険者か兵士から攻撃を受けていたのか。もしくは、それ以前……運ばれている最中か、捕獲された際に負った傷なのか。
ともかく、メイはドラゴンの傷ついた脚に触れる。
「……『永久とわの時、三千の世界、命脈を司りし慈悲の神よ』……」
唱えられる呪文と共に、メイの体から、か細い白色の燐光が溢れ出る。
《治癒》。
一日に二回しか使えない、彼女の《魔法》だ。
負っていた傷は、ドラゴンにとって掠り傷程度だった事もあり、彼女の脆弱な魔法でも十分に癒す事が出来た。
「……よかった」
安堵の表情となるメイ。
「まさかお前、〝そのため〟にこいつにしがみ付いてきたのか?」
ヴァルタイルが問う。
「え、あ……は、はい」
「……ふんっ」
慌てて答えるメイに、ヴァルタイルは「馬鹿が」とでも言うように鼻を鳴らす。
それからしばらく、山の中腹で、二人と一匹は静かに、何かを待つかのようにジッとしていた。
メイには、ヴァルタイルとドラゴンの意図が分からないため、彼等に従うしかないのだが。
だが、やがてやって来たものを見て、彼女は、彼等が何を待っていたのかを理解した。
上空を覆い尽さんほどの巨大な影が横切った――と思ったその時には、それは彼女達の眼前に着地していた。
ドラゴン。
それこそ、まるで神話の中から飛び出してきたかのような、威圧感と崇高さの塊のような、巨大なドラゴンだった。
おそらく、このドラゴンの親だ。
「おら、行け」
ヴァルタイルが振り返り、顎で子ドラゴンに指図する。
子ドラゴンは、親の元へと歩き進む。
「もう、馬鹿な人間共に捕まるんじゃねぇぞ」
ドラゴンの親子は、ヴァルタイルに金色の眼を向けると――小さく頷く。
そして共に、空へと飛び去って行った。
「あのドラゴンの親子、ヴァルタイルさんのこと、全然警戒してませんでしたね」
地平線の向こうへ消えていく二匹のドラゴンを見送りながら、メイは言う。
「まるで、仲間みたいに……」
「………」
やがて、ドラゴンの姿が空の彼方に消える。
後には、二人だけが残された。
「……あれ?」
そこで、メイは当然の疑問に気付く。
「あの……わたし達……どうやって帰るのですか?」
「……俺が知るか」
ヴァルタイルも無計画だった。
■□■□■□■□
結局その後、ヴァルタイルとメイは半日かけて山を下りる事となる。
自分だけずんずん先行していくヴァルタイルの後を、メイが必死についていくという形になった。
山を下りた後は、運良く街道を見付ける事が出来た。
王都へ向かう流通の馬車が多いため、なんとか、通りかかったとある商人に頼みこみ、馬車の荷台に乗せてもらう事が叶った。
「早く帰りたいですね」
幌を被った、薄暗い荷台の中。
少し距離を離して座ったヴァルタイルに、メイが話しかける。
「リサちゃんも、きっと心配してますよ」
「……どうだろうな」
そっぽを向いて、ヴァルタイルが答える。
「心配してますよ」
そんなヴァルタイルに、メイはハッキリと言う。
「昨日の喧嘩の事なら、気にしないでください。リサちゃんも、本気であんなこと言ったわけじゃないですから」
「………」
沈黙が流れる。
メイ自身、何故このタイミングで、自分がそんな事を口にしたのか……わかっていない。
ただ何となく――ドラゴンの子供を助けて、親のところにまで連れて行った彼の姿を見て。
悪い人じゃない……いや、怖い人じゃない。そう思えた事が、一番だったからかもしれない。
「……リサは」
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは、意外にもヴァルタイルだった。
「俺とリサは、血が繋がっていない……あいつは、捨て子だった」
「………」
「……わかってる。リサには母親が必要なんだろ」
目を細め、ヴァルタイルは静かな声で言う。
「ヴィーの野郎が、言いてぇことはわかってんだ。いくら飯食わせたって、俺が守ってやったって、俺にはどうする事もできねぇ、与えられねぇもんもある」
「………」
そこで、ハッとしたように目を見開き、ヴァルタイルは慌てて横を向く。
揺れる荷車の中を、馬の蹄と、車輪の軋む音だけが流れていく。
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