上 下
2 / 9
第1章・王都に向かって

茶が不味い!?文句があるなら飲むな!

しおりを挟む



“ユーリ”と遭遇して一週間後。

俺とアドルフは王都に向かう事になった。


確かに俺の髪型も、持っていた服も、田舎者丸出しでダサかったので、アドルフや王都から来た騎士達のアドバイスを受けて“王都風”にしてもらった。

「ダグラス、背も高いし様になっているぞ。それで王都を歩いてもおかしくない…どころか、女性から声を掛けられるかもな」

ガチムチで強面のアドルフが、ちょっと羨ましそうに俺を見ている。
自分では分からないし、騎士としてはアドルフの体格に憧れるんだけど。

「そうなのか?ヒョロいから無理だろ。アドルフの方がずっと頼りになるぜ?」
「…“頼りになる”と“モテる”は違う。女性に受けるのは確実にダグラスだな…」

自分で言ってて凹んだらしい。…なんだか悪いな。






王都へは騎乗で4日かかるが、今回は俺の荷物が多いので、幌馬車でゆっくり行く事にした。倍の8日の旅だ。

「忙しいのに悪いな。砦を長期間空けて大丈夫なのか?」
「副部隊長に任せてあるから大丈夫だ。それに俺も久しぶりに実家に帰れるからな、長期休暇としてゆっくりさせてもらうつもりさ」

舗装されていない道を、馬車に揺られながら進む。
1日目でお尻が痛くなりそうだ…。

「下に布でも敷くといいぞ」

アドルフにアドバイスをもらい、服の入った袋を敷いた。こりゃ楽だ。

「さて、作戦についてだが…」


アドルフは所々言葉を濁しつつ、今回の概要を教えてくれた。



このローベルト王国には唯一神を崇める「教団」と、魔物を討伐する「騎士団」が存在する。

ところが教団は“魔物は神の力で浄化され、皆が神を信仰すれば魔物はいなくなる”と主張し、信仰せずに討伐する騎士団を疎ましく思っている。

また王家も、過去の賢王が作り民衆から支持を得ている騎士団を潰したいと思っており、利害が一致している王家と教団が手を組み、騎士団に嫌がらせをしているのだ。

と、ここまでは全国民が知っている事なのだが…

ここからがシークレット。


王家と教団が自分達の株を上げる為に、民衆を犠牲にする“自作自演”を行うようになってきた。

自然災害に見せかけた事故を起こし、巻き込まれた人を必死に助けるパフォーマンスをしてみせたり。

前回は落石で塞がれた道を、偶然居合わせた王家の人が強い魔術で粉砕するという事をやってみせたが、その落石に巻き込まれ人が死んだ。

つい最近は教団が魔物を生け捕りにし、王都で放ち暴れさせ、それを王家が仕留めるというパフォーマンスをする予定だったようだ。
情報を掴み、直前で止められたのは幸いだった。
でなければ国境から離れた王都で魔物が出るはずはなく、人々はパニックに陥っていたことだろう。

そして今回、また何か大きな事を計画しているようなのだが…
その尻尾が全く掴めず、正攻法で調査をしていても無理なので、囮を使う事にしたのだ。

「その囮役を、教団に顔が割れていないダグラスにやってもらいたい」
「えっ?俺が囮!?演技とか無理だぞ!」

いきなりの提案でビックリしてしまった。

「いや、難しくはない。ただダグラスはゴロツキ役をやってもらうから、そのつもりで頼む」
「ゴロツキ?なんでまた…」
「教団が街のゴロツキに金を渡して、事件を起こしている。が、教団の影を全く感じさせず、置かれるのは無記名の指示書と金のみ。この指示に従うと更に金が貰えるらしくてな…。その繰り返しで、いつの間にか大きな事件を起こすって寸法だ」
「味を占めて指示に従うって訳か…」
「ああ、最初はスリ程度から始まり、徐々に大きな罪になっていく。その頃には報酬の金にしか目がいかない。ゲーム性もあり、一種の洗脳に近いな…」

アドルフは大きく溜め息をついた。

「国民を巻き込んでのいがみ合いなんて無意味だ。俺は騎士団を解体してもいいと思っているんだがな…。でも教団は自分達の利益ばかりを追及して、国民を守ると思えない」
「…俺の村も、騎士団が出来る前は、魔物に何度も蹂躙されたって聞いてるぞ…」
「そうだ。だから騎士団は必要だ…」

