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17.入浴
しおりを挟む「はー、癒されますね」
心地の良い湯が全身を包み込む。湯気で空気が白く色づき、浴室の中は入浴剤の花の香りが充満していた。優しい芳香に身体はもちろんのこと、気持ちまで和んでいく。
私の隣でお湯に浸かるコルネリウスはというと、全身から不機嫌を醸し出し、見るからに臍を曲げているようだった。端正な顔は歪み、皺が刻まれている。
「ほら、混浴とはいっても今の時代、みんなこれを身につけているからあまり気にしないんですよ」
そう呟きながら視線を自分の身体へと向けた。
体のラインに沿った短めのワンピース。タンクトップで膝丈よりも短めではあるものの、衣服と相違ないともいえる。
「これ水着っていうらしいです。最近流行っているもので、基本的に大衆浴場に行く人間はみんな揃って着てます。だって人前で裸になるってやっぱり恥ずかしいでしょう?」
「……それを早く言え」
「確かにそうでした。コルネリウス様は大衆浴場に行くこともないでしょうし、騎士団の方は男性ばかりですしわざわざ水着を着ることもなさそうですもんね」
私は疲れ果てた様子でお湯に沈むコルネリウスを見た。
美しい胸筋に6つに割れた腹筋、背中や肩も逞しい筋肉に覆われている。だが上背もあるゆえなのかすらっとした印象もあり、完璧なプロポーションだと言えた。そしてその彼が履いているのは男性用とされる半ズボンの水着だ。
その姿を見て、心臓の脈が早まったことは後にも先にも秘密である。
水着は女性用も男性用も形は違えど、共に水中で活動できるように作られた衣服である。以前はこのようなものはなかったが、ここ数年で新たに開発されたようで若者はこぞって皆着用していた。
デザインも豊富で、私が着用しているワンピースタイプのものもあれば、腹の露出があるセパレートタイプなど様々だ。水着は人気なため、最近ではどの服飾店でも販売しているほどだった。
屋敷の浴室を使うことになった後、すぐに町の服飾店へ出向き水着を購入した。コルネリウスは店に到着後5分で自分の着用デザインを決めていた。
『……どうでもいい。これでいいだろう』
見るからに上客であるコルネリウスを前に店員が丁重なおもてなしをする中、彼は適当に受け流しているようだった。
私はというと豊富な種類の中から選ぶのに大変苦戦した。最終的にワンピースタイプのものとセパレートタイプのものの二択を迫られ、退屈そうに私の後ろをついてくる彼に問いかけた。
『どっちがいいと思いますか? やっぱりこのセパレートタイプの方が大人っぽいし……』
『いや、こっちの露出の少ないものがいい。これは絶対だ』
『コルネリウス様がそういうなら……』
そんなやりとりがあり、現在に至る。
浴室の中は自分以外の人間はコルネリウスだけで、他には誰もいない。他人の笑い声も聞こえなければ、当たり前のように足を伸ばして浸かることができる。なんて贅沢な時間なのだろうか。
ふぅと息を軽くつき、瞼を閉じる。
全身が温まっていくことで、身体から力が抜けていく。普段のギルドのデスクワークや冒険者対応などで疲弊した肉体がほぐれていくような気がした。
このような良質な気分転換が出来るのは、《妖精のイタズラ》のおかげである。そしてコルネリウスのおかげでもあった。
ふと、消えてしまった妖精リーフのことを思い出した。隣に座り瞳を閉じているコルネリウス。その右手首には輝く手枷が装着されている。そして鎖のような輝く紐で繋がった私の手枷。
「リーフはどこにいっちゃったのかな……」
抑揚のないつぶやきが浴室に消えていく。自然と口に出していたことに気づき、はっと顔を上げる。すると隣に座っていたコルネリウスが私へと視線を寄越していた。
少しだけ気まずく思い、目を背けようとするのと同時。彼は口を開いた。
「消えたわけじゃないだろう。きっと解呪したら会える」
「そうでしょうか」
「ああ。妖精はそう易々と消えるような存在じゃない。知っているだろう? あいつらは人間なんかよりも何倍の寿命がある生命体だってこと」
彼の言葉に私は頷いた。
妖精という存在は長寿で、短くても数百年、長ければ千年以上の時を生きるとされている。おそらくリーフは下級精霊だろう。両親に貰った植木鉢に住んでいたくらいだし、身体もとても小さく、私以外の人間には視覚することもできない。
だが彼女は私の友達なのだ。言葉が通じずとも辛いときは一生懸命励ましてくれているように思えたし、楽しい話をすれば肩に腰掛けてにこにことしているように見えた。
そんな彼女に二度と会えなくなるだなんて耐えられなかった。
「……ありがとうございます」
「なんだ突然」
「いえ、言いたくなっただけです」
彼の不器用な励ましは沈んだ心を勇気づけてくれた。素直ではないコルネリウスだが、人のことをよく見ており、気遣いもできる人間なのだとここ数日で思い知った。
「…………ずっと思ってたんですけど、コルネリウス様って私のことよく睨んできてましたよね? 私のこと嫌ってるんですか?」
無意識に思っていたことを口にしていた。
ここ2年ほど、私がギルドの受付嬢になってからずっと考え続けていたことだった。それをなぜこのタイミングで、まるで日常会話をするように話してしまったのか。
気づいたときには遅かった。デリケートな話を気軽にしてしまった自分の迂闊さを呪いたくなった。コルネリウスに視線を向けるのが怖かった。
浴室はしんと静まり返り、静寂に包まれた。
1秒がまるで1分のように感じられるほど、時間の流れが緩慢になったように感じた。緊張感を感じ、額から流れる汗が目に染みた。
だが、いくら待ってもコルネリウスは反応すら示さなかった。
段々と焦燥感に駆られ、じれったさに気が急く。私は勇気を奮い立たせ、彼の方へと視線を向けた。そこには。
「こ、コルネリウス様!?」
羞恥ではないと断言できる。顔を真っ赤にした──風呂の湯にのぼせ上がったコルネリウスが、ぐったりと湯船の中に沈みかけていた。
驚きのあまり慌てふためきながら、私はコルネリウスの身体を湯船から引き上げた。
「お、重い!」
意識のない男というのはあまりに重く、せっかく風呂で汗を流したにも関わらず汗まみれになりながら身体を運ぶ。浴室から出て、風通しのよい場所へと引きずった。
ちょうど入浴後の水分補給と考えて用意していた冷えたドリンクがあったため、それをゆっくりと彼の口へと含ませた。風魔法の魔石のついた冷風機を当てれば、コルネリウスの眉間に寄った皺は少しずつ薄れてきているようだった。
「大丈夫ですか?!」
「……ん」
どうやら瞬間的に意識を失ったようで、今は私の声に反応する様子が垣間見えてほっと息をつく。
湯にのぼせるだなんて、意外と抜けているところがあるんだなと苦笑していれば。
突然、ぐったりと寝そべるコルネリウスがものすごい力で私の腕を掴んできた。体勢が崩れ、彼の逞しい身体の上へと崩れ落ちる。
そんな私を尻目に彼はぼそりとつぶやいた。
「……きらいじゃ、ない…………」
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