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第42話 「いつでも」は今ですか?
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「どうしよう……」
何が『どうしよう』なのか。自分はなぜこんなに焦っているのか。気づくとシバの宿舎へと走っていた。
(また走って来てしまった)
前、シバから「会いたい」と電話があった時、同じように走ってここまで来た。
あの時と同じ状況だが、今回はシバの気持ちが違う。俺には会いたくないと思っているだろう。
(でも、謝らないと……!)
俺は深呼吸をした後、ドアベルを鳴らした。
しばらくするとシバの声がしたので、俺は「マニエラです」と震える声で言う。
「どうした?」
ドアが開き、シバが無表情のまま立っていた。
「あの、」
「トロント殿はいいのか?」
「は、はい。あの……今日はすみませんでした!」
目をぎゅっと瞑って頭を深く下げる。少し沈黙があり、俺の手に汗が滲んだ。
「さっきは邪魔をしないようにと思っただけだ。気にしなくていい」
シバの穏やかな声に、ゆっくりと顔を上げる。その表情はいつものように無表情で、シバがどんな気持ちか図ることができない。
「夜も遅い。帰った方がいいんじゃないか」
その言葉に、身体が固まる。
(前、俺が走ってきた時は泊まっていかないかって聞いてくれた。でも、今は家に上がらせたくないんだ)
その意味を理解し、目の前が霞んでくる。
(あ、なんで泣くんだ俺)
俺は、自分でも理由の分からない涙を見られたくなくて、涙が落ちる前に「おやすみなさい」と言って頭を下げる。そして素早く扉を閉めようとドアノブに手を掛けた。
「マニエラ?」
「……あ、」
シバは、扉を閉めようとした俺の手を掴んだ。
「どうした?」
あ、駄目だ……と思った時には、目から涙が零れてきた。頬に水の伝う感触がする。
「すみません。帰ります」
「……」
シバは何も言わずに俺を引っ張り玄関に入れた。
「どうしたんだ?」
リビングの椅子に座ると、シバが奥からハンカチを持って戻ってきて俺の隣に座る。
今、俺の涙は一旦止まっているものの、またふとした瞬間に溢れてきそうだ。
「あの、今日は本当に失礼なことを……」
「それなら大丈夫だ。何を優先するかは、君が決めることだ」
シバは、ハンカチで俺の目元を軽く押さえた。
「言い訳させて下さい。詳しくは言えませんが、今日はどうしてもアックスと会わないといけなかったんです」
そう言いきると、また涙が溜まってきた。
「なぜ泣くんだ。私は別に怒っていない」
「だって、アインラス様に嫌われた、ら……ッ、」
溜まった涙がまた落ちていく。俯いていたため、雫は俺の手の甲にポタポタと落ちていく。
「泣くな」
シバが俺を横から抱きしめる。
「勝手な私に呆れて、もう、一緒にいてくれなくなったら、どうしようって……ッ」
(そっか、俺、シバに嫌われるのが怖かったんだ)
声に出してみて、自分がなぜあんなに焦ったのか、そしてなぜ泣いているのかが分かった。
「なぜ私が君を嫌うんだ? 理由があったんだろう?」
俺を落ち着かせるような優しい口調に、こくんと頷く。
「君が良い人間だと分かっている。今も、走って謝りに来てくれたじゃないか」
その言葉を聞いて、俺は喉の奥がギュッと詰まる。「う、」としゃくりあげると、ヒックヒックと喉が上下した。
「うぇ……うッ、ヒック、」
「ああ、ほら。これ以上泣いたら目が腫れるぞ」
シバは俺を抱きしめたまま、よしよしと背中を撫でた。その温かい胸の中で、俺はしばらく泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「はい」
(は、恥ずかしい……)
涙がようやく止まり、ズビッと鼻を啜ると、シバが顔を覗き込んでくる。
「風呂に入ってこい」
「あ、でも、」
(勝手に泣いて勝手にスッキリして、これ以上迷惑は掛けられないよ)
「そのまま泊まるといい」
「……いいんですか?」
「ああ」
背中をあやすようにトントンされながら、俺は安心して目の前のシバの服をぎゅっと掴んだ。
