5 / 20
5.ルシアの研究
しおりを挟むそれからまた1年が経った。
魔草薬の売上は好調だった。1年の間に契約先とは強固な信頼関係を築くことができ、受注量は格段に増えていた。
ストックを売るだけでは追いつかなくなって、研究の片手間で販売する魔草薬を調合するようになったのだが、ディランにルシアは魔草薬の研究に集中して欲しいと言われて、簡単な調合は彼に任せるようになった。
ルシアはそのとき竜人族という種族のための魔草薬の開発に取り組んでいた。
竜人族とはルシア達の住む国に隣接する帝国と呼ばれる国に多く住む種族なのだが、最近ルシア達の住む国と帝国が友好国となったことで近所でもよく目にするようになっていた。
この世界には猿から人へと平凡に進化した人族と、その進化の過程で魔獣の血が混じった獣人族、竜の血が混じった竜人族がいる。
竜人族は猿から人となる過程の中で龍の鱗や血肉を食べたとされており、体に竜と同じ様な特性を持つ。
見た目はルシアのような人族よりも一回り男女共に体が大きく、腕っ節も強いのだが、性格は見た目に反して穏やかで優しく愛情深い人たちだった。
そして、愛情深いからこそ大きな問題を抱えていた。
それは番の強制力が強すぎるというものだった。
竜人族には番という概念が存在し、ほとんど夫婦やパートナーと同じ類のものだが、夫婦やパートナーよりも強制力が強い。
番になり得る対象は一人とは限らないが、一度ひとりを番だと認知するとその番から離れられなくなる。
それこそ番が亡くなった場合、番の遺骨を抱えたまま寂しく涙を流し後を追う様に生きるのをやめてしまうくらいに。
その話を聞いた時、ルシアは羨ましいと思った。
家族にさえろくに愛してもらえなかったルシアは誰でもいいからそのくらい強く思われてみたいと思った。
そして同時に、番が亡くなっただけで後を追う様に生きるのをやめてしまうなんて悲しいことなのだろうと思った。
側から聞いていれば素晴らしい純愛だと思うかもしれない。
でもルシアが当事者だったとしたら、そこまで深く愛し合った相手には笑って人生を終えてほしいと願うし、悲しみに暮れた最後を迎えさせてしまうことを悲しく思う。
年老いてほとんど寿命でなくなるならまだしも、子育て世代のまだ若い人が事故などで亡くなったとしたら。
子供を置いて両親がばたばたと亡くなるなんて考えただけでも辛くなる。
ルシアは竜人族が番を失っても番のことを考えながら残りの人生を楽しく生きていけるような、悲しみを和らげる魔草薬を作りたいと思っていた。
初めはディランはめずらしくその魔草薬の開発に反対していた。
番のためだけに生き、番のために死ぬ、それが生きがいのような彼らに対してそういった薬は必要ないのではないかと。
たしかにディランの意見は一理あって、ルシアの作ろうとしている魔草薬は余計なお世話なのかもしれないと思ったこともあったが、熱狂的な愛を好む獣人族ならまだしも、穏やかで優しい愛を好む竜人族が番の悲惨な死を望むとは思えず、ルシアは試作品でもいいからとりあえず作ってみたいと押し切った。
あまり賛同はしてくれなかったが、ルシアが竜人族についてたくさん調べて、心優しい彼らにはこの魔草薬が必要だと、そもそも選択の自由を持つことも大切だと、竜人族についての資料をかき集めて何度もディランに訴えかけるとそのうち納得して頷いてくれるようになった。
研究がさらに忙しくなるとルシアは研究を頑張ってほしいからと、納品する魔草薬の作成は全てディランが請け負ってくれるようになった。
少し難しい作業や面倒くさい工程もあるため、任せっきりにするのは申し訳ないと言ったのだが、大丈夫だから言われて試しに任せたところ、家事を任せた時のように質の高いものを納期まで余裕を持って作り切ってしまい、何も言えなくなってしまった。
子供なのに子供らしくない。どうしてディランはここまでなんでもできてしまうのだろうと不平等に感じた。
ディランを拾った時は訳あり少年の駆け込み寺になろう思い保護したのに、結局、家事を全て任せ、お金稼ぎのための魔草薬作りも全て任せ、ルシア自身は好きな研究に没頭するというルシアにとって素晴らしい環境になってしまい、もはやルシアが至れり尽くせり住み心地の良い場所を用意され保護されている状態だった。
時に、なんでも頼みすぎている気がして、息抜きも大切だからもっと自由に好きなことをしていい、この家にいてもいいし、窮屈ならば資金は出すから家から出て外の世界を見に行ってもいいと伝えたこともあったが激しく動揺し絶対に家からは出ないと言われた。
その言葉どおり、それから数日は本当に買い物にも行こうとせず、暗い顔で黙々と家にこもって家事をしていて、ルシアの方が悪いことをしたような妙な居心地の悪さがあった。
度々ちょっとしたハプニングや事件なんかはあったが、そこまで大きな問題となることはなく、穏やかな時間が過ぎて気づけばルシアが別荘で暮らし始めて11年。
ディランを拾ってから6年の月日が流れていた。
その間実家からの連絡はほとんどなく、安否確認なんかもない。とうの昔に雀の涙ほどの仕送りも途切れていて、なぜ途絶えたのかと問い合わせる手紙を送っても返事が返ってくることはなかった。
魔草薬を売り捌いて生計を立てれるようになったから、どうにか食いつないでいるがそれがなかったらどうなっていたのだろう。
ルシアなど生きる価値もないと言われているような気がして息をするのが面倒くさくなる。
幸い寂しくはなかった。寂しいという感情はここに来る前に無くしてしまった。家族の顔も朧げにしか思い出せない。薄情だとルシア自身も思ったが、実家の人間にはただ自分と血の繋がった人間というだけの認識しかもてなくて、すでにルシアの家族はディランだけだった。
だから、その日その手紙が届いた時はルシアはひどく驚いたのをよく覚えている。
ルシアはその手紙をもらってどうすれば良いのかひどく悩んだ。
それは実家からの手紙で、手紙の内容は俄に信じ難いものだったが、ルシアと今後の生活について腹を割って話がしたいと書かれていた。ことによってはまた実家でみんなで暮らそうとも。
何を今更と、思う気持ちと、まだ心のどこかに残っていた家族に憧れる気持ちが混ざりあって結局は一度実家に帰ることにした。
ディランには詳しく話したりはしなかった。
ディランに話せないことがあるように、ルシアにもあまり人に言いたくないことがある。
突然王都に3日ほど行くと言うとディランは躊躇うことなくついて行くと言ったためどうにか理由をつけて断った。
実家に帰って羽を伸ばしたいのだと告げると、それでも粘りはしたがディランは不服そうにしながらも許してくれた。
変な人にはついて行ってはいけません。変なものは食べてはいけません。生活リズムを崩してはいけません。
出発する当日まで耳にタコができるほど言われ続けたが素直に頷いていたら無事にルシアは実家に帰ることができた。
聖水をぶち撒け、ディランに素肌を見られた一件からルシアは身嗜みにもそれなりに気をつかうようになっており、ちゃんとしたドレスは何着か持っていたため、伯爵令嬢として恥ずかしくない姿で実家の門をくぐることができた。
8
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる