【改訂版】鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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第107話 ネックレスの行方

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「これを捨てろって言ったんですか?」
「ああ。私が弁償するから、それは捨ててくれ」
 ソファに座っているシバは俺の方を見ないまま、苦しげな声を出した。
 心臓がドクドクと鳴り、その場から動けない。そして頭には文官棟で聞いた女性達の声が響く。
『本気のお付き合いじゃないのかな?』
『遊びなんじゃない?』
 今言われたばかりのシバの言葉はあまりに衝撃的で、ぎゅっと手の中にある箱を握る。
 小さな青い宝石は、電気の下でも十分に輝いており、月明りに当てたらどんなに綺麗だろうか。それを二人で笑って見つめる予定だったが、シバは弁償してでもそれを受け取りたくないのだろう
「分かりました」
 そう言うと、明らかにホッとした顔をしたシバ。
 シバの瞳のような青い宝石。このまま部屋に置いていたら、シバに渡したいと何度も思ってしまうだろう。
 俺は窓辺に立ち、中身を掴むと悲しい気持ちのままそれを遠くに投げた。
 小さい粒は音もせず暗闇に消え、俺はそのまま窓辺で立ち尽くした。
「セラ、すまない」
 俺がじっと窓の外を見ていると、シバが後ろから抱きしめてきた。
(シバは俺の事が好きだ)
 それは理解している。この数日でシバの愛を何度も感じた。
 しかし、シバはお互いをモノで縛るような付き合いはしたくないのだろう。こちらの世界で恋人がいることを表すネックレスは、付けたくないと思ったようだ。
(一人で舞い上がって、俺って本当に子どもだ)
 今日はスマートにかっこよく渡すと決めていただけに、失敗してしまって恥ずかしく思う。それと同時に俺の気持ちとシバの気持ちの差を感じてしまい、胸がギュッと締め付けられた。
 背中に感じるシバの体温に期待してしまうのが嫌で、お腹に回った大きな手を退かす。
「セラ?」
「シバ、今日は帰って下さい」
「セラ、怒ったのか? 弁償はする」
「弁償は結構です。また今度会いましょう。今日はなんだか、気持ちの整理がつかなくて……」
 このままシバと話していたら泣いてしまいそうだ。
(今日明日で心の整理をして、また仕事が始まったらいつも通り過ごそう)
「帰ってください」
 絞りだした声は震えてしまい、予想していた通り涙で前がかすんできた。
「セラ、泣いてるのか?」
 俺が震えているのに気づき、シバは肩を掴んで自分の方へ振り向かせた。
 シバの焦った顔を見て、また彼を困らせてしまったと自己嫌悪の涙がボロボロ目から溢れる。
 シバは困った顔のまま俺を抱きしめる。
「セラ、泣かないでくれ」
 シバはそう言って抱きしめる手にぎゅっと力をこめた。
「ふっ、…、うぅ……離して、」
「セラ、私が悪かった」
 グッと喉が詰まり、胸がヒックヒックと上下した。
「…ぅ、シバは、悪くない、です…ッ。私が、シバとずっといたいって…好きって、ぅう、……伝えたくてッ、…っ、ごめんなさいッ、」
(泣きたくなんかなかったのに)
 俺の思いとは反対に、胸が詰まって視界が滲む。
「どういうことだ?」
 シバは俺の話の意図が分からないといった様子で、焦った声で聞き返してきた。
「いつかッ、また、ずっと先……シバが、私を、す、好きだったら、また渡しても、いいですか……ッ?」
 何度も詰まりながら言いきると、シバが俺の頬を両手で掴んだ。
「セラ、今捨てたのは私へのネックレスか⁉」
(え、なんでそんなこと……当たり前じゃん。この部屋には俺とシバしかいないんだから)
 涙が止まらないままこくりと頷くと、シバは「何だと!」と大きな声を出した。
「私はなんて勘違いを! セラ、泣かないでくれ。いや、違う。すまなかった」
 シバがここまであたふたしている姿は珍しい。悲しい気持ちではあるが、その貴重な光景を滲んだ視界で見つめる。
「セラ、聞いてくれ。私は、あのネックレスが自分に用意された物だと思わなかった。てっきり、トロント殿への贈り物かと勘違いしていたんだ」
(本気でそう言ってるの? なんでアックスへのプレゼントだって思うんだよ……)
 シバは俺の目を見つめる。
「私は馬鹿だ。話を聞かずに君を泣かせてしまった」
「シバ、……うぅ」
 シバは俺を再び抱きしめる。ネックレスを拒否されたのではないという安堵でさらに涙が溢れる。
 シバは再び泣き出した俺を抱きしめ背中をさすり、何度も何度も謝った。

「セラ、目は痛くないか?」
「もう大丈夫です……」
 赤く腫れているだろう俺の目を覗き込み、シバはちゅっと目元に唇を寄せた。
 あれから感情がぐちゃぐちゃなまま泣き続け、だんだんと気持ちが落ち着いてきた俺は、シバの腕の中でやっと冷静になれた。
「あの、なんでアックスに買ったものだと思ったんですか?」
「それは、」
 シバは先程までの心情を全て話した。
 メモによって、アックスと俺のデートの詳細を知って嫉妬したこと。
 そのメモが入った棚から出てきたネックレスの箱を見た瞬間、俺がアックス攻略の為に前から準備していたものだと勘違いしたこと。
 そして、アックスと結ばれる為に用意していたネックレスなど見たくないと思ったこと。
「セラ、私は嫉妬に駆られて君に酷い事をしてしまった」
「もういいんです」
 泣いて気持ちがスッキリしたのか、落ち着いた気持ちでそう言うことができた。
 シバが勘違いで捨ててくれと頼んだのだと知り、さっきの酷く悲しい気持ちも薄れつつある。
 シバに似合いそうな石だったので、少し残念ではある。しかし、あの宝石店には魅力的な商品が多数取り揃っており、今度また違うものを用意すれば良い。
(とは言っても結構値段はするから、またお金貯めないと)
「また用意するので、次は受け取ってください」
 そう笑顔で伝えると、シバが立ちあがって俺に告げた。
「今からネックレスを探しに行く。セラは先に寝ていてくれ」
 そう言うとシバは俺をソファに下ろした。そして部屋の窓から茂みの位置を確認すると、足早に外へ出て行ってしまった。

「シバ、部屋に戻りましょう。もう見つかりませんよ」
「セラは先に寝ていろ。私は必ずネックレスを見つける」
 シバは俺の部屋のある窓の方角に回り、茂みを捜索し始めた。明かりは手持ちの二つのみで頼りなく、部屋から洩れる光も外からだとぼんやりとしている程度で役に立たない。
 かれこれもう三十分は探し続けている。俺は、悲しかった気持ちも薄れ、今はどうにかしてシバを帰らせようと説得を続けていたのだが、シバはずっと茂みを手でかき分けている。
(あんな小さいもの、絶対見つからないと思うんだけど)
 これだけ諦めろと伝えても帰らないのだ。これ以上は言っても仕方がなさそうだ。
 真剣なシバの隣で、俺もネックレス探しに参加することにした。

 互いに背を向けて茂みを探っていると、シバが改まって俺に謝ってきた。
「セラ。先程は君を傷つけて、本当にすまなかった」
 もう謝らなくていいですよと俺が伝えようとした時、眩しい光が俺達を照らした。
「おい! 何をしている!」
 一体誰だろうかと目を凝らす。黙ってじっとしていると、光が下に向けられ、ゆっくりと誰かが近づいてきた。
「セラ? と、アインラス殿?」
 そこに立っていたのは、騎士服姿のアックスだった。
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