そう言ったアドルフの目には強い決意が漲っていた。
きっとコイツが騎士団を背負う、その覚悟があるんだと窺えた。

「俺達の事情にダグラスを巻き込んで悪いな…」
「何言ってんだよ!砦所属だけど、俺だって騎士団だぞ!」
「そうだったな、悪い。宜しく頼む!」

二人で笑い合いながら、王都を目指した。



---


6日目の夜。
ここまで順調に来て、何事もなければ明後日には王都に着く。

4日目を越えたあたりから、立ち寄る町の規模がどんどん大きくなって。
俺の村がいかに辺境か、思い知った瞬間だった。

そして王都まで2日のこの街は、他国とを結ぶ大きな街道が通り、ここが王都なのでは…?という大きさで圧倒されてしまった。

「すげぇ…。今日はこの街に泊まるのか?」
「すごいだろ?交通の要所になっているから、王都よりもこっちの街の方が大きいかもな」

レンガで舗装された町中をガラガラと幌馬車で進む。
周りは洗練された馬車が多く、農家が使いそうなボロい幌馬車は悪目立ちしているようだ…。

「おい、こんな馬車で大丈夫なのか?今は騎士団の制服も着ていないし、お前まで空気の読めない田舎者と思われるぞ」
「構わん、思いたい奴には思わせておけ。それにこの方が都合が良くてな」
「都合?」
「後で説明する」

ガラガラと馬車が到着したのは、街の外に近い安宿だった。

「騎士団の味方が経営している宿だ。この見た目だが、この街で一番安全だ」

案内され入ると、店員が「アドルフ様!」と言って駆け寄って来る。

「ダグラス、すまんが先に部屋に行っててくれ。3階の右の部屋だ」

鍵を渡され、指示された部屋に行くと…
外観や今までの店内とは全く異なる、洗練された上品な部屋が現れた。調度品こそないものの、まるで貴族の応接室のようだ。

ただ、何故か窓がない。
不思議に思っていると…

「やっと到着したんだね。遅すぎるよ、ほんと」

誰もいなかったはずの3人掛けソファーの真ん中に、ユーリが足を組んで座っていた。

「お前!急に現れるなよ、ビックリするだろ!」
「はいはい、お前じゃないよね?それとももう忘れたのかな~?」

人をバカにした目で見るな!腹立つ!

「ユーリ!何なんだよ、今まで一度も来なかった癖に!」
「あれ?もしかして寂しかったの?」
「そんな訳あるか!ペアとしての打ち合わせの話だよ!もう王都は目の前だぜ?」

ユーリは肩をすくめ、嘲るような顔をした。

「キミに戦術なんて求めると思ってるの?どうせ筋力強化だけで、土属性の魔術なんて使えないでしょ?」
「ぐっ、そう、だけどさ…」
「ボクは色々な剣士と組んだ事があるんだよねー。属性魔術が使えるなら打ち合わせも必要だけどさ、物理攻撃しか出来ない剣士は動きがワンパターンなんだよ。ボクが考えて動くから、キミは好きに戦って?まあ剣士の出番はないと思うけど」

そう言うとソファーに寝転がり…

「キミ達を待ってたら眠くなっちゃった。アドルフの用意が終わったら起こして…」

…何なんだよ、コイツは!

怒りをぶつける先が寝てしまい、イライラしながらも…やることがなく、空いているソファーに腰かける。

見た目は整っており、眠っていると可愛い少年にしか見えない。
これが口を開けば“ああ”なるのだから、ずっと寝ていればいいのに…

無意識にじっと眺めてしまい、ハッと気付き視線を逸らす。
さっきの言葉を思い出せ!こんな傲慢で自分勝手なヤツが俺のペアだぞ…!

先行きに不安を感じていると、扉がコンコンコンッと叩かれた。

「ダグラス?いるか?」
「あ、ああ、いいぞ」

扉をガチャリと開き、アドルフが入ってきた。

「待たせて悪かったな」
「構わないさ。それより…」

俺が寝ているユーリを指差す。

「ああ。俺が呼んだのだが…寝たか」
「…いいのか?」
「ユィスティルは色々仕事を抱えていてな。結構忙しい奴なんだ。お前の前ではあんな感じだけど、本当に優秀で頼りになるぞ」

アドルフの言葉に頷く事は出来ないが…まあ実際に魔術を使っている所を見たこともないしな。
本当にペアで動くなら、今後目にすることもあるだろう。

「じゃあユィスティルが起きるまで、それ以外の打ち合わせをしよう。まずこの街に入ってから、俺達に教団の監視がついている」
「何だって!?」
「と言っても、そんな大袈裟な物じゃない。ただ街に入る者は全員無断で記録される。光魔術の“解析”を使って、名前と年齢と魔力値と属性ぐらいは視られているだろうな」
「無断で?どうしてそんな事を…?」
「犯罪者や街に不利益を起こす者が入れば直接監視をつけられるように、だな。その中にはもちろん騎士団員も含まれている」
「じゃあ、俺達も!?」
「ああ、その対象になるのは分かっていたから、対策は取っていた。これだ」

