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第54話 白馬の文官
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「ッ、シバ……!」
俺は思わず彼の名前を呼んでしまった。
シバは俺を一瞬見ると、銀色に光る刃をグッとエルに押し当てる。引けばスパッと切れてしまうだろう。
「殺しては駄目です!」
思わず叫んでしまう。本当に切りかねないシバを止めると、震えているエルを見る。
ゲームでは、アックスが彼を拘束するのみだ。首に冷たい刃が当たり、今にも気絶しそうな程怯えているエルが、これ以上何かをするとは思えない。
俺が息を乱したまま、殺さないでくれと目で訴えると、シバは剣を仕舞った。わざとか事故か、エルの首からは薄く血が滲んでいた。
「はぁ、良かっ、た」
俺がこれで終わったのだと、肩を上下させながら安心していると、エルが俺の腕を掴んだ。
「セラ、好きだよ」
「え……ッ」
エルはそう囁くと、俺の両頬を掴んだ。
「んっ、」
目の前にはエルの顔があり、唇には冷たい何かが触れていた。
(これって、)
目の前には銀色の睫毛がぼんやりと映っている。
「ッぐぁ……!」
何が起こったのか分からず、目を見開いているとエルが後ろに倒れこんだ。
シバはいつの間にか馬上から降りており、エルの首元を掴んでいる。「ひぃッ」という震えた声がしたと同時に、シバがその頬を殴った。
エルはその衝撃で気絶したのか、地面にぐったりと寝転がる。
「マニエラ!」
シバが俺に駆け寄り、背中に腕を回す。いつもはふんわりとした優しい抱擁だが、今は俺をギュッと力強く抱いていて、少し息が苦しい。
(俺、今エルに何された? なんでシバが?)
頭はいろんなことでぐちゃぐちゃだ。
「セラ!」
大きな声がした方を見ると、アックスが数名の騎士を連れて走ってきていた。アックスは俺が無事であることと、エルが白がかった地面に倒れているのを確認し、他の騎士に指示を出した。
「こいつを連れていけ」
騎士が気絶しているエルの両手を縛り上げて馬に乗せる。そのまま他の騎士二名と来た道を戻って行った。
「セラ、無事で良かった」
アックスがシバの腕の中にいる俺に手を伸ばす。ゆっくりと迫ってくる手がエルのものと重なり、俺は身体をビクッとさせシバの腕を掴む。
「セラ……間に合って良かった」
そう告げるアックスの目元は赤く、本当に心配していたというのが伝わってくる。それでもシバを強く掴む手を外すことができない。
「報告の為、皆で先に戻る。アインラス殿、セラを頼んだ」
シバはその言葉に頷き、アックスは俺に「また後で」と言うと、他の騎士達を連れ、来た道を戻って行った。
俺はぼんやりとその背中を見る。
シバは黙って俺を抱え、地面に片膝をつくと、もう片方の足に俺を座らせるように乗せる。そして、着ている上着の中に俺を包むと、再び抱きしめた。
シバに抱きしめられたまま、エルが自分にしたことを思い出す。
(キスは、アックスのために取っておかなきゃいけなかったのに)
ゲームの通り、俺にとって初めてのキスは最後の告白イベントであるべきだ。
(「初めてのキスがアックスで幸せ」って泣きながら言わなきゃいけないのに)
イベント⑤『星空の下で』の告白シーンが頭に浮かぶ。
(アックスは嬉しそうに笑って、俺も笑って、)
しかし現実では、知らない男に簡単に奪われてしまった。
キスをされそうになる流れはゲームと同じだ。アックスにより拘束されたエルは、従ったフリをして主人公に近づく。しかし、それに気づいた主人公は、唇が触れ合う前にエルを平手打ちするのだ。
しかし、俺は同じようにできなかった。ゲームと違い、エルはすでに戦意喪失といった雰囲気であったし、あの状態で動くとは思えなかった。
そして、俺はシバの顔を見て、完全に安心しきってしまっていたのだ。あんなにシミュレーションをしたにも関わらず、最後に失敗してしまった。
