【改訂版】鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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第32話 ドキドキ大浴場

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 脱衣所に入った俺達は黙って背を向けながら着替えをする。
(シバも一緒だけど、結局はアックスと一緒にお風呂に入るってことだからいいのかな?)
 とりあえず、最初はかかり湯のシーンから……と考えながら服を脱ぐ。
 そして先程説明を受けた通り、薄手の黒い上下の服を着てタオルを持つと振り返った。二人とも着替えは済んでいるようで、三人揃って浴場へ向かう。
(服を着て湯に入るって、なんか変な感じだなぁ)
 風呂は脱衣所から風呂の入り口まで、小さく穴の空いた床が続いており、水はけが良い作りだ。
 そして今着ている服は任意であり、着ても着なくても良いということだが、着た場合は上がってから脱衣所にある入れ物へ濡れたまま入れて良い。
 配慮された作りに関心しつつ、軽くてサラリとした着心地の服を触る。ゲームでは男女に分かれて風呂に入ったため、主人公たちは一糸まとわぬ姿で風呂に入っていた。だからか、俺も入浴用の服があったことなど知らなかった。
(あ、そうだ! 専用の服がある事、今夜ラルクさんに教えてあげないと)
 そう思いながら水風呂の方へ足を進めると、アックスが話し掛けてきた。
「滑ってこけるなよ」
 そう言ってアックスが俺の手をさりげなく取る。しかし、すぐにシバがその手を払い、黙ってスタスタと前を行く。
(なんでこの二人、仲悪いんだろ……)
 こんな設定はゲームで描かれていない。唖然とする俺だったが、シバの行動について考え、あることに気付いた。
(もしかして、これってお助けキャラ的行動⁉)
 お助けキャラであるシバが手を離すように払いのけた。つまり俺とアックスはまだそのようなスキンシップをする段階ではないということだろう。俺は今までのシバの行動にやっと納得し、彼の後を追った。

 浴場独特の蒸気が立ち込める中、例の水風呂の前にやって来た。
(これを今からかけるのか……)
 冷たそうだなと思い躊躇っていると、横からザバッと水の音がした。
「え⁉」
 慌てて横を見る。そこには冷水を肩から掛けるシバの姿。あまりに冷たかったのか、そのポーズのまま固まって動けなくなっていた。
「アインラス様!」
「……」
「こちらへ来てください。お湯に浸からないと」
 俺はシバの腕を取って急いで温かい湯へ連れていく。そのまま一緒に湯に浸かり、出ている肩に少しずつ湯を掛ける。
「もう、あれは水風呂ですよ! 冷たかったでしょう!」
 俺は心配し、思わず母親のような口調になった。
「熱くはないですか?」
 俺の問いかけに頷くシバを見て安心する。
「ああ、良かった。よく温まってください」
 一息ついたところで、俺は今の状況を整理する。
(あ、本当ならアックスが主人公に言うセリフ、俺が全部言っちゃった)
 焦る俺の目の前には、いつのまにか湯に浸かったアックスが足を伸ばしている。
「アインラス殿、浴場は初めてか?」
「初めてだ。冷たい風呂なんてものがあるんだな」
「あれは熱い湯の後に入ったら最高だ」
 シバは信じられないといった顔でアックスを見ていた。
 予想外の事件はあったが、心地よい温度の湯の中で、皆黙って目を瞑っている。
 水風呂含め三つの湯舟がある浴場。俺達はもう一つの小さい方へ浸かってみる。感想を互いに話しながら、アックスは時々俺に世間話を振った。
「セラは風呂が好きなのか?」
「はい。街にある大きな浴場にも父とよく行ってたみたいです」
 記憶が無いため分からないが、広くていろんな風呂があると父が言っており、いつか行ってみたいと思っていた。
「あそこか。そういえば、俺もずいぶん行ってないな」
 その後も、アックスが街の浴場について教えてくれるので返事をする。シバは会話に入るでもなく、じっと目を閉じていた。
(自分と攻略キャラとの会話をお助けキャラに聞かれるって、ちょっと変な感じだな)
 シバはずっと黙っている。
(いや、ぼーっとしてるだけで聞いてないかも)
 シバのことは気にせず、俺はアックスとの会話に集中した。

「だいぶ温まったし、こっちもどうだ?」
 アックスが、水風呂にも試しに入ってみようと提案してきた。
 俺は正直水風呂が苦手だが、最終チェックという名目で風呂に入っているため、試しに少しは入らなければならないだろう。迷いなく入っていくアックスの背を追いかけ、片足をゆっくり浸からせる。
(ひ、冷たっ! 無理無理無理!)
 横を見ると、シバも俺と同じく片足をつけてから動かなくなった。アックスは気持ちよさそうに肩まで入り、ふー、と息をついている。
 俺はアックスに若干恐怖を覚えながらも、シバに聞いてみる。
「もう足は入りましたし、水風呂はこれでいいですよね?」
「十分だ。湯に浸かろう」
 俺とシバはそそくさと温かい湯舟に向かった。

