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29.忠告と撮影
しおりを挟む「でも気をつけなきゃね。昔、こはに告白してきたの遠藤からだったじゃん? 遠藤の好き好きアピール凄すぎて、気づかないこはに劇団のみんな笑ってたんだよ」
「そうなんですか……全然気づかなかった……」
「こはそういう所、結構鈍いからね。円満にお別れしたっていっても、向こうの気持ちが完全になくなったのかって言われてもこっちには分からないんだから」
香澄の言葉に過去を手繰り寄せる。
遠藤と別れた理由は単純なことだった。ーー彼が劇団から退団し、芸能事務所に所属することが決まったからだ。
遠藤は事務所から退団することが条件でスカウトされたのだが、それと同時に私との交際も同じことで。別れることも条件の一つだったのだ。
その話を聞いて遠藤は断ろうと口走ったのを聞き、私の方から別れを切り出した。最初は抵抗したいた彼も、『芸能界のスターになるのがあなたの夢なんでしょ』という私の言葉に後を押しされて、自ら決断した。
お互い嫌いあって別れたというわけでもないため、未練がましくならないよう連絡を断つことを決めた。
付き合った理由は彼からのアプローチに絆されたということもあったのだが、同じ時間を過ごすうちに彼の隣は居心地良くなり。別れることが辛くなかったと言えば嘘になる。
だが、遠藤のことを男性として好きだったのは過去の話。今はいい人だとは思っているが、恋愛感情はない。
それに私は玲二のことが好きなのだ。
「でも数年経ってるし、そこまで気にする必要ないんじゃないんですかね……芸能界で現役活動中の遠藤くんならよりどりみどりですし」
『はぁ……これだからこはは……鈍いったらありゃしない。たしかに遠藤の周りには美女が沢山いるかもしれないけど、やっぱり過去に好きになった人に対しては何かしらの感情が残るものでしょ? こはだって、遠藤の載ってる雑誌買ってたし』
確かに、と納得する。
劇団に来る途中に買った雑誌の中身を見られていたのかと、香澄の目敏さに苦笑する。
「それはないことはないですが、私が言いたいのは恋愛感情ですよ? さすがに数年経ってまでってことはーー」
『いやいやいや! あのときの遠藤からこはるへのラブラブビームはかなりのもんだったよ……意外と今でも引きずってるってこともありそう。月ノ島玲二の勘も侮れないね』
そんなこんなで香澄との電話を終え、ベッドに着く。
玲二から電話での連絡があり『今日も遅くなるから先に寝てろ』とあったので、お言葉に甘えて眠ることにした。
明日は今日に引き続きまた映画の撮影。
それも遠藤と一緒のシーンでありーーキスシーンもある。
先程の香澄の言葉に加え、玲二の不機嫌な表情が脳裏に思い浮かぶがそのまま目を閉じる。
気を引き締めて取り組まなければ。
気持ちを露わにしつつ、私は眠りについたーー。
◆
そして翌日の撮影現場。
「おはよう、花宮。今日もよろしくな!」
昨日の玲二とのあれこれについての部の感情感じさせない明るい挨拶をくれる遠藤。こはる呼びは昨日の一回だけで、それ以降は苗字呼びになった。
結婚したために苗字は変わっているが、芸名も花宮姓のままなので違和感はない。
私は微笑みながら挨拶を返した。
「おはよう、遠藤くん。うん、頑張ろうね」
遠藤は爽やかに微笑む。
撮影がそろそろ始まる。監督やプロデューサーなど、多くの人が動いている中、私は手に持っている台本をもう一度読み返す。
何度も読み込んだせいでヨレヨレになっている台本。セリフは何度も繰り返し読むことですでにほぼ完璧に暗記しているといえる。
それでも落ち着かないのは本日の撮影でキスシーンがあるからだろう。劇団での講演でキスシーンのある役を演じることもあったが、やはり舞台と映画撮影では雰囲気も違うし、緊張もひとしおだ。
現場の端に置かれた椅子にかけ目を閉じ、深呼吸をしていると隣にかける人がいた。目をゆっくりと開け、その人物に視線を向ける。
「……大丈夫か? もしかして緊張してる?」
「遠藤くん……うん、ちょっとね。でも昨日の初日よりは全然マシだよ」
「昨日の花宮はカメラの外ではガチガチだったな。。……でもいざカメラを向けられると表情も変わって、さすがだと思ったよ。舞台で培った経験が生きてるなって思った」
遠藤は柔和に微笑み、ながら続ける。
「花宮は俺に比べて凄いよ。……俺なんて初めてのドラマ撮影のとき、何度も噛みまくってカットかけられたし、カメラの前でも震えが止まらないしで」
「あの緊張知らずな遠藤くんが!? 本当?」
「うん。慣れてるから緊張しなかったけど、でも初めて舞台立ったときは震えまくってた記憶ある」
遠藤は私よりも先に劇団スペードに入団していた先輩であり、そのときの話など初耳で驚いた。私が目を丸くしているのを見て遠藤は頭を掻いた。
「……付き合ってるときはさ、花宮にカッコ悪いところ見せたくなくてこう言う話はあんまりしなかったんだ」
照れたような面持ちの遠藤を好ましく思い、小さく笑う。
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