そして、好きな男にそれを見られた。自分の想い人の目の前で、俺はエルとキスをしてしまったのだ。
アックスのために守りたかったというのは本当だが、俺は『シバに見られた』ということが一番のショックの原因だった。
(俺、シバのことが好きなのに……、)
小さく震えている俺に気付き、シバが顔を覗き込んでくる。
シバの手の力は少し弱められ、血が巡り身体がじわっと熱を持つ。その時、俺の目からは意図せず涙が零れた。
「俺……キスした」
「マニエラ?」
不安が襲い、パニックになってきた。上司の前だということも忘れ、言葉遣いも幼くなる。
「知らない人と……うっ、初めて、だったの、に……ッ」
言葉に出すと、本当にシバの前でキスをしたのだと実感し、胸がウッと詰まる。泣きたくはないのに、涙がどんどん溢れてきて止まらない。胸もズキズキと痛くなって、自分の手で力強く押さえる。
シバはそんな俺をまた強く抱きしめる。
「大丈夫だ」
シバが優しい声で言った。
「だいじょ、ぶ……じゃないッ! 俺、……ッ」
ヒックヒックとしゃくりあげながら、俺は子どものようにわんわん泣いた。シバは俺が泣き止むまで、ずっと背中を撫でていた。
「……落ち着いたか?」
「はい」
シバが確かめるように俺の両頬を掴んで上を向かせる。俺は腫らした目から溜まっていた雫をこぼしながら謝った。
「すみません」
「泣くな」
「……はい」
「君が泣くと、心が痛い」
シバが苦しそうな顔で見下ろしてくる。
「でも、俺……あいつが初めての、」
(ああ、もう苦しい)
言葉にするとまた切なくなってきた。
あれだけ涙を流したというのに、俺の視界はまたぼやける。目をギュッと瞑るとボタボタと大きい粒が頬を包むシバの指に落ちた。
シバはその水滴を指で拭うと、俺を落ち着かせるようにゆっくりとした口調で話す。
「マニエラ、よく聞け。あれはキスではない。口が当たっただけだ」
「当たった……だけ?」
「そうだ。本で一緒に読んだだろう。心が伴ってないとキスではないんだ」
その言葉に耳を傾ける。優しい声色に、じくじくと痛かった胸の感覚が軽くなってだんだんと落ち着いてきた。
俺は、近くにあるシバの青い瞳をじっと見つめる。
「私にくれないか」
シバは俺の目を見て真剣な顔で言う。
「君の初めてのキスを、私が貰ってもいいか」
(俺の初めてを、シバに)
気づいたらコクンと頷いていた。涙は止まっており、シバは俺の頬を両手で包んだまま、指で涙の跡をなぞった。
「セラ」
シバは微かに微笑む。
(俺の名前……)
つい今まで、悲しくて胸が潰れそうだったのに、今は心臓がキュッと痛んでどうにかなりそうだ。
両手はそのまま頬に置かれ、シバの顔が近づいてくる。俺は自然に目を瞑った。
ちゅ……
柔らかい感触がする。冷たいそれは俺を心配するように触れ、ゆっくりと離れていった。
「セラ」
「ん、」
シバが俺の頬を親指で擦り、もう一度口づけてきた。今度は少しだけ長く、触れ合った唇がじんわりと温かくなってくる。
(俺、今シバとキスしてる)
先ほどの男の感触はとうに忘れ、シバの柔らかい唇の感覚に支配される。堪らなくなり、俺は無意識に大きな背中に腕を回した。
シバは、ちゅっと音をさせてゆっくりと口を離すと、角度を変えてまた口付けてきた。
ただ唇を合わせているだけ。映画のラブシーンで見るような濃厚なものではないが、その優しいキスに胸がいっぱいになる。
(シバが好きだ)
シバの慈しむようなキスに、温かい涙が一筋だけ零れた。
あれから、本格的に空から白い雪が降ってきたことで、俺達は唇を離した。
最後に……と言わんばかりにシバが、ちゅっと口をくっつけてきたので、俺は少し笑ってしまった。
「やはり君は、笑った顔が可愛い」
シバはそう言って俺を抱えると、乗ってきた白馬に乗せ、自分も後ろに跨った。
お互い初めてのキスに夢中になっていたことが恥ずかしく、宿へ向かう間、俺達は何も話さなかった。
