上 下
6 / 9
第1章・王都に向かって

女装が似合う騎士って、どうなんだ…

しおりを挟む



翌朝。

ウキウキしたユーリに早い時間に叩き起こされ、出発前に検問の様子を見に行く事になった。

「馬車だと確実に止められるけど、手ぶらの徒歩だと“住民の散歩”になるからね」

何でもいいけどよ…そのテンションの高さはどうした? 

「検問の方法と、女性の街の出方だね。それ次第で作戦を考えよう」

街道を歩いて行くと、街の出口直前に小屋が設けられ、そこに列を成している“男2人組”が。
近くにカフェがあったので、テラス席に座り観察する。

小屋に入った男2人組は、恐らく中で“詳しく解析”され、戦闘能力がなければ街を出られる。
俺達がここに掴まってしまうとバレる可能性が高いので、それだけは避けたいところだ。

そして女性や2人組ではない男達は、小屋の横を素通りして、いつも通り街道の出口で“解析”しているようだ。

「ふぅん…これならボク達が“見た目で”横を通過して、普段の解析をかけられても問題ない…かな。解析は見た目は関係なく結果だけ残すハズだし、何時何分に街を出たって情報が残っても、イコールボク達とはならないよ」
「…本当に?街を出る瞬間にバレないか?」
「まあ…念には念を入れるなら、複数の男達が解析を受ける瞬間、一緒に通るのが理想だけどね」
「確かに…そうだな。それなら…」
「でも事情を話す訳にもいかないしね、街中で待機して、それらしき集団を見かけたらコッソリ着いて行くしかないんじゃないかな…?」

何とも不確定な作戦だ…。
そりゃバレてもユーリは闇魔術で逃げられるけど、俺はどうすればいいんだ?
それも考慮されてるのか…?

「さあ!そうと決まれば、まずはお店だね!」

…このテンション、絶対失敗した時の事を考えてないな…。
俺がブレーキをかけなければ…!

強く心に誓い…勘定を済ませたユーリに、引き摺られるようにカフェを後にした。





宿屋は“男2人”で出発しないとおかしいので、部屋に戻り荷物をまとめる。

途中マスターに会い「検問、頑張って下さいね」とクッキーを貰った。趣味で焼いているそうだ。

残りの会計を済ませ、馬車に乗って出発した。

「馬車はどうするんだ?」
「確か、お店の近くに預け屋があるはず…あ、そこ左ね」

ユーリに指示される通り馬車を動かすと、何だか道が細くなってきた。

「本当に合ってるのか…?」
「大丈夫だよ」

着いたのは…確かに預け屋だが、周りの店の雰囲気があまり良くない所だった。

「これ…所謂“夜の店”…?」
「そうだよ。あれ?ダグラスちゃんは行ったことなぁい?」
「ないよ!田舎だったし…って、大体朝イチじゃねぇか!」

ユーリにクスクス笑われている。くそっ、またからかわれたぞ…!

「必死だねぇ…。あ、もしかして…童貞?」
「そっ…!そそそそそんな訳あるかっ!」

王都騎士達と生活した中で、俺のコンプレックスの一つ。

どうやら騎士達は“お盛ん”なようで、日常会話で“昨日の具合”の話題が出てくる。
俺だって砦外の集落でそういう店に行く…事も考えたが、雑用時代は給料がほとんどなく、剣士になってからもそんな事に使うのが勿体ないと思ってしまったのだ…。

それに砦所属も、ペアで実戦に出ている者は“できてる”らしく…。
それをワンチャン狙っていたんだよ…。

「その反応、完全に童貞だね」

ニヤリと笑われ、顔が赤くなる。

「そっ…!だっ、だったらユーリはどうなんだよ!?その見た目だし、童貞だよな!?」

必死な俺にまたまたニヤリと笑われ…

「ふふっ、想像にお任せするよ…?」
「意味深な笑いをするな…!」

はぐらかされたまま、歩き出した。




渋って足の動かない俺の手を握り、ズルズルと引き摺られるように、両側にいかがわしい店が並んだ道を行く。

「原始の海」「愛の住み処」…直接的ではない店名はいいとしても、「おっぱい天国」「ヌルヌルの館」「快感三昧」…名前を見ただけで目眩がしてくる。
実際は耳まで赤くなってると思うけど…!

