上 下
1 / 9
プロローグ

出会いは最低!?お前とペアなんか組みたくない!

しおりを挟む

「雑用!早く買ってこい!」
「頼んだ制服の洗濯は?新しいのを着たいのだが」
「明日の遠征の準備だ!テントを10、整備して出しておけ!」

「はい!すぐに!」

…これって騎士の仕事なのか?
砦の一般職員より働いてないか?俺…。

全ては騎士団の入団試験日から始まったこと。
この日の選択を間違えていなければ…と思うが、後の祭り。

誰か、この境遇を変えてくれないかな…。


---


俺の名前はダグラス。20歳。


魔物の国に面した、北の国境出身の田舎者だ。

近くの山で採掘される魔石で成り立っている村だが、寒さで作物は育ちにくいし、小型の魔物が現れるしで、決して良い環境ではなかった。


そんな生活が一変したのが10歳頃。

大物の魔物退治で村に滞在していた騎士様が、俺に魔力の才能があると見抜いたのが始まりだった。

「お前、平民にしては魔力が高いな?訓練すれば騎士になれるかもしれないぞ!」

金髪の俺は土魔術が使えるはず…だが、一般的に平民は魔術を使えるほど魔力が高くないので、試した事がなかった。

ただ、魔術を使うには能力とセンスが必要で、騎士様に教えてもらったが上手くいかなかった。
元々魔術を使うのは女性が得意だしな。

その代わり、大半の男は身体に魔力を纏わせ、筋力や瞬発力を上げるのが得意だ。
俺も例に漏れずこっちのタイプで「剣士」としての戦い方を教えてもらった。

「ボウズ、15歳になれば騎士団の入団試験が受けられる。国境の砦に受けに来い!」


それから騎士を目指し自主訓練を重ねた。
畑を狙って現れる小型の魔物は簡単に倒し、また森に入れば大きな動物も狩れるようになったので、村は俺のおかげで急速に潤ったのだ。



---


そして念願の15歳。

騎士を目標に5年間修行し、ついに明日が試験日となった。


村人からは「危険だ」「命を粗末にするな」などと散々“行くな”と言われたが、俺の決意は変わらなかった。

そんな中、両親が「あなたの好きなように生きなさい」と言ってくれたのが救いだった。

試験に合格すればそのまま入団、砦に住み込みになるので、当分村には帰って来られない。

俺がいなくなれば、また前の魔物に怯える暮らしに戻るのだろう…。
心配で心苦しいが、騎士を目指して訓練してきたのだ。
挑戦しないという選択肢はない。

家族や友人に別れを告げ、村を出た。


北の国境に砦は3つ、右・中央・左とあるが、村から一番近いのは中央砦だ。

中央砦の南側には、騎士を相手に商売する者達が勝手に住み着いた集落があり、その規模は町と遜色ないレベルに達しているらしい。俺は行ったことがないけれど。

幸い隣の村から砦に向かう辻馬車があるので、それに乗って向かう。

遠目に砦が見えた時はその大きさに驚き、そして近付くにつれ見えてきた、砦の足元にある広い町並みに驚いた。
建物は簡易的な作りだが、人数が多く活気がある。
また集落の南の平原には広大な畑が作られ、寒さに強い作物がたくさん植えられていた。
…これで町として認定されていないなんて。俺の村の10倍の規模はありそうなのに。


集落の中にある、砦を訪問した人向けの宿に泊まり…
朝、列に並んで砦の門を潜った。

騎士団に所属する方法は2通りある。
1つが莫大な金が必要で、必然的に上位貴族や豪商の子供のみとなる“騎士学校を卒業する”こと。
もう1つが今から受ける“入団試験に合格する”ことだ。

この入団試験に受かるのは、生まれつき魔力が高く、家庭教師をつけられる下級貴族や裕福な商人がほとんどだ。
ただ、稀にいる魔力の高い平民も受かるので、ダメ元で受けに来る人達が意外と多いらしい。

まぁ魔力が一定値以下なら、砦の門の前で文字通り“門前払い”を食らうのだが。


魔物が増え出した昨今、門を通れれば大抵は受かるらしい。
それを知らない俺は、門を潜ってすぐに案内された「入寮受付」の文字に驚いたのだが。

家庭教師に基礎を習っている者は、剣士希望なら試験官と手合わせを、術師希望なら魔術を見せる。

そして魔力が高いだけの基礎がない平民は、別枠で教育される。

「君はどうする?基礎は知らないようだが、魔物を討伐していたんだろ?王都で訓練か、ここで基礎を学ぶか、選べると思うが?」
「出来れば教育ではなく、実戦に出たいです」
「分かった。そのように手配しよう」