俺は思わず彼の名前を呼んでしまった。
シバは俺を一瞬見ると、銀色に光る刃をグッとエルに押し当てる。引けばスパッと切れてしまうだろう。
「殺しては駄目です!」
思わず叫んでしまう。本当に切りかねないシバを止めると、震えているエルを見る。
ゲームでは、アックスが彼を拘束するのみだ。首に冷たい刃が当たり、今にも気絶しそうな程怯えているエルが、これ以上何かをするとは思えない。
俺が息を乱したまま、殺さないでくれと目で訴えると、シバは剣を仕舞った。わざとか事故か、エルの首からは薄く血が滲んでいた。
「はぁ、良かっ、た」
俺がこれで終わったのだと、肩を上下させながら安心していると、エルが俺の腕を掴んだ。
「セラ、好きだよ」
「え……ッ」
エルはそう囁くと、俺の両頬を掴んだ。
「んっ、」
目の前にはエルの顔があり、唇には冷たい何かが触れていた。
(これって、)
目の前には銀色の睫毛がぼんやりと映っている。
「ッぐぁ……!」
何が起こったのか分からず、目を見開いているとエルが後ろに倒れこんだ。
シバはいつの間にか馬上から降りており、エルの首元を掴んでいる。「ひぃッ」という震えた声がしたと同時に、シバがその頬を殴った。
エルはその衝撃で気絶したのか、地面にぐったりと寝転がる。
「マニエラ!」
シバが俺に駆け寄り、背中に腕を回す。いつもはふんわりとした優しい抱擁だが、今は俺をギュッと力強く抱いていて、少し息が苦しい。
(俺、今エルに何された? なんでシバが?)
頭はいろんなことでぐちゃぐちゃだ。
「セラ!」
大きな声がした方を見ると、アックスが数名の騎士を連れて走ってきていた。アックスは俺が無事であることと、エルが白がかった地面に倒れているのを確認し、他の騎士に指示を出した。
「こいつを連れていけ」
騎士が気絶しているエルの両手を縛り上げて馬に乗せる。そのまま他の騎士二名と来た道を戻って行った。
「セラ、無事で良かった」
アックスがシバの腕の中にいる俺に手を伸ばす。ゆっくりと迫ってくる手がエルのものと重なり、俺は身体をビクッとさせシバの腕を掴む。
「セラ……間に合って良かった」
そう告げるアックスの目元は赤く、本当に心配していたというのが伝わってくる。それでもシバを強く掴む手を外すことができない。
「報告の為、皆で先に戻る。アインラス殿、セラを頼んだ」
シバはその言葉に頷き、アックスは俺に「また後で」と言うと、他の騎士達を連れ、来た道を戻って行った。
俺はぼんやりとその背中を見る。
シバは黙って俺を抱え、地面に片膝をつくと、もう片方の足に俺を座らせるように乗せる。そして、着ている上着の中に俺を包むと、再び抱きしめた。
シバに抱きしめられたまま、エルが自分にしたことを思い出す。
(キスは、アックスのために取っておかなきゃいけなかったのに)
ゲームの通り、俺にとって初めてのキスは最後の告白イベントであるべきだ。
(「初めてのキスがアックスで幸せ」って泣きながら言わなきゃいけないのに)
イベント⑤『星空の下で』の告白シーンが頭に浮かぶ。
(アックスは嬉しそうに笑って、俺も笑って、)
しかし現実では、知らない男に簡単に奪われてしまった。
キスをされそうになる流れはゲームと同じだ。アックスにより拘束されたエルは、従ったフリをして主人公に近づく。しかし、それに気づいた主人公は、唇が触れ合う前にエルを平手打ちするのだ。
しかし、俺は同じようにできなかった。ゲームと違い、エルはすでに戦意喪失といった雰囲気であったし、あの状態で動くとは思えなかった。
そして、俺はシバの顔を見て、完全に安心しきってしまっていたのだ。あんなにシミュレーションをしたにも関わらず、最後に失敗してしまった。
そして、好きな男にそれを見られた。自分の想い人の目の前で、俺はエルとキスをしてしまったのだ。
アックスのために守りたかったというのは本当だが、俺は『シバに見られた』ということが一番のショックの原因だった。
