【改訂版】鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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第26話 冬の騎士棟前にて

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 あれから数日が経ち、俺は久しぶりにシバの執務室に呼ばれた。
「失礼します」
 扉を開けて中へ入ると、部屋の雰囲気が以前と違っていた。
 何も乗っていなかった大きなテーブルには、書類や物が乱雑に置かれており、お茶をすることもできない。仕事机も書類が積み重なり、ここは本当にシバの執務室なのかと疑ってしまうほどだ。
「あれ? 誰もいないな……」
 部屋を見渡すがシバの姿はどこにもない。
 後で出直すかどうか悩んでいると、廊下からバタバタと足音が聞こえた。
(誰だ?)
 文官棟の皆は上品な者が多く、こんなに粗野な足音を聞いたのは久しぶりだ。気になって扉の方をじっと見ていると、ある人物が入ってきた。
「マニエラッ!」
「アインラス様?」
 ドタドタと煩く入ってきたのはシバだった。
「待たせたな」
「い、いえ! そんなに急いで来られなくても……」
「私が会いたかったんだ」
 シバは扉の方から歩きながら俺に近づいてくる。ストレートに会いたかったと告げられ、俺は少し恥ずかしくなったが、同時に嬉しいと感じた。
(俺達、最近すっかり仲良しだからな)
 上司に対して『仲良し』と表現するのはどうかと思うが、距離が近くなっていることは明らかだ。
 俺は最初の頃、仕事場でシバに会うのが嫌で溜息を漏らしていた。しかし、今では会えない時間を『寂しい』と思うようになっている。
(お助けキャラとこんなに打ち解けれるなんて、俺の未来は明るいな)
「私もアインラス様にお会いしたかったです」
 俺も久々のシバとの再会に喜びを露わにした。
「マニエラ」
「お忙しいと聞いていましたが、今日はどうされました?」
「ダライン様から君の話を聞いたんだ」
「私の?」
 俺は何のことか分からず首を傾げる。
「君が王子訪問の際、エヴァン殿下と行動を共にすると聞いた」
(ああ、俺が最近考えないようにしてたやつ)
「なぜそんなことになったんだ」
「それは、」
 俺は、改装予定の部屋の下見へ行った際に、急にエヴァンから頼まれたのだと説明した。そもそも、エヴァンは騎士と文官から一名ずつ選んで側に置くつもりだったらしく、俺が偶然選ばれたのだろう。
 事実をそのまま伝えると、シバは低い声で「なんだと?」と怒りを露わにした。
(わ、表情はあまり変わらないけど、怒ってるのが全身から伝わってくる)
「こんな話は受け入れられない。別の者を付けると私から伝えよう」
「あ、ちょ……駄目ですよ!」
 今にも執務室から出てエヴァンの元へ向かおうとしているシバを止める。
「もう決定したことですし、特に難しい内容ではなさそうでした」
「そんなことは問題ではない」
 シバは俺を振り切って扉から出ようとしている。
「待ってください! 断ってエヴァン殿下のご気分を害したら……私はここで働けなくなります!」
「……」
(もしこれがエヴァンのイベントだったら……最悪、斬首される!)
 俺は「仕事を失う」「国から追い出される」と、シバが踏みとどまってくれそうなワードを並べる。
(始まったストーリーに逆らって、俺と父が死んでしまったらどうしてくれるんだ!)
 俺の血走った目を見て狼狽えたシバが、少し冷静になったのか「分かった」としぶしぶ了解した。
「いつでも代われる者を手配しておく。何かあった場合は連絡するように」
「はい。ありがとうございます。せっかくアインラス様と親しくなれたのに、離れ離れは嫌です」
「……」
 シバからの返事はなく、馴れ馴れしすぎただろうかと心配になった時、シバが俺の言葉に答えた。
「私もそう思う」
 その言葉と同時に、シバは俺の身体を寄せ、ぎゅっと抱きしめてきた。
 シバの身体の熱を感じ、シバの部屋で一緒に目覚めた日のことを思い出す。起きたばかりで寝ぼけたシバは、俺を湯たんぽのように抱きしめてそのまま眠った。
「違和感を感じたら……すぐ私に言え」
「はい」
 俺達は少しの間、執務室の真ん中で黙ったまま抱き合っていた。

