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●第二十話 その夜……
しおりを挟むその夜。
暗闇の帳が降りた、スラム街。
窓から漏れる家々の灯りや、数えるほどの通行人達の声だけが聞こえる、そんな風景を見下ろしながら、《漆黒の森》の屋根の上で、ヴァルタイルは一人座り込んでいた。
「………」
ただ真剣で静かな眼差しで、どこでも無いどこかを見詰め続けているヴァルタイル。
夜風が吹き、彼の鳥の羽のように跳ねた髪が揺れる。
「ヴァルタイルさん……」
後ろから声が掛けられた。
ヴァルタイルは、少しだけ顔を後方へと向け、そこに立つ人物を見る。
メイだ。
「昼間は、大変でしたね」
「………」
「……えーっと、ネロさん。もう寝ちゃいましたから。中に入っても大丈夫、だと思いますよ?」
「………」
ネロが《漆黒の森》に住み込む事になった。
そのため、何らかの理由で顔を合わせるのが不都合で、それで外に出ているのかと、メイは思っていた。
しかし、ヴァルタイルは黙ったまま、視線を前に戻す。
「……晩御飯、食べてませんよね」
そんなヴァルタイルに、メイは優しく微笑みながら言う。
「お夜食、ご用意してます。よかったら、食べてください」
それだけ言い残し、メイが屋根を降りようとした。
「……おい」
そこで、ヴァルタイルがメイを呼び止めた。
「気にならねぇのか?」
「………」
ヴァルタイルが言っているのは、おそらく、ネロと彼の関係に関する事なのだろう。
今日、その関わりの結果、ギルドに、ミュルタスに、そしてメイ自身が被害を被った。
であれば、聞きたくもなる……いや、聞かなくてはならない情報のはずだ。
だが、メイは。
「言いたくないのであれば、無理には聞きません」
昼間と同じように、そう言って微笑んだ。
「それは、私にとっては出過ぎた行為だと思いますし……自分は、ただの《漆黒の森》のメンバーの一人。ヴァルタイルさんの問題に、無理矢理首を突っ込んでも失礼だと思うので」
「………」
「でも、困ったり、悩んだりしたら言ってください!」
そこで元気いっぱいに、メイは言う。
「私なんかが、役に立てるかはわからないですけど。《聖女》として、心の救けに成れるのであれば」
「………」
そう言って、メイはヴァルタイルに背を向ける。
まだもうちょっと、ここにいたいはずだ――と、そう思ったから。
そこで。
「おい」
声は、すぐ背中から。
振り返ると、そこにヴァルタイルが立っていた。
いきなりの事に、メイは思わず「あう」と変な悲鳴を上げてしまった。
「今日は……助かった」
しかし、間近で見るヴァルタイルの目は、静かに澄んでいた。
ヴァルタイルの手が伸びる。その温かい掌が、メイの頭にぽんっと乗せられた。
「ありがとな」
「………」
まるでリサに触れる時のような、優しい動作。
メイは、自身の頬が一気に紅潮するのを感じた。
「………あ! そ、そう言えば!」
慌てて、メイは叫ぶ。
その声に、ヴァルタイルもびっくりして手を引っ込めた。
「今日、私、パワーアップしたみたいなんです!」
「……ああ?」
いきなりのメイの素っ頓狂な台詞に、ヴァルタイルは訝る。
今日、メイの張った《障壁》に、新しく発動した《解呪》。
それの事を言っているのだろう。
「なんだか、私の中の《魔力》の量と言うより、質が変わったような……」
「何アホなこと言って……」
そこで、何かに気付いたように、ヴァルタイルは言葉を止めた。
あの時、メイがネロと向かい合う直前。
メイはヴァルタイルの飛ばされた腕を持ち、《治癒》を行おうとした。
その際、断面から跳ねたヴァルタイルの『血』が、彼女の顔にかかった。
〝口元〟に、かかっていた。
「まさか……飲んだ、のか?」
「……??」
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