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5.ルシアの研究
しおりを挟むそれからまた1年が経った。
魔草薬の売上は好調だった。1年の間に契約先とは強固な信頼関係を築くことができ、受注量は格段に増えていた。
ストックを売るだけでは追いつかなくなって、研究の片手間で販売する魔草薬を調合するようになったのだが、ディランにルシアは魔草薬の研究に集中して欲しいと言われて、簡単な調合は彼に任せるようになった。
ルシアはそのとき竜人族という種族のための魔草薬の開発に取り組んでいた。
竜人族とはルシア達の住む国に隣接する帝国と呼ばれる国に多く住む種族なのだが、最近ルシア達の住む国と帝国が友好国となったことで近所でもよく目にするようになっていた。
この世界には猿から人へと平凡に進化した人族と、その進化の過程で魔獣の血が混じった獣人族、竜の血が混じった竜人族がいる。
竜人族は猿から人となる過程の中で龍の鱗や血肉を食べたとされており、体に竜と同じ様な特性を持つ。
見た目はルシアのような人族よりも一回り男女共に体が大きく、腕っ節も強いのだが、性格は見た目に反して穏やかで優しく愛情深い人たちだった。
そして、愛情深いからこそ大きな問題を抱えていた。
それは番の強制力が強すぎるというものだった。
竜人族には番という概念が存在し、ほとんど夫婦やパートナーと同じ類のものだが、夫婦やパートナーよりも強制力が強い。
番になり得る対象は一人とは限らないが、一度ひとりを番だと認知するとその番から離れられなくなる。
それこそ番が亡くなった場合、番の遺骨を抱えたまま寂しく涙を流し後を追う様に生きるのをやめてしまうくらいに。
その話を聞いた時、ルシアは羨ましいと思った。
家族にさえろくに愛してもらえなかったルシアは誰でもいいからそのくらい強く思われてみたいと思った。
そして同時に、番が亡くなっただけで後を追う様に生きるのをやめてしまうなんて悲しいことなのだろうと思った。
側から聞いていれば素晴らしい純愛だと思うかもしれない。
でもルシアが当事者だったとしたら、そこまで深く愛し合った相手には笑って人生を終えてほしいと願うし、悲しみに暮れた最後を迎えさせてしまうことを悲しく思う。
年老いてほとんど寿命でなくなるならまだしも、子育て世代のまだ若い人が事故などで亡くなったとしたら。
子供を置いて両親がばたばたと亡くなるなんて考えただけでも辛くなる。
ルシアは竜人族が番を失っても番のことを考えながら残りの人生を楽しく生きていけるような、悲しみを和らげる魔草薬を作りたいと思っていた。
初めはディランはめずらしくその魔草薬の開発に反対していた。
番のためだけに生き、番のために死ぬ、それが生きがいのような彼らに対してそういった薬は必要ないのではないかと。
たしかにディランの意見は一理あって、ルシアの作ろうとしている魔草薬は余計なお世話なのかもしれないと思ったこともあったが、熱狂的な愛を好む獣人族ならまだしも、穏やかで優しい愛を好む竜人族が番の悲惨な死を望むとは思えず、ルシアは試作品でもいいからとりあえず作ってみたいと押し切った。
あまり賛同はしてくれなかったが、ルシアが竜人族についてたくさん調べて、心優しい彼らにはこの魔草薬が必要だと、そもそも選択の自由を持つことも大切だと、竜人族についての資料をかき集めて何度もディランに訴えかけるとそのうち納得して頷いてくれるようになった。
研究がさらに忙しくなるとルシアは研究を頑張ってほしいからと、納品する魔草薬の作成は全てディランが請け負ってくれるようになった。
少し難しい作業や面倒くさい工程もあるため、任せっきりにするのは申し訳ないと言ったのだが、大丈夫だから言われて試しに任せたところ、家事を任せた時のように質の高いものを納期まで余裕を持って作り切ってしまい、何も言えなくなってしまった。
子供なのに子供らしくない。どうしてディランはここまでなんでもできてしまうのだろうと不平等に感じた。
ディランを拾った時は訳あり少年の駆け込み寺になろう思い保護したのに、結局、家事を全て任せ、お金稼ぎのための魔草薬作りも全て任せ、ルシア自身は好きな研究に没頭するというルシアにとって素晴らしい環境になってしまい、もはやルシアが至れり尽くせり住み心地の良い場所を用意され保護されている状態だった。
時に、なんでも頼みすぎている気がして、息抜きも大切だからもっと自由に好きなことをしていい、この家にいてもいいし、窮屈ならば資金は出すから家から出て外の世界を見に行ってもいいと伝えたこともあったが激しく動揺し絶対に家からは出ないと言われた。
その言葉どおり、それから数日は本当に買い物にも行こうとせず、暗い顔で黙々と家にこもって家事をしていて、ルシアの方が悪いことをしたような妙な居心地の悪さがあった。
度々ちょっとしたハプニングや事件なんかはあったが、そこまで大きな問題となることはなく、穏やかな時間が過ぎて気づけばルシアが別荘で暮らし始めて11年。
ディランを拾ってから6年の月日が流れていた。
その間実家からの連絡はほとんどなく、安否確認なんかもない。とうの昔に雀の涙ほどの仕送りも途切れていて、なぜ途絶えたのかと問い合わせる手紙を送っても返事が返ってくることはなかった。
魔草薬を売り捌いて生計を立てれるようになったから、どうにか食いつないでいるがそれがなかったらどうなっていたのだろう。
ルシアなど生きる価値もないと言われているような気がして息をするのが面倒くさくなる。
幸い寂しくはなかった。寂しいという感情はここに来る前に無くしてしまった。家族の顔も朧げにしか思い出せない。薄情だとルシア自身も思ったが、実家の人間にはただ自分と血の繋がった人間というだけの認識しかもてなくて、すでにルシアの家族はディランだけだった。
だから、その日その手紙が届いた時はルシアはひどく驚いたのをよく覚えている。
ルシアはその手紙をもらってどうすれば良いのかひどく悩んだ。
それは実家からの手紙で、手紙の内容は俄に信じ難いものだったが、ルシアと今後の生活について腹を割って話がしたいと書かれていた。ことによってはまた実家でみんなで暮らそうとも。
何を今更と、思う気持ちと、まだ心のどこかに残っていた家族に憧れる気持ちが混ざりあって結局は一度実家に帰ることにした。
ディランには詳しく話したりはしなかった。
ディランに話せないことがあるように、ルシアにもあまり人に言いたくないことがある。
突然王都に3日ほど行くと言うとディランは躊躇うことなくついて行くと言ったためどうにか理由をつけて断った。
実家に帰って羽を伸ばしたいのだと告げると、それでも粘りはしたがディランは不服そうにしながらも許してくれた。
変な人にはついて行ってはいけません。変なものは食べてはいけません。生活リズムを崩してはいけません。
出発する当日まで耳にタコができるほど言われ続けたが素直に頷いていたら無事にルシアは実家に帰ることができた。
聖水をぶち撒け、ディランに素肌を見られた一件からルシアは身嗜みにもそれなりに気をつかうようになっており、ちゃんとしたドレスは何着か持っていたため、伯爵令嬢として恥ずかしくない姿で実家の門をくぐることができた。
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