「風呂まで連れて行こう」
離れようとしない俺に、シバが呆れたようにフッと声を漏らす。貴重な笑顔が見れるというのに、俺は俯いていて、またしてもその顔を見逃してしまった。
ひょいっと俺を抱えたシバは、歩いて洗面所に向かう。俺をバスマットに降ろすと、よしよしと頭を撫でて、「着替えを置いておく」と言ってリビングに戻った。
俺と交代で風呂に入ったシバが、頭を拭きながらリビングに戻ってきた。
「起きていたのか」
俺が風呂から上がった時、「先に寝てて良い」とは言われていたが、妙に目が冴えてリビングでぼーっとしていた。
「はい。アインラス様はもうお休みになりますか?」
「いや」
シバは俺に出したものと同じ冷たいお茶をコップに入れた。空になった俺のコップにもさりげなく注いでいる。
「ありがとうございます」
「今日だが、本当は君とトロント殿が抱き合っているところを見て、動揺したんだ」
「抱き合うって、あれは別れの挨拶で……!」
「ああ、そうだとは思った」
勘違いしていると慌てる俺に、シバは気まずそうに語尾を小さくした。
「だが、トロント殿を羨ましく思った。君と気軽に話せて、遊べて、抱き合うこともできる」
シバは、そこまで言うと急に「寝る」と言って立ち上がる。コップを台所に下げると、さっさと寝室に行ってしまった。
俺は訳が分からないまま取り残されてしまう。言葉の意味を考え、顔がボッと赤くなる。
(それって、シバは俺とハグしたいってこと?)
前世では、そういったスキンシップはしたことがなかった。この世界でもシシルやラルクとはよくするが、それは父と兄のような存在であるからだ。
そして、シバが他人と親しく触れ合っているところは見たことがない。そんな彼が、練習以外で自分とそういった行為をしたいと思っていたとは知らなかった。
俺はリビングの電気を消して、優しいオレンジの明かりの灯るベッドへ近づいた。
「アインラス様……」
シバは先程の発言が恥ずかしかったのか、俺とは反対を向いたまま、黙って布団の端を捲った。
大きなベッドに登り、布団の中に入る。
「あの、アインラス様なら、いつでもいいですよ?」
「……いいのか」
シバは向こうを向いていたが、俺の言葉にゆっくり振り返った。
「はい」
俺が返事をすると、シバが背中に手を回し、自分の方へ身体を引き寄せた。
「あの、今ですか?」
「駄目なのか?」
「いえ」
俺が、自分からも近づき腕を少し上げると、腕と脇腹の隙間にシバが手を差し込んだ。
(なんか、別れ際にするのと、ベッドの中でするのとじゃ、違う気がするんだけど)
シバと身体がぴったりくっつき、後ろに回された手は俺の背中を微かに撫でている。
アックスとしたハグとの違いに少しだけ違和感を感じるが、先程慰められた時と同じ温もりに、ホッとする自分もいる。
しばらく喋らずじっとしていたが、目の前の胸からトクトクと音が聞こえ、耳を澄ます。
「アインラス様、音が……」
「……」
俺が顔を上げてシバを見ると、少し眉をしかめて照れている顔。
「初めて見る顔になってますよ」
クスクスと笑いながら言うと、目線を俺に向けてきた。
「うるさい。もう寝ろ」
シバは、俺のおでこにちゅっと軽くキスをすると俺の目を片手で覆った。
ヘッドボードの明かりは柔らかく、点いたままでも眠ることができる。しかし、俺は今のおやすみのキスで恥ずかしくなり、灯りを消して下さいと頼んだ。
俺の赤いであろう耳を指の甲で撫でると、シバは「おやすみ」と言って明かりを消した。
「**は*****か?」
暗くなってどのくらい経ったのか。低い声が問いかけるように話し掛けてくるが、うとうとしている頭では何も考えられない。
俺は、ふにゃりとした口調で「はい」と返事をした。
何が『どうしよう』なのか。自分はなぜこんなに焦っているのか。気づくとシバの宿舎へと走っていた。
(また走って来てしまった)
前、シバから「会いたい」と電話があった時、同じように走ってここまで来た。
あの時と同じ状況だが、今回はシバの気持ちが違う。俺には会いたくないと思っているだろう。
(でも、謝らないと……!)