「これ…どこに連れて行く気だ…?」
「大丈夫、ダグラスが行きたいようなお店じゃないから」
「おおおお俺の行きたい店って何だよ!?」
「分かってるよ、実は期待しちゃってるってコト」

終始ニヤニヤ笑っているのがムカつく。

本気で手を振り払って逃げようか…と思った矢先「ここだよ!」と、ユーリが指差した店は…

「幻想世界…?」
「そう!ボクも何度も“お世話”になってるんだよね」
「お世話!?それってどういう「さぁ!入った入った!」

話を遮られ、この小さな身体のどこにそんな力が…?という勢いで、強引に押される。
俺の方が剣士なのに、剣の技量も力も負けてるなんて、と愕然と…している暇はない!

「ちょっ!ぶつかる…!」

抵抗虚しく、俺の身体で店の扉が押し開けられた。



赤い絨毯に白いソファー、ガラスのテーブルにシャンデリア。
壁はシックな黒っぽい木で、至るところに絵画が飾られている。
そして豪華な花瓶と花が店内を彩った奥には、カウンターにずらりと並べられている高そうなお酒…。

貧乏人は一生縁がないような、煌びやかな空間が広がっていた。

「いらっしゃ~い!」
「あらん?朝早くからお客様なんて、珍しいわねぇん?」

見た目は細くてナイスバディで美しいのに、声に違和感のあるお姉さま…?

店内の様相とお姉さまに圧倒され、俺がキャパオーバーで固まっていると、ユーリが後ろから顔を出した。

「おねーさん達!久しぶりー!」
「あらユーちゃん!お久しぶりだわね~!」
「ユーちゃんなら何時でも歓迎よぉん!」

ユーリがお姉さま(?)達に揉みくちゃにされている…。
羨ましいと思わないのは何故だろう…?

固まったままの俺に気付いたユーリが、近付いて来て説明を始めた。

「ここは“女装バー”だよ。元男のおねーさん達がもてなしてくれるお店なんだけど…ボクは変装したい時、ここを使うんだ」
「変装…?」
「そう。この花街は“奴ら”に金を納める代わりに、利用した人間を詮索しないルールになっていてね。だからボク達が花街に立ちよった記録は残っても、その中で“何をしていたか”は分からないんだよ」
「それは…犯罪の温床になるんじゃないのか…?」
「そうだね。でも“奴ら”もそういう黒い活動をしているから、住民に隠れて拠点を置くのにピッタリだよね」

確かに、教団は表向き「唯一神を信仰しているだけの集団」だが、裏では暗殺や人身売買も行っているらしい。
そうでなきゃ、凶悪な自作自演なんて出来ないもんな。
この花街にも拠点はあるのだろう。

「なるほど…仕組みは理解した。…だったら!最初から説明してくれてもいいんじゃないのか!?」
「バカなの?店内以外、道は監視されてるんだよ?そんな状況で話せるワケがないでしょ」

そうかもしれないけどさ…と、俺がブツブツ文句を言っていると、急に後ろから柔らかくて重量感のあるものがタックルしてきた!

「うわっ!?」
「話は終わったのかしら?」

お、お姉さまが、抱きついて来た…!
元男なのに凄く柔らかいのは何故だ…!?

「うん、終わったよ。じゃあ彼もボクと同じように“いつも通り”でお願い出来る?」
「オッケ~!バッチリ任せて頂戴!」
「えっ、ちょっ、何がだよ!?」

お姉さまが俺の首根っこを掴み歩き出した。
ユーリがにこやかな顔で手を振っている。
いつもこうなら可愛いのに…ってそうじゃなくて!

抵抗してみるものの、手も届かないし、後ろに引っ張られるので立ち止まれない。引き摺られ部屋の奥に連れて行かれる。
ユーリといい、お姉さまと言い、見た目とパワーが一致しないのは反則だ。

「ちょっと!どこに行くんですか…!」
「大丈夫よっ!お姉さんに任せなさいっ!」

振り向いた美しい顔の、長い睫毛がバチン!と鳴りそうな勢いでウインクされる。
ふ、不安しかないんですけどぉ~!
でも抵抗しても無駄だと悟ったので、大人しくドナドナされて行く…。

さっきまでいた広い部屋の奥の扉から、廊下に連れ出された。
ここも同じく豪華で、客が足を踏み入れる空間なのだろう。
長めの廊下に、右に扉が4つ。左は観音開きで1つ。
空間的に4つは小部屋で、1つが大部屋だろう。

ずるずると引き摺られ…右の2つ目の扉に押し込まれる。

ここにも白いソファーを初め、テーブルにシャンデリア、花と絵画と…小部屋ながらしっかり華美だ。
違うのは壁に鏡があり、そこに向かって武骨な椅子が置かれている事。
…これだけニュアンスが違って、とても異質に見えるが…。何のためにあるんだろう?

