聖女様、闇ギルドへようこそ!

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●第十四話 ミュルタス・キーマンの心配

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 薄汚れた雰囲気の漂う、スラム街。

 王都の外れに存在する、ならず者達や日陰者達のたむろする――お世辞にも、あまり治安が良いとも言えない町。


「よぉ、ねえちゃん」


 時間帯は、真昼間。

 二人の男が、路上で女性に絡んでいる。


「どうしたんだい? ここらへんじゃ見掛けない顔だな」


 男達は白昼から酒を煽っており、へらへらと浮薄な笑みを顔に浮かべながら――通行人の彼女に声を掛けたのだろう。

 女性は、この街には似つかわしくない容貌だ。清潔感のある服装に、整えられた黒髪。

 彼女は近寄って来た二人の男達を、それぞれ一瞥すると――そのまま言葉を交えることなく直進を再開する。


「待ちなよ」


 その彼女の肩を、男達の一人が掴む。


「もしかして、迷い込んだのか? なぁ、ちょっとこの機会に俺達と――」


 質の悪い誘いを口にし、女性を力づくで引き寄せようとした――

 その男の体が宙に舞ったのは、直後だった。


「ん、でぇっ!」


 一瞬、激しい炸裂音が響いたと思うと――空中で一回転した男の体が地面の上をゴロゴロと転がっていく。

 もう一人の男は、その光景をポカンと見ている事しかできなかった。


「飲み相手が欲しいなら、他を当たってください」


 その指先から、翠色の燐光を散らしながら――女性は無機質な声でそう言うと、そのまま立ち去る様に歩いていく。


「……まったく、やっぱりスラム街なんてこんなものよね」


 溜息混じりに言いながら、彼女は眉間を指先で摘まむ所作をする。

 悩ましい時の、彼女のクセだ。

 そして、嫌に青い空を見上げ。


「仕事が忙しくて様子を見に来れなかったけど……メイちゃん、大丈夫かしら?」


 冒険者配属案内ギルドの受付嬢。

 ミュルタス・キーマンは、そう心配そうに呟いた。



   ■□■□■□■□



 ふっ、と、指先にちらつく《魔力》の鱗粉を吹き散らす。

 ミュルタスは《魔法》を使える――それは、彼女には古から《魔力》を宿す特別な種族……《森の賢人》エルフの血が流れているからである。

《魔力》の属性は《風》。

《魔法》の指向性は《召喚》と《支配》。

 先程、チンピラを吹き飛ばしたのは、《魔法》によって発生させられた強力な風によるものだ。

 冒険者に携わる仕事をしていれば、時には理不尽な暴力や荒くれごとに巻き込まれることもある。

 受付嬢と言えども、緊急の事態には自分の身を自分で守れるだけの力は必要不可欠である。

 さて。


「ここね……」


 ミュルタスは現在、スラム街の中心にまでやって来ていた。

 そこにあるのは、周囲の風景に馴染みに馴染みまくっている、決して豪奢だとか派手だとか言えない見た目の、木造二階建て。

 闇ギルド――《漆黒の森》アイゼン・ヴァルト本部である。


「………」


 メイ・シープスという名の新人冒険者志望が、この闇ギルドに配属されたのが遂半月ほど前の事である。

 修道院を卒業した、回復と防衛を基本とした後方支援職……所謂《聖女》の称号さえ持ってはいるが、彼女は言わば落ちこぼれだった。

 魔力評価はF̠。

 一日に使える《魔法》は二回。

 そんな、『もう雇ってくれるならどこでもいい!』と言う状態に陥っていた彼女は、この闇ギルドからの誘いに二つ返事で応じてしまったのである。

 その時には、あまりにも幸せそうな顔をしていたため気後れしてしまったのだが……やはり、本気で止めるべきだった。

 ここに辿り着くまでに何度か絡まれた経験から、ミュルタスはそう今一度思った。

 ミュルタスは、立て付けの補修された正面ドアの前に立つ。


「………」


 しかし、いきなり玄関から入るのも少し不安になり……ちょっと横にずれ、窓から店内の様子を見る事にした。


「きゃあ!」


 その時、中から悲鳴が聞こえた。

 聞き覚えのある声色。メイのものだ。

 ミュルタスは慌てて窓に顔を近づけ、店内の様子を凝視する。


「リサちゃん、凄い! いつの間にアップルパイなんて作れるようになったんですか!?」

「えへへへ」


 メイの姿が見えた。

 エプロンを纏った彼女が、同じくエプロン姿の幼女と戯れている光景に、ミュルタスは思わず我が目を疑った。


「あのね、あのね、ごほんをよんで、べんきょうしたの」


 リサと呼ばれた幼女が、手にしたパイ――あまり形はよくないが、それでも香ばしそうな林檎の香りが、窓の外にまで漂ってくる気がする――をメイに見せながら、嬉しそうに笑っている。


「あ……あれ?」


 ミュルタスは一旦窓から離れる。

 そして改めて、建物前に回る。


「えーっと……ここが《漆黒の森》アイゼン・ヴァルトで合ってる……わよね」


 ……お菓子屋さんとかじゃないよね。

 ……メイちゃん、お菓子屋さんに再就職したとかじゃないよね。


「さっきから何やってんのさ」


 少し混乱気味のミュルタスに、背後から声が掛けられた。

 驚いて振り返った彼女の目の前に、伸ばした黒髪に細身の眼鏡の男が立っていた。


「ヴィ……ヴィー……驚かさないでよ」

「いや、驚かされてるのはこっちなんだけど。ひとんちの前で挙動不審で」


 苦笑するヴィーに、ミュルタスは顔を赤らめそっぽを向く。


「大方、メイちゃんが心配で見に来たってところか? ったく、過保護だねぇ、あの娘に対してだけ」

「べ、別にそうじゃ……配属先があんたのギルドじゃなかったら、ここまでしてないわよ」

「ま、そんなに心配なら、直接本人に聞いてみればいいじゃんか」

「え!? ちょ、ちょっと」


 言うが早いか、ヴィーはミュルタスの肩に腕を回す。

 冒険者達の中にも決して少なくない、『受付嬢ミュルタス』のファン達が見たら激昂モノの行為だが、ヴィーは飄々と彼女をエスコートする。


「ちょうど、俺もお前に聞きたい事があったんだ」


 正面扉を開け、中へ。

 そこで、ヴィーはミュルタスに言う。


「老舗の大型冒険者ギルドの一つ、《古の疵》オールド・ベインが壊滅したって噂……それに、〝魔王の息子〟が現れたって話、マジなのか?」


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