(俺、シバのことが好きなのに……、)
小さく震えている俺に気付き、シバが顔を覗き込んでくる。
シバの手の力は少し弱められ、血が巡り身体がじわっと熱を持つ。その時、俺の目からは意図せず涙が零れた。
「俺……キスした」
「マニエラ?」
不安が襲い、パニックになってきた。上司の前だということも忘れ、言葉遣いも幼くなる。
「知らない人と……うっ、初めて、だったの、に……ッ」
言葉に出すと、本当にシバの前でキスをしたのだと実感し、胸がウッと詰まる。泣きたくはないのに、涙がどんどん溢れてきて止まらない。胸もズキズキと痛くなって、自分の手で力強く押さえる。
シバはそんな俺をまた強く抱きしめる。
「大丈夫だ」
シバが優しい声で言った。
「だいじょ、ぶ……じゃないッ! 俺、……ッ」
ヒックヒックとしゃくりあげながら、俺は子どものようにわんわん泣いた。シバは俺が泣き止むまで、ずっと背中を撫でていた。
「……落ち着いたか?」
「はい」
シバが確かめるように俺の両頬を掴んで上を向かせる。俺は腫らした目から溜まっていた雫をこぼしながら謝った。
「すみません」
「泣くな」
「……はい」
「君が泣くと、心が痛い」
シバが苦しそうな顔で見下ろしてくる。
「でも、俺……あいつが初めての、」
(ああ、もう苦しい)
言葉にするとまた切なくなってきた。
あれだけ涙を流したというのに、俺の視界はまたぼやける。目をギュッと瞑るとボタボタと大きい粒が頬を包むシバの指に落ちた。
シバはその水滴を指で拭うと、俺を落ち着かせるようにゆっくりとした口調で話す。
「マニエラ、よく聞け。あれはキスではない。口が当たっただけだ」
「当たった……だけ?」
「そうだ。本で一緒に読んだだろう。心が伴ってないとキスではないんだ」
その言葉に耳を傾ける。優しい声色に、じくじくと痛かった胸の感覚が軽くなってだんだんと落ち着いてきた。
俺は、近くにあるシバの青い瞳をじっと見つめる。
「私にくれないか」
シバは俺の目を見て真剣な顔で言う。
「君の初めてのキスを、私が貰ってもいいか」
(俺の初めてを、シバに)
気づいたらコクンと頷いていた。涙は止まっており、シバは俺の頬を両手で包んだまま、指で涙の跡をなぞった。
「セラ」
シバは微かに微笑む。
(俺の名前……)
つい今まで、悲しくて胸が潰れそうだったのに、今は心臓がキュッと痛んでどうにかなりそうだ。
両手はそのまま頬に置かれ、シバの顔が近づいてくる。俺は自然に目を瞑った。
ちゅ……
柔らかい感触がする。冷たいそれは俺を心配するように触れ、ゆっくりと離れていった。
「セラ」
「ん、」
シバが俺の頬を親指で擦り、もう一度口づけてきた。今度は少しだけ長く、触れ合った唇がじんわりと温かくなってくる。
(俺、今シバとキスしてる)
先ほどの男の感触はとうに忘れ、シバの柔らかい唇の感覚に支配される。堪らなくなり、俺は無意識に大きな背中に腕を回した。
シバは、ちゅっと音をさせてゆっくりと口を離すと、角度を変えてまた口付けてきた。
ただ唇を合わせているだけ。映画のラブシーンで見るような濃厚なものではないが、その優しいキスに胸がいっぱいになる。
(シバが好きだ)
シバの慈しむようなキスに、温かい涙が一筋だけ零れた。
あれから、本格的に空から白い雪が降ってきたことで、俺達は唇を離した。
最後に……と言わんばかりにシバが、ちゅっと口をくっつけてきたので、俺は少し笑ってしまった。
「やはり君は、笑った顔が可愛い」
シバはそう言って俺を抱えると、乗ってきた白馬に乗せ、自分も後ろに跨った。
お互い初めてのキスに夢中になっていたことが恥ずかしく、宿へ向かう間、俺達は何も話さなかった。
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※なるべくさくさく更新したい。
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