と、やっと手を離して貰えた。

「痛っ!」
「ごめんなさいね、ここでちょっと待ってて頂戴?準備してくるわ~!」
「あっ!ちょっ!説明を…!」

俺の言葉も虚しく、お姉さまは入り口とは別の、奥の扉から出ていってしまった。

いつまでも床に這いつくばっているのはおかしいので、とりあえずソファーに座る。
何も考えずフワフワな高級ソファーの弾力を楽しんでいる内に、冷静になってきた。

パニックの連続で思考が停止していたが、この店は“女装”の為に訪れたんだよな?ユーリも変装するって言ってたし。
じゃあこの部屋は更衣室的な物か…?豪華過ぎるけど。

騎士が女装なんて…気は乗らないが、仕事の一環なら仕方ない。
早く王都に着くのも任務の内だ。
それに俺が似合わなければ、ユーリも諦めてくれると信じよう…。


「おまたせ~!」

バンッ!と奥の扉が開き、お姉さまが大量の荷物と仲間を伴い入ってきた。
大半は箱に入っていて分からないが、剥き出しのドレスが見える。
予想が当たった事にホッとした。が、それを見逃すお姉さまじゃない。

腰をクネらせ俺に近付き、顎をそっと掴まれ…

「さぁて、今から料理しちゃおうかしら…?」
「うぎゃっ!?」

顔が近い!キスされる!?逃げたいのに手の力が凄い…!

「なぁんてね!」

唇が触れあう直前で解放された。
た、助かった~!
ファーストキスを元男に奪われるなんて、笑えなさ過ぎる…!

俺の必死さを見て、お姉さまがくすくす笑っている。

「大丈夫!ユーちゃんの物に手を出すワケないじゃない!貴方、反応が良いから、ついついイジメたくなっちゃうのよ」
「もう!止めて下さいよ…!」

ユーちゃんってユーリだよな?「連れ」って意味か?
言い回しに疑問はあるが、お姉さまが動き出し霧散した。

「さあ!先ずはこれに着替えて頂戴?」

手にあるのは艶やかに光る紫のドレス。

「えっ?検問を通る為に、町娘や農家に変装するんじゃ…?」
「いいのいいの!ほら、さっさと着替えて!」
「わっ!ちょっと…!」

動かない俺に業を煮やし、お姉さま2号とお姉さま3号が俺の服を脱がしにかかる。
その手腕は大した物で、俺は1分とかからずパンツ1枚にされた。

「ふ~ん、細いのにしなやかな筋肉があって…イイ身体してるのね」

お姉さまが俺の全身を隈無く観察し…腹筋に指を添わす。

「うわっ!」
「…時間が無いわね。ごめんなさい、もうふざけないわ」

急に真面目な顔をし、俺に小さな布を手渡すと…

「私達は外に出るから。まずはそれに穿き替えて?」

手の中の物を見ると…レースの女性物ランジェリー。

「ちょっ…ふざけないって言ったじゃないですか!」
「真面目よ。下着って意外と身体のラインに出るの。自分で穿けないのならお手伝いするわよ?」
「わっ、分かったよ!穿けばいいんだろ!」

穿けたらノックしてね~と言い残し、お姉さま達は外に出た。

何だよ!この羞恥プレイは…!何で自分で女物の下着なんか…!
…一瞬逃げる事も考えたが、服を持って行かれたらしく、周りにあるのはドレスだけ。
それに逃げても軽々と捕まえられそうだし、更に強引に進められそうで…観念して泣く泣く穿き変えた。

女性用かと思ったが、前がゆったりと作られており、ナニが窮屈ではない。
女性物に似せて作った男性用なのだろう。きっとお姉さま達の愛用品に違いない…。

躊躇しつつノックすると、お姉さま達が雪崩れ込んできた。

「まぁ~!とっても似合ってるわ!」
「嬉しくないけどな!」
「これならバッチリ変身出来るわね!」

聞いてくれていない…。
虚しさで項垂れている俺なんて気にせず、矯正下着を着けさせられ、胸に軽く詰め物をされ、パニエを穿かされ、気付けば下着姿のラインは完全に女性になっていた。

「うんうん!元が良いから完璧ね!」

…もう反論する元気もない…。

「ここに座って頂戴。メイクをするわ」

そう言われ、促されたのは武骨な椅子。
これはメイクをするための椅子だったのか…。
よく見ると台座は床に固定され、座面より上が回るようになっている。

俺が座ると、椅子は鏡に背を向けて固定された。

「仕上がりは後でのお楽しみ…ね?」

お姉さまがパチンとウインクをする。
お仲間さんが俺の首から下に布をかけ、テーブルにパレットのような物をいくつも並べる。
赤・青・緑・黒…。凄く派手な色だけど…もう任せるしかないか。