俺は深呼吸をした後、ドアベルを鳴らした。
しばらくするとシバの声がしたので、俺は「マニエラです」と震える声で言う。
「どうした?」
ドアが開き、シバが無表情のまま立っていた。
「あの、」
「トロント殿はいいのか?」
「は、はい。あの……今日はすみませんでした!」
目をぎゅっと瞑って頭を深く下げる。少し沈黙があり、俺の手に汗が滲んだ。
「さっきは邪魔をしないようにと思っただけだ。気にしなくていい」
シバの穏やかな声に、ゆっくりと顔を上げる。その表情はいつものように無表情で、シバがどんな気持ちか図ることができない。
「夜も遅い。帰った方がいいんじゃないか」
その言葉に、身体が固まる。
(前、俺が走ってきた時は泊まっていかないかって聞いてくれた。でも、今は家に上がらせたくないんだ)
その意味を理解し、目の前が霞んでくる。
(あ、なんで泣くんだ俺)
俺は、自分でも理由の分からない涙を見られたくなくて、涙が落ちる前に「おやすみなさい」と言って頭を下げる。そして素早く扉を閉めようとドアノブに手を掛けた。
「マニエラ?」
「……あ、」
シバは、扉を閉めようとした俺の手を掴んだ。
「どうした?」
あ、駄目だ……と思った時には、目から涙が零れてきた。頬に水の伝う感触がする。
「すみません。帰ります」
「……」
シバは何も言わずに俺を引っ張り玄関に入れた。
「どうしたんだ?」
リビングの椅子に座ると、シバが奥からハンカチを持って戻ってきて俺の隣に座る。
今、俺の涙は一旦止まっているものの、またふとした瞬間に溢れてきそうだ。
「あの、今日は本当に失礼なことを……」
「それなら大丈夫だ。何を優先するかは、君が決めることだ」
シバは、ハンカチで俺の目元を軽く押さえた。
「言い訳させて下さい。詳しくは言えませんが、今日はどうしてもアックスと会わないといけなかったんです」
そう言いきると、また涙が溜まってきた。
「なぜ泣くんだ。私は別に怒っていない」
「だって、アインラス様に嫌われた、ら……ッ、」
溜まった涙がまた落ちていく。俯いていたため、雫は俺の手の甲にポタポタと落ちていく。
「泣くな」
シバが俺を横から抱きしめる。
「勝手な私に呆れて、もう、一緒にいてくれなくなったら、どうしようって……ッ」
(そっか、俺、シバに嫌われるのが怖かったんだ)
声に出してみて、自分がなぜあんなに焦ったのか、そしてなぜ泣いているのかが分かった。
「なぜ私が君を嫌うんだ? 理由があったんだろう?」
俺を落ち着かせるような優しい口調に、こくんと頷く。
「君が良い人間だと分かっている。今も、走って謝りに来てくれたじゃないか」
その言葉を聞いて、俺は喉の奥がギュッと詰まる。「う、」としゃくりあげると、ヒックヒックと喉が上下した。
「うぇ……うッ、ヒック、」
「ああ、ほら。これ以上泣いたら目が腫れるぞ」
シバは俺を抱きしめたまま、よしよしと背中を撫でた。その温かい胸の中で、俺はしばらく泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「はい」
(は、恥ずかしい……)
涙がようやく止まり、ズビッと鼻を啜ると、シバが顔を覗き込んでくる。
「風呂に入ってこい」
「あ、でも、」
(勝手に泣いて勝手にスッキリして、これ以上迷惑は掛けられないよ)
「そのまま泊まるといい」
「……いいんですか?」
「ああ」
背中をあやすようにトントンされながら、俺は安心して目の前のシバの服をぎゅっと掴んだ。
「風呂まで連れて行こう」
離れようとしない俺に、シバが呆れたようにフッと声を漏らす。貴重な笑顔が見れるというのに、俺は俯いていて、またしてもその顔を見逃してしまった。
