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39.ついに
しおりを挟む撮影が終わり、私は遠藤のものへ足を向けた。本日の撮影は私の方が現場入りの時間が早く、なかなか話すタイミングが合わなかったのだ。
「……遠藤くん」
「花宮…………」
「この後少し時間取れない? ……10分程度でいいの」
そう告げた私に対し、どこか寂しそうに笑った遠藤は了承の意を伝えてくる。私はお礼を言い、その他に何を話すわけでもなくその場から離れた。
……下手な情けをかけるのはお互いによくないから。
着替え終わったのは私の方が早かったみたいだ。遠藤は駆け足でやってきて、「遅れてごめん」と告げた。
「全然待ってないから大丈夫」
「そっか」
会話がうまく続かないのは、互いにこのあと話すことがあらかじめ分かっているからだろう。
「そういえば月ノ島さんは俺と二人で会うことに何も言わなかったの? 彼、かなり嫉妬深そうだし……」
「えーっと、まぁ多少ごねられはしたけど納得させたから」
想いが通じ合った晩、私は玲二に遠藤と話す機会をつくりたいということを伝えた。理由簡単だ。ーー彼からは告白されていたから。
遠藤はすでに私の気持ちなど知っている。だが、もう一度向かい合ってはっきりと気持ちに向かい合わなければ私も、それに遠藤も前へは進めないと思った。
『なんで二人きりなんだよ。……俺も立ち会う』
『ダメです。玲二さんには仕事があるでしょう? それにこれは個人的な話なんです。わたしが好きなのは玲二さんだけなんですから。ーーどうか、信じてください』
『…………っ、くそっ……………………はぁ、わかった。だが10分だ。それ以上二人きりの空間で話すのはダメだ。約束を破るようなら……』
『はいはい、わかりました。10分以内に収めますから』
そんなノリでもぎ取った時間であった。
ちなみに撮影現場にある鍵付きの会議室を開けてもらい、人が立ち入らない空間で話そうと提案したので今はほかに誰もいない。
しんと静まる会議室のなかで最初に沈黙を破ったのは私だった。
「遠藤くん、この前は玲二さんが迷惑かけてごめんなさい。口が悪いし気を悪くしたかもしれないけど……」
「別に気にしてないぞ。ああいう勘違いされるのは仕方ないシチュエーションだったし、むしろ俺の方が本当に申し訳ないことをしたって思ってる。……無理にキスしたせいでこんなことになって」
「ううん。これは必要なことだったと今は思ってる。……だってこの件がなかったら、私と玲二さんの関係は変わらないままだったし」
自分の中の気持ちを見つめ直すこともできた。そして玲二と気持ちが繋がりあったことは最大の収穫だった。遠藤とのことがなければ、ずっと仮面夫婦を続けていた可能性だってある。……あの関係はある意味では居心地が良すぎたのだ。
「そう言ってくれて助かった」
「うん。……遠藤くん、あなたの気持ちには答えられない。私は玲二さんのことを愛してるから」
もう気持ちに迷いはなった。
最初は取引として引き受けたつまりだったが、今では彼の妻であることが私のアイデンティティでもあり、1番の幸福なのだ。
私の言葉を聞き、遠藤は「うん、そうだよな」と微笑んだ。そして彼は続ける。
「花宮。……もし、俺たちがあの頃別れなかったら今も恋人同士のままだったかな? 俺のことずっと好きでいてくれたのかな?」
「…………そうだね。もしあのときの運命が違ったら…………でも、それはすべて終わってしまったことなの。だから一つ言えるのは、あの頃の私はあなたのことをきちんと好きだったってことかな」
「そっか。……うん、ありがとう。その答えを聞けただけで、すごくよかった。俺もどうにかして前へ進めそうかも」
遠藤の柔和な笑みは清々しく、彼もようやく様々な気持ちに見切りをつける決心がついたのかもしれないと密かに感じた。
「玲二さんの後押しもしてくれたんでしょ? 本当に遠藤くんは優しいね」
「見てられなかっただけだよ。二人を引き裂いてしまったっていう罪悪感もあったし」
「彼、口ではぶつくさ言ってたけど、多分遠藤くんのこと認めてる。だって本当にやろうと思えばこの映画だって降板させる力あるもん。それなのにそれをしないってことは、きっと遠藤くんの努力を知ってるんだよ」
「たしかに月ノ島の御曹司だったら余裕で出来そうだ……今考えると無謀なことしてたな、俺」
私たちは向かい合って笑う。
そして「また明日の撮影で」と手を振り合って別れた。心のわだかまりが消えたことで、この日はぐっすりと眠ることができた。
◆
月日が流れ、とうとう1ヶ月半にも渡る映画の撮影の終わりが見え始めた頃。
その日、大きな話題が新聞の朝刊に掲載され、世間を賑わせた。
『花宮こはる、数ヶ月前に結婚していた!? そのお相手はなんと某有名会社のイケメン御曹司!?』
そう。
私と玲二さんの結婚が早くも世間に知れ渡ったのだ。
「見てください、玲二さん! 私、新聞の一面に載っちゃいましたよ……」
「ああ。意外と早かったな。やっぱりこのご時世、マスコミには隠しておけないか」
「なにを呑気にコーヒー飲んでるんですか。……これからどうすればいいんでしょうか」
いずれは世間に知れ渡ることだったが、いざその場面に陥ると混乱してしまうのは仕方がない。その様子を見ていた玲二は嘲笑と同時に言い放つ。
「そんなの全部事務所に任せておけ。……恐らく一番最初に公衆面前に出るときーー映画の舞台挨拶で色々聞かれることになると思うから、その時にお前の口から説明する形になるだろうな。まあ意図的に隠してたわけじゃないし、お前をキャスティングした会社や番組の関係者には事前にそのことは伝えてあったし気にするな」
玲二の言葉を素直に受け取るがどこか不安は拭えず、舞台挨拶まで心臓が持つかどうかが頭が占めるのだった。
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