顔にスポンジや刷毛やらで塗りたくられ、筆の先の毒々しい色に脅えつつ、されるがまままに座ること訳20分。

「メイクは完成よ!でも最初だし、ドレス有りで見た方がイイでしょうね」

鏡に背を向けたまま立たされ、紫のドレスを着せられる。
スカートが凄いボリュームだ…。

「本当はスリットの深い、身体に沿うドレスがいいのだけれど…。男性は股間がどうしてもね…」

それは…嫌だな…。

「仕上げは髪の毛ね!もう一度座って頂戴」

俺の髪の毛は一般的な男性の長さなので、女性に見えるはずもない。どうするのだろう?と思っていたが、色々な黄色のつけ毛が出されたので納得した。

「貴方の黄色は…この辺りかしら?サイドは片方だけ垂らして…そう。トップはボリュームは無い方がいいわね。身長があるもの」

お仲間に指示しながら、どんどん髪が足されていく。
前髪で視界が半分塞がった。こんなのでどうやって戦えって言うんだ…?

「うん!こんなもんでしょ!どう?」
「いいと思います~!力作だわ~!」
「カワイイ~!」

お姉さま方がキャピキャピ喜んでいる…。
頭も服も重くてそれどころじゃないんだが…。

「さっ!新しい自分とご対面よ!」

座ったまま、くるりと椅子が鏡の方に向けられ…現れたのは妖艶な美女。

「えっ…?」
「どう?どう?あまりの出来映えに声も出ないでしょ~!」

俺が首を動かすと、美女も動く。手も然り。
えっ?これが…俺?

日に焼けて少しソバカスが浮いたはずの肌は白磁のように真っ白で、頬は健康的なほんのりピンクに。
少しツリ目のキツイ目元は、目尻に黒いラインを引きタレ目のように優しく見せていて、さらに目蓋に塗られたキラキラと長い睫毛が艶やかな印象を与える。
そして唇は真っ赤なルージュで普段よりぽってり大きく作られ、魅惑的な弧を描いていた。

「嘘だろ…?」
「足元に気を付けて立ってみて?低いヒールも用意したから、これを履いて完成よ!」

手を取られ、靴を履く。少しグラッとしたが鍛えた体幹でバランスを取る。うん、大丈夫そうだ。

「このままお披露目ね!反応が楽しみだわ!」

頭が真っ白のまま手を引かれ着いた先は、廊下の対面にある観音開きの扉の前。

お姉さまがノックし「入るわよ」と開けた先には…褐色のエキゾチックな美女が。

「うわぁ!化けたねー!」
「でしょ~?元が良いから頑張っちゃったのよ!」

えっ?今の声はまさか…

「…ユーリなのか?」
「そうだよ。って、何?気付かなかった?ボクなんて普段から中性的な美少年なのにね」
「いや、身長も髪も伸びてるし…。大体その胸はデカ過ぎるだろ?」
「どうせやるなら大きい方が楽しいでしょ」

長い髪を背中に流し胸の下で腕を組む様は、とても自然で決まっていて、慣れている事を感じさせられた。
ユーリだと分かっていても…ドキドキして、胸を強調するポーズを直視出来ない。

「お前…今まで何回も女装してるな…?」
「だから言ったじゃん、いつも変装してるって」
「変装って聞いて、女装を連想する奴はいねぇよ!」

照れ隠しに俺がユーリに噛み付いていると、お姉さまからお叱りを喰らった。

「女の子がそんな声出しちゃダメよ?ほら、もっと裏声で、お淑やかに」
「えっ、そんなこと言われても…」
「『こんにちは』ほら、言ってみて?」

目力と圧力が凄い…。

「『こ、こんにちは…』」
「そうそう!やれば出来るじゃない!貴方の見た目はクールに仕上げたから、低めの声の女性として全く違和感ないわ!」
「そうだね、今の声なら女性として通るね。まあボクは声変わり前だから、そのままで問題ないんだけど?」

余裕の表情で見てくるユーリがムカつく…。けど、裏声で話したくないので黙るしかない。

「ユーちゃんも、出来映えはこれでいいかしら?」
「もちろん!想像以上で大満足だよ!」
「本当はスリット入りのピッタリしたドレスが良かったのだけれど…。さすがに…ねぇ?」
「それは…また今度、お願いするよ。今のも全部買うから取っておいてね」

勝手に次の予定を入れるな!買うって何だよ!
怒りの表情を浮かべる俺に、ユーリが近寄って来た。

「ねぇ、“スー”。また今度、ゆっくり来ようね…?」

目を細めて媚びるようなねっとりした微笑に、思わず目線が釘付けになる。
メイクをしているとは言え、いつもと表情が違い過ぎる。
これ、本当にユーリか…?

