いきなり婚約破棄されましたが、ちょっと待って下さい

谷川ベルノー

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3 悪意にさよなら

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「お前との婚約は破棄──」

「コンヤ様のフリをするなんて…… 恥を知りなさいっ!!」

 腹の底からの一喝。
 怒りの大声は空気を震わせ、肉食獣の如き咆哮を相手にくらわせた。

「ソ、ソンナ? いきなり何を言ってるんだ?」

「正体なら、分かっているわ。
騙るだけ時間の無駄よ」

 そう言って、ソンナは相手の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 コンヤの目は、いつもならば澄んだ空の如く青く美しく輝いている。
 だが、今日の彼の瞳は灰色の雲に覆われているかのようにどんよりと曇ってしまっている。
 それは、どう見ても明らかな異常。

「その醜悪な気配で分からない筈がないでしょう」

「チッ!」

 舌打ちをするなり、コンヤの周囲に黒く怪しい霧が噴き出していく。

「俺様の正体に気付いたとはぁ。随分と感の良い奴だなあぁ?」

 獲物に巻き付く蛇のようにコンヤの周囲に漂いだしたソレには、人間的な目と口が付いており、濁った声で苛つきをぶつけてくる。

 ソンナが思っていた通り、相手が偽物であるのは明白。
 但し、意識の方はという言葉が付く。
 何故なら、身体自体はコンヤ本人のものであるのだから。

「やっぱり、感じ取ったとおり悪霊だったわね。
しかも、質が悪い種類の」

 悪霊。
 それは、この世に未練を残して死んだ者の魂が邪悪な存在へと変じたもの。
 ソレがコンヤ様に取り憑いて、私へ婚約破棄を言い出したのだ。

「婚約破棄だけが目的?
それとも、他に何かやりたいことでもあるのかしら」

「俺様は、お前等のように幸せで仲睦まじい奴等が妬ましいぃ。
だから、不幸にしてやろうと思ったのによおぉ」

 この世の全ての幸福が忌々しいとばかりに怨み言を吐き捨て、こちらを睨みつけてきた。

 悪霊は、己の抱える怨念のままに行動する。
 つまり、幸福を妬んでいるのは生前に何らかの不幸があって死んだからではないか? と推測が出来てしまう。

(そうであろうとなかろうと構わない。
八つ当たりの憂さ晴らしに、私達を選んだことを後悔させてやろうじゃないの……!)

 どんな事情があれ、愛する者を貶める者に容赦なんてしてやるものか。

「コンヤ様に取り憑き悪事を成そうとした不届き者よ! 私、容赦は致しませんわ!!」

 胸に怒りの炎を燃やし、高々と宣戦布告。

「あぁんっ!? 出来もしないことを偉そうに言ってんじゃねえよおぉ────!
ひ弱そうなお嬢ちゃんが、どうやってこの男を助けるってんだぁ?
ゲッヒャッヒャッヒャ────!!」

「……」

 相手の下卑た挑発なんて無視。
 ただひたすら、コンヤ様を助けたいという思いと目の前の敵を屠る魔力を拳に込めていく。

「はあぁっ! 悪霊退散っ!!」

 振りかぶって解き放ったのは、輝かしい真っ白な閃光。
 それが、男の身体を貫き。
 黒い霧のような怨念だけを吹き飛ばした。


「ぐっ、ぐわああああぁぁぁ──────!?」

 霧状の顔が激しく歪み、苦悶の悲鳴を上げながら掻き消えていく。

「悪しき霊よ! この世から去りなさい!!」


 ドブ川の如く濁りきった魂を浄化したことにより消し去った。
 後には、コンヤが倒れているのみ。
 ソンナは慌てて駆け寄り、力強く揺さぶり続ける。

「大丈夫ですか! しっかりして下さい!!」

 手加減はちゃんとしている。
 外傷も見られない。
 だから、大丈夫。
 そう分かってはいるものの、どうしても心配になってしまう。

「……うっ、うぅっ……」

「コンヤ様! あぁ、良かった」

「……ソンナ? 俺は、一体……」

 頭痛でもするのだろうか。
 額に手を当てながら、コンヤは身体を起こした。

「覚えていないのですか? 通りすがりの悪霊に取り憑かれていたのですよ」

「悪霊に……ハッ! き、君に危害は!? 何か卑劣な真似をされたのではないのか!?」

「悪さをする前に退治したので、心配なら無用ですわ」

「ソンナ……ありがとう!!」



 婚約破棄なんて、なかった!!

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