…この選択が最悪だったのだが…。
この時の俺は、戦った事のない奴らと一緒にされたくないと思ってしまったのだ。


この日の合格者は25人。
内20人は基礎が出来ているので、王都の本部で他の新人と合流し、騎士団の新人訓練に入る。

そして残りの4人は基礎のない平民なので、砦で事務をしている引退騎士にマンツーマンで教えてもらう事となった。

残りの俺は、魔物討伐に行く騎士の補佐。希望通りの実戦組だ。


…この時点で「騎士学校卒」と「入団試験組(基礎あり)」は一般的な“騎士団”に所属し、
俺達「入団試験組(基礎なし)」は“砦所属”となり、その扱いは雲泥の差…ということに気付ければ、何が何でも王都行きを希望したのに…。



特に実技を見せる事なく入団した俺は、次の日から補佐という名の「王都から派遣されてきた騎士の使いパシり」として扱われる事になった。


…他の4人と違ってまともな訓練も受けられないので、我流のまま基礎すら学べず。
騎士のパシりで砦の外の集落に買い出しに行かされ、剣や防具の手入れを押し付けられ。
更には砦付きで働いている年配の引退騎士から、食堂の食材買い付けや馬の世話、共同部分の掃除を頼まれるようになり。


そんな生活を続けて早5年。

いつしか誰もが「ダグラスは砦の雑用係」と認識するようになってしまっていた。



---


「おい、雑用!馬繋いで世話しとけ!」

魔物討伐から帰ってきた平民の“砦所属”の後輩騎士が、俺に向かって偉そうに命令する。
俺だって最初は“指導”をしていたが、後輩が育ち討伐に出る頃には周りの王都騎士から「雑用が偉そうにするな」という目で見られ、口を噤むしかなかった。

王都騎士は半年滞在すれば入れ替わるので、俺と後輩の関係を知らないのだ。
毎回説明する訳にもいかないし、その労力が無駄なので、もう後輩の好きなようにさせている。

「聞いてるのか?返事ぐらいしろよ!」
「はい、分かりました…」

馬を引いて歩き出すと、事情を知っている砦所属の騎士達が憐れみの目で見てくるが、誰も助けてはくれない。
砦所属の騎士達もまた、王都騎士達に劣等感を抱いているので、波風を立てたくないのだ。




そんなある日。
中央砦の部隊長が変更される事となった。

今まで勤めていた部隊長は高齢で、今後は引退騎士として王都の事務に携わるらしい。
この5年間、全く接触がなかったので、寂しいとも何とも思わないが。

ただ俺を騎士として入団させたのはこの部隊長だ。
その後いくら要望書を出しても、この扱いを改善してくれなかった事には腹を立てているけどな!

…次は要望書を読んでくれる部隊長を希望したい。



「俺はアドルフ・ラゾルテ!騎士団長のジーク・ラゾルテの息子だが、実力で部隊長に任命された!親は関係ない!今までの部隊長と同じように、1人の騎士として接してくれ!」

騎士団長の息子だって?
まだ20歳らしいぞ…

砦の中ある、広い訓練場に集められた騎士達がざわめく。
濃い赤髪に翠の瞳。
ガッシリとした騎士の中でも更に逞しい身体は、見るものを威圧する。

「静かに!王都から派遣している騎士は半年で入れ替わるが、砦付きの者達にたるみが見られると聞いている!俺は甘くない!そのつもりで任務に着け!」

この人なら、俺の今の状況を打破してくれると思った。




その予感は的中し、アドルフは雑用をしている俺に直接声をかけ、現状を知り、剣士として再出発させる事を誓ってくれた。

講師は手の空いている王都騎士や、時にはアドルフ自ら手合わせをしてくれた。

俺もアドルフも同じ20歳。
いつしか親友のように仲良くなっていた。



そして21歳。剣士デビューの日。
…のはずだったのだが。俺のペアとなる術師が見つからない。

騎士とは、剣士と術師の2人ペアで動く。
イレギュラーな動きの多い魔物相手に隊列攻撃は有効ではなく、少人数で個別撃破が基本戦術となる。
そのため、剣士が魔物と対峙し、引き付けている間に術師が魔術で仕留めるのが一般的なのだ。

