聖女様、闇ギルドへようこそ!

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●第十八話 メイvsネロ

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「………?」


 ……なんだ?

 ……なんだ? これは。

 と、〝次期魔王〟――ネロは、思っていた。

 彼には、目の前に立つ存在が、何なのかわからないのだ。

 例えば――だ。

 蟷螂という虫は、敵に対し両腕の鎌を持ち上げ、臨戦態勢を誇示する。

 一部の蛇や鳥は、腹部や羽を広げて、自分自身を大きく見せたり、または異様な模様を見せて相手を近付けさせないようにする。

 これらの行為を、『威嚇』と呼ぶ。

 だが例えば、その行為を、その生物の『威嚇』であると知らない場合はどうだろう?

 例えば、まだ知識も乏しい人間の子供が、蟷螂の威嚇行動を見たとして、恐怖を感じる事はまず無いとして――それが威嚇であると気付くだろうか?

 おそらく、何をしているのか、意味が分からないはずだ。

 当の蟷螂が、全力で自分を強く見せようと、臨戦態勢を誇示しようと――そこに『戦い』に関する感情が生まれるはずがない。

 今、ネロがメイに対して抱いている感覚はこれだ。

 メイの張った脆弱な障壁。

 先程まで戦っていた、ヴァルタイルやミュルタスの《魔法》と、あまりにも格の違いがあり過ぎたという理由もある。

 ゆえに、ネロが無警戒にも軽い気持ちで、まるで意味の分からない行動をとる蟷螂に興味を引かれた子供の様に、その障壁へと手を伸ばしたのは、無理からぬ行動だったのかもしれない。



 ――その瞬間、《障壁》の質が、変異した。



「……!」


 その変化を逸早く感じ取ったのは、他の誰でもない、メイ・シープス自身だった。

 自分の張った《障壁》の……何と言えばいいのか、何か、〝何か〟が変わった。

 自分の中から流れ出し、そして《魔法》を生み出していた力――《魔力》が、変わった気がした。

 か細い、今にも消えてしまいそうだった白色の燐光が――その輝きを、明らかに強めたのだ。

 それに通じて、《障壁》の質が変わったと感じ取った。

 まるで、今まで紙切れ程度にしか感じられなかったそれが、まるで鋼鉄の柵の様に頼もしく――。



 ――《障壁》に触れたネロの手が、バチンっと、音を立てて弾かれた。



「ぐっ……!?」


 まるで電撃でも食らったかのように、ネロは自身の手を押さえる。

 悪しき者を弾く、聖なる障壁――それとも知らず触ってしまった愚か者の如く、ネロは痛みに顔を歪める。


「――、?」


 そこで、メイはある違和感を感じ取っていた。

 それは、至近距離で見た、ネロの目だ。

 黒い闇に沈んだような、光の無い瞳。

 彼女の《聖女》としての心が……例え落ちこぼれでも、必死に積み上げてきた努力と知識が、彼女の脳裏に違和感を齎したのだ。

 あの瞳の色は……理性を失っている?

 確か、そう、書物で読んだ記憶があった。


「ジッとしてください!」


 そこからの、メイの行動は早かった。

《障壁》が解除され、メイはすぐさま、ネロへと近付く。

 ダメージを負ったネロは動揺し、メイの接近に気を回せなかった。

 瞬間。



 ――純白の光を宿したメイのビンタが、ネロの頬を打った。



 ばちんっ、と、とても良い音が響く。

 直後、ネロの瞳の奥から、まるで吐き出されるように、黒い稲妻のような光が弾き出される。


「が、あっ」


 黒い雷光はすぐに空中に霧散する。ネロの体は、そのまま、ビンタの勢いに乗って屋根の上を転がっていった(そこまでビンタ自体の威力は無いはずなのだが……)。


「メイ、ちゃん……今のは……」

「……《解呪》キャンセルです」


 ゆっくりと起き上がったミュルタスが、メイに問う。

 メイは、未だ信じられないと言った風に自身の手を見詰め。


「《解呪》です! う、生まれて初めて《解呪》が使えました!」


 両目を潤ませて、心底嬉しそうにそう叫んだ。


「な、なんだろう……なんだか、変な感じです! 私の中の《魔力》が、なんだか変わっていったような!」

「うるせぇ……傷口に響く、叫ぶな」


 興奮気味のメイに、ヴァルタイルが言う。


「あ、ご、ごめんなさ……え?」


 そこで、メイは、分断されたはずのヴァルタイルの両腕が、今綺麗に直っている事に気付く。

 右足もだ。


「ど、どうして……」

《治癒》ヒールだ。お前だけが使えると思うな」

「な、なるほど……」

「うーむ……」


 そこで、メイの耳に、屋根の上に横たわったネロの呻く声が聞こえた。

 メイは慌てて、ネロの元に駆け寄った。

 当たり前だが、死んではいない。《解呪》が成功したと言うことは、彼の中にあった何かの〝呪い〟が消されたと言う事。

 ネロの両目が、うっすらと開かれる。

 ごくり、と、メイは喉を鳴らす。


「………」


 ネロは、未だ判然としていないような表情を浮かべ。

 そして、ゆっくりと、その右手を持ち上げ……。



 ――持ち上げられた右手が、ふにゅっ、と、メイの胸を掴んだ。



「………」

「うぅん……」


 ふにゅふにゅ、と、確かめるように動く指先。


「……柔らかい」

「……ひぎゃああああああああああああ!」


 ばちんっ、と、もう一発甲高いビンタの音が、青空に響いた。


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