「さてと、じゃあ町娘にチェンジしよっか」
「ほら!やっぱりこれじゃないよな?」
「声!ダメよ!今から慣れておきなさい?」

ぐっ…。お姉さまに怒られてしまった…。

「『…ドレスで馬車に乗るのは、おかしい』」
「カタコト?」
「慣れない内はそれでもいいわ。地声で喋って男だと疑われるのが一番ダメな事よ?」
「『…分かった』」

お姉さまに手をひかれ、さっきの小部屋に戻る。

「じゃあメイクも軽めにして、町娘スタイルに変更しましょ!」
「『どうしてドレスを着た…?』」
「ユーちゃんからの希望ってのもあったけれど、先ずは貴方に女装が似合う事を証明したかったの。いきなり地味な町娘を見るより、派手な化粧とドレスで最高の状態を見た方が説得力があるでしょ?」

そう言われれば…俺は女装なんて似合わないと思っていて、作戦に反対するつもりだった。
ところがこの出来映えだ、見た目で反対する要素がなくなってしまった…。

「貴方が気に入ったかどうかは別として、素質は十分にあるわよ。仕事?か何かだろうけど、自信を持って女の子になって頂戴!」
「『ユーリから聞いてない…?』」
「…ここは闇の世界よ。こんな店を利用する客が全うなワケないわ。私達は何も詮索せず、お客様の要望に従うだけ。貴方も長生きしたいのなら、余計な事は聞かない、言わない、係わらないのが鉄則よ?」

色々人生経験を積んでいるのだろう、お姉さまの言葉には重みがあった。

「さて!ちゃちゃっとやっちゃいましょう!」








数十分後、入り口の広い部屋に戻ると、支度の終えたユーリが待っていた。
メイクは控え目に直したものの、パッと見は女性にしか見えない。
…胸はデカイままだが。

「うん、お互いイイ感じに化けたね」
「ボロい幌馬車に乗るって聞いたから、町と言うより農村の娘にしてみたわ。王都へ向かって、お洒落してる感じのね」
「手縫い刺繍入りのエプロンドレスが気に入ったよ」

ユーリがくるりと回ると、長い赤のスカートと白いエプロンドレスがフワリと舞う。
上はシンプルなボタンシャツだが、エプロンの胸部分にも刺繍があるので、お洒落に見える。
俺もほぼ同じ格好で、スカートが青、エプロンドレスがクリーム色だ。足元は黒の長い靴下と茶色の編み上げブーツ。

ユーリは緑の長いつけ毛を赤いリボンで緩く留め、胸元に垂らしている。
俺は表情を隠すため前髪を長くしたものの、後ろは肩ぐらいの短めにしてもらった。
頭が重いと肩が凝りそうだ…。

「もっと遊びたいけど…昼になる前に街を出ないとね」
「そうね、王都に行くにはもう時間だわ」
「これぇ、頼まれた例のブツよぉ~」

お姉さま達が重そうな袋を持ってきた。何だ?

「ありがとう!街で買えないから、助かったよ」
「『…なに?それ』」
「じゃがいもだよ。農村の娘として、王都に売りに行くって設定さ」
「重かったのよぉ~!」
「プラスで請求してくれていいよ、本当にありがとう」

ユーリがお姉さまのほっぺたにキスをする。
見た目は女性同士だが、中身は…ゲホンゴホン。
それより請求?お金は?

「ボクが払うから“スー”は気にしないで?」
「『スー?』」
「キミの女性名だよ。ボクは“ユー”。キミは“スー”。農村の幼馴染みさ」

なるほど、偽名か。コクコクと頷く。



「さて!あいつらを騙しに行くよ!」
「『ありがとう』」
「気を付けてね!無理しないのよ!」
「また遊びにいらっしゃぁ~い!」

お姉さま達と別れの挨拶を済ませ、重いじゃがいもを2人で抱える。
店を出たので、もう“女性”の演技は始まっているのだ。

「心配しないで?ボクに任せておいて」

…ユーリの笑顔が、やけに眩しく感じた。

しおりを挟む

処理中です...