「すまん、ダグラス。今この砦にいる術師で、お前に合うヤツがいなくてな…」

アドルフが申し訳なさそうに伝えるが、それは仕方ない。
何故なら王都から来る騎士は、初めからペアで来るのだ。

ペアとはお互いの得意戦術を熟知し、どんなパターンでも瞬時に合わせられるように訓練を重ねてきているので、簡単に変更出来るものではない。

王都の新人達が1年かけて訓練するのも、ペアの戦術を練って実用レベルにまで上げるのにこれぐらいかかるそうだ。

「仕方ないさ、そもそも砦付きの騎士が少ないからな。術師となれば更に少ないだろ?」

砦に入団試験を受けに来る平民はほとんど男で、皆魔術が上手く扱えず、剣士となってしまう。
なので、たまにいる術師は取り合いとなり、優秀な剣士しかペアになれないのだ。
残りの剣士は魔物討伐のキャンプ設営に回される。(キャンプにも魔物は現れるので、決して安全という訳ではないが)

前に俺を貶した後輩騎士も“そう”で、毎回キャンプ設営に行っている。
俺もその中に加わるのか…と思うと気が重かったが、砦の中で雑用の日々はもう御免だった。


---


それから1年。22歳。


毎回キャンプ設営だが、元々の雑用スキルから一番“使える”人員となっていた。
力があり、更に手際が良いので、1人で何人分も動ける。
剣士としての能力も高いので、時々出てくる魔物も1人で楽々倒せる。
王都から来ている騎士も「次の術師はダグラスに充てられるな」と言う程になった。

だがその術師が“砦所属”で入団しない。
皆基礎があるので、王都に行ってしまうのだ。

今年はダメだったので、また来年に期待しよう…と思っていた矢先。


アドルフから部隊長室に呼び出された。





「わざわざ正式に呼び出して、どうしたんだよ?いつもみたいに食堂で話せばいいじゃないか?」

アドルフは気さくで畏まらず、いつも一般騎士と同じように生活している。
その分、騎士達との距離も近く、要望などはすぐに改善されるので皆喜んでいるのだ。

「ダグラス…いやそれが、頼みたい事があってな…」

闊達なアドルフにしては、モゴモゴと言葉を濁し、そわそわと落ち着かない。

「本当にどうしたんだよ…?」

アドルフの態度を不審に思っていると…

「ふぅん?キミがダグラス?冴えないし、使えなさそうだなぁ…」

急に真後ろから声がした!

2人しかいない部屋なのに!と、慌てて振り返ると…濃く深い緑の髪に、紫の瞳の少年が。
この国では珍しく肌の色が少し黒いので、エキゾチックな魅力を感じる。
そして、人形のように整った綺麗な顔に思わず見入ってしまう。

「ユィスティル!影から来るのは反則だろ!?」
「だって、中々アドルフが呼んでくれないからさ。キミが悪いんだよ?」

少年は無断侵入に悪びれもなく、ソファーにドサリと腰掛ける。
繊細な見た目と裏腹に、その態度はぞんざいで、中々傲慢そうだ。

影から出てきたって事は闇魔術を使えるのだろうが…
その若さで難しい術を使っている事に、違和感を覚える。

「ボウズ、入ってくるな。今は俺がアドルフと喋ってるんだ。用事があるなら後にしてくれ」
「へぇー!このボクに物怖じせず話せるんだ!本当の強者か、よっぽどの鈍感か…。まぁ間違いなく後者だろうね」

足を組んで肩を竦めるポーズをされる。…バカにされている。

「あと、人は見た目で判断しない方がいいよ?ボク、多分キミより年上だからね」
「はぁ?バカ言うなよ!?俺は22歳だ!」

吼えた俺を一瞥し、フンッと鼻を鳴らした。

「ほーら、年下だ。ボクはエルフの血を引いてるのさ」

そう言いながら髪をかきあげると…一瞬見えたのは尖った耳。
確かに、エルフの特徴はこの耳と、光か闇属性の適正が出やすい事だ。
闇魔術を使っている時点で気付くべきだったな…。

自分の迂闊さにぐうっと息を詰めていると、ヤツは俺を無視した形でアドルフと話し出した。

「本当に、あの計画にコイツを入れるの?こんな鈍感なの、見付かったら終わりなんだけど?」
「…俺も反対なんだが…。でも他に適任がいなくてな…」
「…まぁ確かに、騎士っぽさは皆無だよね…」

