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40.舞台挨拶
しおりを挟む映画は無事クランクアップを終えた。
初めての主演映画の撮影が終わり、なんとも言えない充実感に加えて小さな喪失感を覚えた。そう共演した遠藤に告げると。
『初めはみんなそうなるよ。俺だって初めての主演映画終わったときは、訳もなく号泣したし』
と、意外な返答があり目を丸くしたもの記憶に新しい。玲二はというと。
『お前の制服姿が楽しみだな。……あのときはあんまりじっくり見る機会なかったし。そうだ、今度家で着てーー』
というようなふざけたことを抜かしており、思わず顔を真っ赤にして怒った。玲二は平然とした様子で、それもまた頭に血を昇らせる原因だった。
そしてついに、映画の初日舞台挨拶が始まった。
黒いドレスを身に纏い、いつもよりも大人びた衣装に自然と背筋が伸びる。
実はこの舞台裏でひさしぶりに母と会った。共演するとは言いながらも、一緒に撮影するシーンは一回のみで。映画の撮影の最中、ほとんど話すことはなかったのだ。
『こはちゃん、今日は一緒だね』
先に話しかけてきたのは母だった。
私とは異なり纏うのは和装で、成熟した大人の色気を感じさせるのがさすがだ。曖昧に頷けば、母は続けた。
『色々質問されると思うけど、いつもの通り笑っておけば大抵大丈夫だからね』
おそらく玲二との結婚について聞かれる可能性もあることを言っているのだろう。事務所からあらかじめその話についてはNGにするかどうか決断を迫られたが、私は自らの口で伝えることに決めた。
それが私の芸能界でやっていく覚悟の証だと思ったからだ。
舞台へ登壇すると、眼前に広がる客席には大勢の人たちが座っていた。劇団時代も舞台に立っていたが、これほど大勢の人間の前で話すことは初めてで。
心臓の鼓動が耳にまで伝わってくる。
初めに挨拶を終え、今回撮った映画を流される。完成された映画を目にすると、自然と達成感が湧いてくる。気がつけば涙が一筋こぼれ落ち、やりきったんだなと実感することができた。
映画が終わり、再び舞台に立つ。
隣には共に主演を張った遠藤や他の俳優陣、母などが並び、映画について様々なことを語った。
そして大体の話が終わると、次に各キャスト一人一人の話に移る。そしてとうとう私に話が回ってきた。
取材に来た記者は私に対し、名指しで質問を投げかけてきた。
「花宮こはるさん、先日新聞にて掲載された『某有名企業の御曹司との結婚について』なのですが、そちらは事実でしょうか?」
えいがとは全く関係ない質問であったがったが、事前に登壇する俳優陣には説明してあったので場については乱れることはなかった。私はそのまま答える。
「はい、事実です」
「そうなんですね。では、旦那様とはいつ頃お知り合いになったんですか?」
「彼とは幼馴染なので、私が物心つく前からの知り合いですね」
私の言葉を聞き、記者の質問の矛先は次に母へと向かう。
「……ということは花宮いつきさんもその旦那様のことをよくご存知でいらっしゃるのでしょうか?」
母はにこりと微笑み、穏やかに肯定した。また私の方へと記者は顔を向け、新たに質問を投げかける。
「なんでも旦那様はあの月ノ島ホールディングスの御曹司と書かれていましたが、それは真実ですか?」
「ええ、間違いございません」
「では、その月ノ島といえばこはるさんの所属している芸能事務所ですが、他にも化粧品ブランドの『ルナトーン』など展開しており、こはるさんもそのイメージモデルに抜擢されて話題になりましたがーーーーそれと今回の結婚の時期はかなり近いように思われます。こちらに関しては何か理由でもあるのですか?」
どくりと心臓が音を立てた。
さすがに玲二と契約結婚や劇団を救ってもらったことなどをペラペラと話すわけにいかない。この質問をされることは予想済みではあったが、やはり直面すると内心の動揺は隠せない。
だが決して表には出さないようにと役者魂を見せ、私は滑らかに口を回す。
「そうですね。今回『ルナトーン』のイメージモデルに抜擢されたことは私にとっても青天の霹靂でもありました。たしかに結婚したことで夫の中で何か心の変化があったのかもしれませんが……私は見ている方々を裏切らないように私の仕事を真っ当するだけです」
「…………そうですか。こはるさんの役者としての心構えは素晴らしいものですね」
あれ? と、内心思ったのは記者がこれ以上追及してこなかったことだ。もっと根掘り葉掘り聞かれると思っていた私は肩透かしを食らった。
何故だろうと考えると、一つの答えに行きあたる。
玲二だ。彼が裏から手を回したのかもしれない。この舞台挨拶が始まる前日の晩に『心配せずとも全てうまく行く』と呟いていたことを思い出した。そのときは別段気にすることもなかったが、今考えればそういうことなのかもしれない。
無事に舞台挨拶が終わり降壇すると、舞台袖にはまさかの玲二がいた。今日は仕事で遅れると言っており、登壇する前にはここにいなかった。
「ほら? 俺の言った通りになっただろ」
「はい…………権力の使い方の見本というものを見させていただきました」
玲二は私の言葉に満足そうに微笑むのだった。
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