「はぁー、気持ちよかったですね」
「そうだな」
 シバは初めての浴場を気に入ったようだった。仏頂面は変わらないが、その頬は湯によって火照って赤くなっており、何だか可愛らしい。
 今は三人で休憩所で休んでいる。最初はギスギスしていたシバとアックスも、最後には普通に感想を言い合っていた。
 今回はシバと三人で風呂に入ることになったので、ゲームとはかなり違う流れになった。しかし意外にも会話選択はほぼクリアしている。
 それに、おそらくではあるが、俺とアックスは今から二人きりになるはずだ。なぜなら、主人公がアックスに宿舎まで送ってもらった後、部屋に電話が掛かってくるのだ。電話の相手はシバであり、彼は「執務室に寄ってから帰れと言っただろう」と怒りを含んだ声で主人公を叱るのだ。
 アックスとのお風呂に緊張してすっかりそのことを忘れていた主人公は、慌てて文官棟へ走っていく。
 ドキドキ混浴エピソードから、最後はコメディーな音楽とともに終わったストーリーを見て笑ったのを覚えている。
(あとは、何らかの用事でシバが先に帰って、俺がアックスと宿舎に帰る流れかな?)
 俺はシバが先に帰るのを待っていたが、横から声を掛けられた。
「マニエラ、帰るぞ」
「一緒にですか?」
「文官棟へ戻るんだから、当たり前だろう。では、私達は先に失礼する」
 シバはアックスに礼の形を取ると、俺を引きずるようにして大浴場を後にした。

「私はダライン様に報告がある。君はここで今日の感想をまとめたら帰って良い」
「はい」
 そう言って部屋から出て行くシバ。
 俺は紙に感想や改善点を書きながら、今日のイベントを振り返った。アックスとは帰れなかったけど、最後は別に会話選択も無いただの茶番だ。
(ゲームでは、最後のオチのためにアックスと一緒に帰っただけだよね?)
 俺は自分の心の安定の為に、深く考えるのを止めペンを走らせた。

「ラルクさん! 朗報です!」
 俺は宿舎に着いてすぐにラルクに電話を掛けた。
 シシルは同じ部署の人達と飲み会だと言っていたため、部屋には俺しかいない。
「どうしたんですか?」
「大浴場なんですが、入浴専用の服があったんです。だからラルクさんも安心して父さんと一緒に入れますよ!」
「え、本当ですか? 良かった~!」
 ラルクの悩みも解決して良かったと安心していると、急に焦った声が聞こえた。
「セラさん待ってください!」
 何か問題でもあったのかと続きを待つ。
「身体に張り付く服の方が、想像力がより掻き立てられて問題じゃないですか?」
「あー……」
 そこは盲点だった。俺は何も言うことができなかった。

 夕方の冷たい風を感じながら、俺はシバの住んでいる宿舎へ向かっている。
 明日明後日は休みであり特にイベントや予定も無い。仕事終わりに寄ったシバの執務室でシバに誘われ、久々にお泊り会をすることになったのだ。
「マニエラ」
 ドアベルを鳴らすと、中からシバが嬉しそうに出てきた。とは言っても、その顔は無表情であり、俺にしか分からない程度、少しだけ目が生き生きとしている。
「遅れてすみません。自分の部屋を出る時にラルクさんが来たので、少し話していました」
「彼はまた泊まりに来ているのか」
「はい。明日の朝早くから父と出かけるみたいです」
 シバには以前、ラルクとシシルが仲が良いという話をしていた。シバはラルクと会ったことが無いらしく、最初は頻繁に泊まりに来ることに関して何かを心配していたが、ラルクと父が良い感じであると伝えると、驚きつつも納得していた。
「君の父親やラルク殿にもいつか会えるだろうか」
「会いたいんですか?」
「機会があれば」
 俺は失礼ながら意外に感じた。シバは積極的に交友関係を広げたいタイプには見えないからだ。
「あ、話の続きはリビングでしましょう」
 玄関で話し込んでいては迷惑だろうと思い、俺は靴を脱いで中へ入った。
 シバの部屋の中は空気が温まっており、寒暖差で指先がジーンとする。
「あったか~い! 外とは大違いですね」
「暖炉の方で温まるといい。冷えただろう」
「大丈夫ですよ。ここまでそんなに距離もなかったですし、んッ」
 シバが手を伸ばして俺の頬に触れる。
「冷たいじゃないか」
(ずいぶんスキンシップが上手くなったな)
 本を読んだ時に、試してみたいと言っていた『さりげないボディータッチ』を完全にマスターしているシバ。もう練習は必要ないだろうが、二人きりの時にはこうやって積極的に触れてくる。
(嫌じゃないからいいけど、ちょっと照れるんだよね)
 俺は頬を撫でていくシバの指を大人しく受け入れていた。
「休むのは後で。先に台所借りてもいいですか?」
 指が離れていくタイミングでシバに尋ねる。
「仕事で疲れているだろう。無理しなくても何か出前でも頼めばいい」
「うーん、アインラス様はどっちが良いんですか?」
「私は……君の手料理の方が、好きだが」
「ふふ。作るつもりで来てるので大丈夫ですよ」
 可愛い返答に思わず笑ってしまったが、シバは気分を害した様子もなく「ありがとう」と素直に伝えてきた。
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