【改訂版】鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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第90話 決戦は今夜9時

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「アックス」
「セラ、どうした? 元気がないな」
「そうですか? えーっと、少し疲れたのかな。今日は仕事でやることが多くて」
「エマも心配してるぞ」
 ごまかしたが、アックスは俺の顔を見て眉を少し寄せた。
 仕事終わりの馬小屋訪問。ここは長い間、定番の好感度アップスポットであった。しかし今日は、アックスが俺に告白への伏線を張る大事な場所だ。
 ハッピーエンド目前だというのに、俺は気持ちが沈みかけている。
 今日一日、何度シバの顔を思い浮かべただろうか。朝の告白の言葉と苦しそうな表情がずっとフラッシュバックし、仕事にも集中できずシュリや先輩達に心配をかけてしまった。
(顔には出さないようにしてたのに……)
 文官棟を出る時には、アックスの前で明るくいようと気合を入れ、今も笑顔で挨拶したつもりだった。
 アックスは心配そうにこちらを見ており、エマもいつもであればすぐ駆け寄ってくるのだが、控えめにゆっくり歩いてこちらにやって来る。
 近づいたエマがフイッと首を差し出し、俺はどうしたのかと彼女を見た。
「これは、撫でて良いぞって言ってるな」
「ふふ、エマ、そうなの?」
 アックスが解説してくれた彼女の行動に癒され表情が自然と緩んだ俺は、エマに話しかけながら手を伸ばした。

 アックスはエマの手入れをし、俺は彼女を撫でて穏やかな時間を過ごしていたが、ふいにアックスが話を振ってきた。
「明日は星が綺麗らしいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、だがあいつらが言ってただけだから、本当かどうか分からないがな」
 あいつらと聞いて、それが彼の同僚達だと分かった。アックスは半信半疑で笑っているが、主人公が満点の星空の中で告白されたシーンから、俺はそれが真実だと知っている。
 そしてキスをして、星空が映って、エンディングの音楽が流れる。
「セラ、明日の夜は空いてるか?」
(つ、ついに、この時が来た……!)
 アックスはエマを撫でながら、少し照れくさそうな顔で言う。
「話があるんだ」
 いよいよ夢にまで見たエンディングを迎えるのだと、この一年間を振り返りたい気持ちになった。
 ゲームから解放されるホッとした気持ちと、ここまでやってこれた感動は確かにある。しかし、心の底に『本当にこれで良いのか?』という思いもある。
(って、良いに決まってるだろ!)
「はい」
 せっかく誘ってくれたにも関わらず余計なことを考えてしまい、アックスへの返事が少し遅れてしまう。
 この後の会話の流れは―……
『では、明日の夜九時にここで待ってる』
『その話は、今じゃ駄目なんですか?』
『ここじゃちょっとな……。とにかく明日話すよ』
 そこで選択肢である①『? 分かりました』と②『え~、そう言われると気になります!』のうちから①を選び、ここで会話は終了となる。何の話があるのか見当もつかない顔をするのもポイントだ。
 表情の練習をしただけあって、ハテナ顔なら任せておけと準備していると、アックスが口を開いた。
「その反応じゃ、どんな話をするのか分かってるみたいだな」
(え、こんな台詞ゲームに無いけど)
「あの、」
「悩むだろうが、もし俺の話を聞いてくれるなら、明日の夜九時にここで待ってる」
(とにかくゲーム通りに繋げよう)
「その話は、今じゃ駄目なんですか?」
「俺達の関係に関わる大事な話だ。セラも明日ここへ来るかどうか、よく考えてくれ」
「分かりました」
 ゲーム通りの顔をすることはできず、俺はこくりと頷いた。アックスは暗に俺に告白をするのだと伝えてきたのだ。
(ゲームと違う。これって一体……)
 明日は最後の大イベントだ。今までイレギュラーな出来事は数多くあり、なんとか乗り越えてきたが、今回だけは失敗できない。
「セラ、また明日、もし会えたら嬉しい」
 アックスは俺の頭を撫で、緊張したような笑顔で言った。

 翌朝、俺はボーッとした頭のまま職場へと向かう。
 結局昨日はアックスの言葉が気になって眠れず、かといってどうして良いのかも分からず攻略ノートをパラパラとめくった。この日の為に使ってきたノートは何度も読み返してボロボロであり、メモは汚い走り書きやかすれた部分もある。
 エンディングまでの流れを繰り返し読んでいるうちに夜が明けてしまった。
 ゲーム最後の大イベントとあって、俺の会話選択は一つのみ。アックスが俺に告白をした際の『はい』か『いいえ』だ。あとはアックスが俺の第一印象や好きな部分を語ってくれるので、それを聞くだけ。
「今夜、俺はアックスと……」
(今日は最高の日になるんだから、こんな暗い顔してちゃ駄目だ)
 そう自分に突っ込みつつも、俺は俯いたまま文官棟への道を歩いた。

「アインラス様、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
 執務室に入ると、シバはやけに落ち着いた様子だった。昨日のことを心配していただけに少し拍子抜けする。そして、いつもであればお茶を渡したタイミングで告白をしてくるのに対し、今日は何も言ってこない。シバの様子から、どうやらもう俺と付き合おうとは考えていないのだろうと分かった。
(俺にとってもシバにとっても、この方がいい)
 完全に上司と部下に戻ったのだと思うと、俺の中の恋心がチクリと痛む。
「今日だが、」
 最初に出会った頃のように淡々と仕事の内容を告げる上司に、部下らしく「はい」と返事をした。

「以上だ」
「分かりました」
「ああ、では頼む」
 今日は財政班の部屋に行く前に、各班に会議の書類を渡して欲しいと頼まれた。大きなテーブルに既に用意されているそれを見て、俺は頷いて部屋から出る為に扉の方を向く。そして一歩を踏み出した時、後ろから「セラ」と名前を呼ばれた。
 同時にカタンと音がする。不思議に思った俺が振り向こうとすると、背中から肩に掛けて熱を感じた。シバは俺を後ろからふんわりと抱きしめており、腕は俺を逃がすまいと胸辺りに置かれている。
「……アインラス様?」
「セラ、このまま聞いてくれ」
 シバの低い声が耳に響き、思わず頷く。
(な、何の話……?)
 こんな体勢で何を言うつもりなのか。身構えているとシバが言葉を続ける。
「今夜、私は君に最後の告白をする」
(最後の……)
 その言葉に、自分の行動と矛盾しつつも胸が締め付けられる。
「もし私に応じてくれるのなら、今夜九時に文官棟裏の馬小屋に来てくれ」
「……」
 シバが提示してきたのは、アックスと同じ時間と条件だった。
 俺が行くべきなのはもちろんアックスの待つ騎士棟の馬小屋であり、迷う必要はないのだが、俺は今すぐに返事をすることが出来ない。混乱して黙っていると、シバは「しかし」と付け加えた。
「もし来なかったら後悔するだろうな。今夜は、笑って泣けて驚き感動する告白を用意している」
「……え?」
 シバの言葉に、声が漏れて思わず振り返りそうになる。
「君の想像をはるかに超えるだろうな」
 どういうことかと聞きたくなってきたところで、シバは俺の身体をパッと離した。
「では、また夜に」
 シバはそう言って席へ戻った。
 心がざわついたまま、俺はテーブルの書類を手に執務室を後にした。
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