アドルフが胸元からペンダントを引き出す。
金属で魔法陣が象られているようだ。

「これは…?」
「闇属性の“意識阻害”の魔術式だ。これで俺は名前を偽り、普通の農民ほどの魔力値に偽装している」
「俺はいいのか?バレないのか?」
「ダグラスは逆に“地方から来た”記録が必要だ。これから王都に上り、ゴロツキになるんだからな」
「なるほど…」
「そして同行者の“俺”が、後に“ユーリ”と入れ替わると、田舎から来た2人組としての記録は正しく残る」
「なるほど!」

考えられているんだな…!と感心したが、そんな事まで教団はしているのか…と思うと、頭が痛くなってきた。

「…民衆を監視する人員が割けるなら、国境で魔物退治しろよ…」
「本当にその通りだ。努力の使い先が間違っているな…」

顔を見合せ溜め息をつく。

「それにしても…魔法陣をそんな堂々と持っていていいのか?」

魔術を使う時に魔法陣は使わない。
日々生活で使う魔道具に隠されるように刻まれていて、そこに魔力を流すと使えるのは誰でも知っているが。
魔法陣は一般的に“見てはいけないもの”とされているのだ。

「ああ、もちろんこれを綺麗に書けば同じ魔術が使える。が、少しでも間違えると違う魔術が発動したり、魔力暴走で爆発する事がある。それに魔法陣が自分の持っている魔力より強いと、全て吸い取られ昏睡状態に陥る事もあるからな」
「こえぇ…」
「だから魔術に明るくない一般人が真似をすると事故につながる。それに魔術が使える術師達は魔法陣を書く労力よりも、イメージして発動した方がずっと早くて正確だからな」

毎日何気なく使っている魔道具の魔法陣がそんなものだったとは…。
魔道具を使うのが少し怖くなったぞ…と思いながらも、さっきこの部屋の明かりに魔力を流して点けたのは俺だった。

その後も魔法陣や魔道具についてアドルフと話していると…


「もう、そんな初歩的な話は入団前にやってよね…」

寝ていたユーリが起きたようだ。
第一声からイラッとする。

「ユィスティル、悪い、起こしたか?」
「いいよ。待ちくたびれただけで、本題は明日の打ち合わせなんだし」

ふぁっと欠伸をしながら、伸びをする。

「うーん、喉が渇いたな…。ちょっと、ダグラス。お茶淹れてよ」
「何で俺が!」
「えー?部隊長のアドルフに淹れさせる気?この中で一番下っ端はキミでしょ?」
「自分で淹れろよ!」

言い合ってるとアドルフに「もう仲がいいな」と笑われた。
心外だ!からかわれてるだけだろ!

…でも話すのにお茶も必要だろうと思い、結局俺が淹れる事に。

入ってすぐの応接室の隣の部屋に、小さいながらキッチンと、大きなベッドが2台並んだ寝室がある。
さらに普通の宿屋ではありえない、風呂とトイレが完備されていた。
そしてやはり、そのどこにも窓がない。

訝しげに思いながらも、お茶を淹れて戻る。
備え付けの茶葉は見たこともない物で…これで合ってるといいんだけど。

「…やはりそれがいいだろう」
「はい、お茶。何の話だ?」
「ボク達が王都で滞在する場所の話だよ。敵の目を欺くために、本当の安宿に泊まった方がいいってさ。嫌だけど」
「ああ、王都にもここと同じように安宿に偽装している設備はあるのだが、教団に感づかれている可能性がゼロではない。本当に田舎から出てきた、という設定がいいだろう」
「え?やっぱりここって宿じゃない?」

アドルフの隣に腰かけながら聞く。

「一応は安宿として経営している。だがこの3階は完全に防音仕様になっていて、外から会話を盗み聞きされる心配がない」
「それに隣の部屋は転移の魔法陣を設置していてね、主要な街と往き来出来るようになってるんだよ~!ボクが作ったんだけど」
「転移…?何だそれ…?」
「あっ、一般人は知らないよね。1人送るだけで膨大な魔力が必要だから、非公開なんだけど。でも多分教団も開発してると思うよ?」
「普段使っている魔道具も、教団と騎士団が開発した魔法陣が使われているしな」

今まで知らなかった。
騎士団は魔物を退治しているだけじゃなさそうだ…。

「話を戻そう。手配する宿だが…」
「まっず!!これ何!?」

アドルフが話し始めたのを、ユーリの悲鳴が遮った。
その手にはカップが。

「どうしてこんな不味いお茶になるの!?」
「仕方ないだろ?初めて見る茶葉だったしさ、いつも俺が淹れてる方法でやったんだよ!」
「はぁ~あ、お茶一つマトモに淹れられないなんて…とんだハズレだよ…」
「じゃあ自分で淹れろよ…!」