 仕事終わり。風が少し冷たい中、俺は遠回りして騎士棟の前を通って帰っていた。
(うーん、そろそろだと思うんだけどなぁ)
 俺の攻略ノートには、『秋の終わり。騎士棟前の木からは葉が全て地面に落ちている』と時期を予測するためのメモが書いてある。
 俺の予想だと、おそらく今週か来週、小さいイベントがある。
 そのために俺は、騎士棟へ通う父に、毎日正面の門にある木の葉の様子を聞いていた。一昨日、「もうすぐ全部無くなりそうだよ~」と聞いて、遠回りして帰るようにしていたのだ。
「あ、全部落ちてる」
 俺は大きな木の下に広がった葉っぱを見ながら、イベントについて考えた。
 ここでは、気分転換に遠回りして帰る主人公が木を見上げる。そこで門から出てきたアックスと偶然会うのだ。そこで話をしていると、虫が飛んできて、驚いた主人公はアックスに抱きついてしまう。少しの間沈黙が流れ、主人公がアックスから離れようとすると、グイッと引っ張られる。
 また胸に抱き着くことになって照れて顔を赤くする主人公に「びっくりしたか?」といじわるそうに聞いてくるアックス。二人は寒空の下、じゃれ合いながら一緒に帰るのだ。
(俺、アックスにひっついたくらいで顔赤くなれるかな? いや、そこは気合で)
 俺が「よし!」と拳を握ると、後ろから聞きなれた声がした。
「何が『よし!』なんだ?」
「アックス!」
 アックスは俺の決意の言葉を聞いて笑っている。
「ははっ。セラ、久しぶりだな」
「本当ですね。仕事が忙しくてなかなか馬小屋に行けなかったんです」
「文官棟はこの時期は毎年忙しいからな」
「アックスは大丈夫ですか?」
「騎士が忙しいのは冬を越えてからだな。急に変な奴が増える」
(どこの世界でも、暖かくなると変質者が出るんだな)
 俺は「分かります」と笑いながら返事をした。
「アックスは宿舎に帰るところだったんですか?」
「帰るには帰るんだが、剣を部屋に置いたら飲み会に参加しないといけなくてな」
「騎士棟の方々とですか? 楽しみですね」
「いや、騎士の飲み会なんてうるさいだけだ。酔うと脱ぐ奴が多いから目の毒だしな」
はぁ~、と息をつくアックス。俺がそれに笑っていると、ゲームのシナリオ通り虫がこちらに飛んできた。
(え、結構でかい! しかも見た目がグロすぎるッ!)
 俺は虫は平気な方だが、こっちの世界の虫は大きく、足が沢山生えていて非常に気持ちが悪い見た目をしている。完全に俺の許容範囲を超えていた。
「ぅわあああッ」
俺が割と本気で驚きアックスの腕を掴む。
(あ、抱き着かなきゃ)
 俺は一瞬シナリオ通りに……と考えたが、まだ飛んで迫ってくる虫に「ぎゃー!」と叫びながら逃げることしかできなかった。そして、床に落ちている木の葉で滑り、前に勢いよく倒れる。
 俺が恐怖で目を瞑った瞬間、アックスが俺の腰に腕を回して抱きとめた。
「セラ、大丈夫か?」
 俺を抱き込むと、身に着けていたマントを俺に覆うようにかぶせる。
 俺は虫の姿を思い出しブルッと震えてアックスの胸に顔を埋める。
 少しの間そうしていたが、アックスが「行ったぞ」と言ったため、マントから顔を出す。
「あの虫、もういませんか?」
「ああ。怖かったか?」
「……少しだけ」
 本当はだいぶ怖かったが、強がってみる。
 とりあえず、笑っているアックスから離れようと俺がマントを捲って距離をとろうとした。しかし腕をとられグイッと引っ張られる。
(あ、ゲーム通りの展開)
「びっくりしたか?」
「……アックス」
 アックスは再び胸に埋もれた俺を見下ろして、いたずらっぽい表情をしている。
たった虫一匹にあんなにギャーギャー騒いだのだ。俺は狙わずとも顔が赤くなっていた。
(あとは『二人は寒空の下、じゃれ合いながら一緒に帰る』で終わりだな)
 アックスがハハッと笑って俺をマントから出す。
 俺は全ての会話選択を終え、今回は完璧にイベント達成だと心の中でガッツポーズをした。

「セラさん? 何してるんですか?」
 後は二人で帰れば良いのだが、突然現れた騎士ラルクによってイベント達成は叶わなかった。
「騎士棟前で会うなんて奇遇ですね! 一緒に帰りましょうよ!」
(えー、ここでラルクさん来ちゃうかぁ)
 ゲームの主人公と俺の交友関係は少し違うのだ。
 本来では何か特別なルートに入らない限り話すことのないシークレット攻略キャラのラルク。序盤から仲良くなってしまったことが、こうやってイベントに影響を及ぼしてくるとは。
 シバに妨害されることには気を付けていたが、ラルクの登場は予期できなかった。
 俺はイベント中は常に油断してはいないと改めて気を引き締めた。
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