ひょいっと俺を抱えたシバは、歩いて洗面所に向かう。俺をバスマットに降ろすと、よしよしと頭を撫でて、「着替えを置いておく」と言ってリビングに戻った。
俺と交代で風呂に入ったシバが、頭を拭きながらリビングに戻ってきた。
「起きていたのか」
俺が風呂から上がった時、「先に寝てて良い」とは言われていたが、妙に目が冴えてリビングでぼーっとしていた。
「はい。アインラス様はもうお休みになりますか?」
「いや」
シバは俺に出したものと同じ冷たいお茶をコップに入れた。空になった俺のコップにもさりげなく注いでいる。
「ありがとうございます」
「今日だが、本当は君とトロント殿が抱き合っているところを見て、動揺したんだ」
「抱き合うって、あれは別れの挨拶で……!」
「ああ、そうだとは思った」
勘違いしていると慌てる俺に、シバは気まずそうに語尾を小さくした。
「だが、トロント殿を羨ましく思った。君と気軽に話せて、遊べて、抱き合うこともできる」
シバは、そこまで言うと急に「寝る」と言って立ち上がる。コップを台所に下げると、さっさと寝室に行ってしまった。
俺は訳が分からないまま取り残されてしまう。言葉の意味を考え、顔がボッと赤くなる。
(それって、シバは俺とハグしたいってこと?)
前世では、そういったスキンシップはしたことがなかった。この世界でもシシルやラルクとはよくするが、それは父と兄のような存在であるからだ。
そして、シバが他人と親しく触れ合っているところは見たことがない。そんな彼が、練習以外で自分とそういった行為をしたいと思っていたとは知らなかった。
俺はリビングの電気を消して、優しいオレンジの明かりの灯るベッドへ近づいた。
「アインラス様……」
シバは先程の発言が恥ずかしかったのか、俺とは反対を向いたまま、黙って布団の端を捲った。
大きなベッドに登り、布団の中に入る。
「あの、アインラス様なら、いつでもいいですよ?」
「……いいのか」
シバは向こうを向いていたが、俺の言葉にゆっくり振り返った。
「はい」
俺が返事をすると、シバが背中に手を回し、自分の方へ身体を引き寄せた。
「あの、今ですか?」
「駄目なのか?」
「いえ」
俺が、自分からも近づき腕を少し上げると、腕と脇腹の隙間にシバが手を差し込んだ。
(なんか、別れ際にするのと、ベッドの中でするのとじゃ、違う気がするんだけど)
シバと身体がぴったりくっつき、後ろに回された手は俺の背中を微かに撫でている。
アックスとしたハグとの違いに少しだけ違和感を感じるが、先程慰められた時と同じ温もりに、ホッとする自分もいる。
しばらく喋らずじっとしていたが、目の前の胸からトクトクと音が聞こえ、耳を澄ます。
「アインラス様、音が……」
「……」
俺が顔を上げてシバを見ると、少し眉をしかめて照れている顔。
「初めて見る顔になってますよ」
クスクスと笑いながら言うと、目線を俺に向けてきた。
「うるさい。もう寝ろ」
シバは、俺のおでこにちゅっと軽くキスをすると俺の目を片手で覆った。
ヘッドボードの明かりは柔らかく、点いたままでも眠ることができる。しかし、俺は今のおやすみのキスで恥ずかしくなり、灯りを消して下さいと頼んだ。
俺の赤いであろう耳を指の甲で撫でると、シバは「おやすみ」と言って明かりを消した。
「**は*****か?」
暗くなってどのくらい経ったのか。低い声が問いかけるように話し掛けてくるが、うとうとしている頭では何も考えられない。
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