一口飲んでみるが、悪いとは思わない。もちろん、本来の味を知っている訳じゃないが。

「アドルフ、悪い。無理して飲まなくていいからな」
「いや、俺は味が分からなくてな…。十分美味いと思うが…」

思わぬ形で劣勢となったユーリは、バツが悪そうに口を開いた。

「これだから違いの分からないヤツはダメなんだよ…。まあいいや、それで?明日からはどうしたらいいの?」
「ああ、この街から王都に近付くにつれ、見張りがどんどん強化される。もう魔法陣で騙せるレベルじゃなくなるからな、明日からはゴロツキを装う2人で移動してくれ」

一瞬で部屋の空気が凍りついた。

「えっ!?ボクがこんなヤツと2人で行動するの!?ありえないでしょ!」
「無理だよ!コイツと2人とか!頭の血管が切れるぞ!?」
「ボクは闇魔術で一瞬で移動出来るんだ!わざわざ2日もかけて王都に行く意味が分かんない!偽装するなら今まで通りアドルフが行ってよ!」

…俺が1行文句を言っている間に、どれだけ主張してんだよ、コイツ…。

「…まあ落ち着け。今回は教団も邪魔されたくないのだろう、本当に監視が厳しくなっていてな。俺が偽装しているのが見付かるとヤバい。その点、闇魔術の天才ユィスティルなら、自分で偽装魔術をかけられるからな。監視の目も掻い潜れる」
「でも…」
「“親父からの命令”だ。…意味は分かるな?」

喰い下がるユーリを、アドルフが一喝する。
…そんなに騎士団長って怖いのだろうか…?

まあ俺は最初からアドルフに従うって決めたからな、今更ゴチャゴチャ言うのは男らしくないよな。
…アイツと2人は…そりゃ嫌だけど…。

「続きを説明するぞ。明日から2人とも“田舎から出てきた金のない若者”を演じてくれ。王都で一攫千金を夢見ていて、ゴロツキに落ちぶれる設定だ。だから言動にも気を付けてくれ」
「このボクに、本当の貧乏をしろと…?」
「ああ。荷物を改められても困るからな、服は質素で、持ち金も少なくさせてもらう」
「何だって…!?」

余程ショックだったのだろう、ユーリが固まっている。

「ダグラス、元々着ていた田舎者っぽい服だけを手元に残して、残りの荷物は俺に預けてくれ」
「分かった。あ、剣はどうするんだ?」

そういえば、騎士団から支給された物をそのまま持ってきていた。
団章などは入っていないが、見る人が見れば分かるのだろうか…?

「そうだったな。それでも問題ないが…良い物ではないからな。ユィスティル、何か剣はないか?華美じゃなく、質素に見える業物とか」
「…そんなもの、たとえ持っていたって貸してやらないよ…」

ソファーの上で足を抱えていじけている。
もう反論するのは無理だと悟ったようだ。

それを見て、アドルフは溜め息をついた。

「…仕方ない。ダグラス、俺のを貸してやる」
「えっ?いいのか…?」
「ああ。俺が制服を着ていない時に使っている剣だ」

そう言うと、腰からベルトごと外し、俺に渡す。
アドルフが使うにしては小振りで、装飾も何もない…が、見た目に反しとても軽く、ベルトや鞘も柔らかい上質な革で、使い込まれた年代物の良い味を出している。

「うわっ、軽い…!」
「俺も親父から譲り受けた。価値は知らんが、切れ味や使い心地は一級だ」
「そんな良い物、借りられないぞ!?俺はこれでいいよ!」
「いや、ダグラスとユィスティルの2人なら、高確率で盗賊に目をつけられる。王都に着けば代わりの剣を渡すから、それまではこれを持っていてくれ」
「…騎士に見えないヒョロガリと子供だもんね…。まあボクは魔術があるけどさ、戦闘は避けられないと思うよ?」

そうか…。中身は騎士でも、田舎者を装うなら良いカモに見えるよな…。

「…分かった。必ず返す」

俺が受け取ったのを確認するように頷き、アドルフは立ち上がった。

「俺は王都への転送の準備を始める。ダグラス、ユィスティル、1時間以内に必要のない荷物を纏めてくれ。俺が一緒に王都へ運ぶ」
「おう、分かった」
「…やればいいんでしょ、やれば…」

まだスネているユーリを横目に、俺もソファーから立ち上がる。

「さっさと準備しろよ」
「分かってるよ!うるさいな!」


…こんな奴と2人か…。先が思いやられるな…。


しおりを挟む

処理中です...