筋肉の付く5年間を雑用に取られたせいで、俺の身体はあまり見た目の筋肉が付かなかった。しかも身長は周りよりも高いので、対比で余計にヒョロガリに見えてしまう。
もちろん力は十分にあるので、剣士としては問題ないんだけど。

「逆に何も教えず、自由に行動してもらうのもアリかな?他に合う人もいなさそうだし、コレで我慢してあげるよ」
「…頼む、バレないように最後まで守ってやってくれ。俺の大切な友人なんだ」

アドルフが少年(に見える)に頭を下げる。

「ちょっと待て!何の話だよ?俺の事か?」

少年がこれみよがしに溜め息をつき、首を振る。
アドルフが俺に向き直り…

「ダグラス、彼は君のペアになる術師だ。とても強く、頼りになる。色々学ばせてもらえ」
「えっ、ウソだろ!?マジかよ…!コイツとかありえないだろ…!」
「キミ、本当に何も聞かされてないんだね…。アドルフに信用されてないみたいでさ、可哀想になってきたよ…」
「ユィスティル!ちょっと黙っててくれ!」

アドルフが真剣な目をして俺を見る。

「…本当は先に話そうとしていたのだ。本部からの要請で、王都騎士団に出入りしたことのない人物を1人送ってくれと言われてな。砦所属のメンバーを考えた時に、頼めるのはダグラスしかいなくて…」
「…後輩とか、他のメンバーは?」
「実力が足りなかったり、素行が悪すぎたり、自信に欠けていたり。王都騎士との折り合いがつきそうなのがダグラスしかいない。事後報告になって悪いが、引き受けてくれないか…?」

先に部隊長室に呼ばれていたし、話そうとしてくれていたのは確かだろう。途中で邪魔が入っただけで。
それに、俺を救ってくれたアドルフの頼みなら引き受けたいと思う。

「俺が役立てるなら、是非使ってくれ。砦にいてもキャンプ設営しか出来ないしな」
「…そうか!助かる!ありがとう!」

俺とアドルフが友情の再確認をしていると…

「えっ?何キミ、キャンプ設営しかしたことないの?もしかしてペア組んだ事ない感じ?」

横から茶々が入った。

「お前さっきからうるせーな!砦は術師が足らないんだよ!」
「ユィスティル。それは砦所属なら誰でも同じだ。それを承知で親父から引き受けたんだろ?」
「そうだけどさぁ!ボク、新人の面倒見る程、ヒマじゃないんだけど!」
「作戦に入ればペアは関係ない。今回は便宜上だから連携を考えなくても、フォローしてくれればそれでいい。その為の“ユィスティル”だろ?」
「そりゃそうだけどさ…」

ぶつぶつ言いながらごろんとソファーに寝転ぶ。
どれだけ態度がデカイんだ、コイツ。

「と言うわけだ、ダグラス。とりあえず表面上はユィスティルとペアを組んでくれ。詳しい事は後で話す。今はこれで納得してくれ」
「…コイツは嫌だ、と言いたいけど…それじゃあアドルフが困るんだろ?分かったよ。けど、そもそもコイツは誰なんだ?」
「ユィスティル様だよー!キミなんかに名前は呼ばれたくないけどさ、今回の作戦上コードネームが必要なんだよね。「ユーリ」とでも呼んでもらおうかな」

仰向けのまま、こちらを見もせず言い放つ。
怒りも募るが…それより諦めの感情が勝った。

「…アドルフ。俺、コイツと上手くやれる気がしないんだけど…」
「コイツじゃなくて「ユーリ」。咄嗟に呼べないと困るから、今からちゃんと覚えてよね、おバカちゃん?」
「ユィスティル!いい加減にしないか!作戦の仲間だぞ!?」

“ユーリ”はソファーから身を起こすと…

「はいはい!精々ボクの足を引っ張らないでね、ダグラス。あと、その見た目はダサ過ぎて王都で浮くよ?何とかしておいてね」

影に消えて行った。

「…」
「…」
「アイツ、何だったんだ…」
「すまん、騎士団長の親父から命令を受けたと聞いていたから、もっと前向きに協力してくれるものだと思っていたのだが…」




こうして、俺の騎士人生で初めてペアを組むことになった。


…相手がアレじゃなければ喜べたのに!

アドルフの為に仕方なく…だからな!


しおりを挟む

処理中です...