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19.監視任務 コルネリウスside
しおりを挟む監視任務につき1ヶ月が経ち、そろそろ任務が終わりを迎えるといったときのことだ。
さる高位貴族が下町に出向くゆえ、騎士団に護衛任務が回ってきていた。俺はステレの監視があり担当から外れていたが、話だけは聞いていた。その高位貴族というのがどうやら大の子供嫌いで、特に平民の子供を見ればどこであってもムチをふるい、酷い時には殺してしまうこともあるのだという。
そしてその日、俺は任務中にその現場に出くわしてしまった。道中を邪魔されたことが癇に障ったのか、子供を甚振ろうと高位貴族の男が馬車から降りてきていた。俺は貴族と顔見知りの間柄ではあったが、別段親しくしているわけでもなく、そもそも向こうの家の方が爵位が高かった。このままでは標的になった子供が傷つけられるのも時間の問題だった。
「そこの子供。無礼だぞ」
俺は咄嗟に叫び、子供を突き飛ばした。鋭く睨みつけながらその細い腕を拘束する。そして貴族の男に頭を下げた後、子供の腕を背後からねじり上げた。幼い瞳にうっすらと涙の膜が覆う。
「こいつは騎士団が探していたスリの常習犯です。貴殿のおかげで無事確保することができ、大変感謝しております。……おいお前、これから牢にぶちこんでやる。地獄が待ってるから覚悟しろよ」
そう言ってもう一度貴族に頭を下げた後、子供を乱暴に引っ掴み連れていった。どうやら俺が子供を粗暴に扱ったことを見て満足したのか、貴族の男が文句を言うことはなかった。
裏通りに入り、俺は子供を解放した。子供は俺に対してひどく怯えた様子で、一言かける前に逃げるように去っていった。周囲で見ていた平民たちも俺に対して軽蔑の視線を向けてきていることに気がついていた。
あのような貴族は自分の標的が多少なりとも傷つけられている姿を見なければ納得しない。子供には申し訳なかったが、ああしなければどうなっていたか分からない。
ひどい疲労感を覚え、人通りのない路地に入りため息をつく。どうしてだかやりきれない気持ちで吐き気がしていた。
「あの……大丈夫ですか?」
気を抜いていたのだろう、そばに人が近づいてきていることに気が付かなかった。ふと声の主に視線を向ければ──監視対象であったステレ本人で。監視していたことがバレたのかと一瞬警戒したが、彼女の様子を見る限りそうではないのだと悟る。
監視対象に近づかれたからだろうか、それとも憧憬を覚えた相手だからなのだろうか。心臓が跳ね上がり、うまく言葉が出てこない。ただ視線を送ることしかできず、俺は口を噤んだままだった。
ステレは気にすることなく口を開く。
「騎士様。さっきはあの子を助けてくれたんですよね。私、あの貴族の嫌な噂を父から聞いたことがあって……みんな誤解してましたけど、私ちゃんと分かってますから!」
彼女は何度も頷きながら丸い瞳をさらに見開き、鼻息荒く告げてきた。そして満面の笑みを浮かべた。
「すごくかっこよかったです! あの……これからもお仕事頑張ってください!」
そう告げるとステレはそのまま去っていった。
俺はどう反応すればいいのか分からず、ただその場で立ち尽くしていた。
心臓がいつにも増して早鐘を打っている。
全身の体温が一気に上昇し、頭が沸騰しそうなほど熱かった。
俺はその場で力が抜けたようにへたれこむ。きっと今の自分は誰にも見せられないほどの間抜け面をしているに違いない。
もう一度彼女の去っていった方角を見た。
そして理解した。
ステレ・リートを好きになってしまったと。
それからというもの、一週間は仕事に手がつかなかった。緩みきった頭を支配するのは俺を心配して駆けつけてきてくれたステレと、満面の笑みを向けてくる姿。
夜、寝床につくときにも思い出してしまい。
「……はぁ、ステレっ、すき、だっ……くっ!!!」
俺は初めて好意を持った女を想像して自らを慰めてしまった。そのあとは肉欲で汚してしまった罪悪感に押し潰される。だが、夜になればまた同じことを繰り返してしまうのだからどうしようもない。
話したこともない相手であるのに。
あのとき一言でも言葉を返せばよかったと今更ながらに後悔するもの、後の祭りであり。
気づけばそこから2年が経っていた。
巡回で街に出たとき彼女を見かければ、人知れず高揚感と胸の高まりを覚えていた。けれど臆病な俺はあの時から一度も声をかけることができずにいた。
昔から深く人と関わることは苦手で、もし仮にそんな自分を知られれば逃げられてしまうのではないかという不安があった。それに、あれほどに愛らしい女性に下衆な妄想ばかりしている自分が関わることで穢してしまう。それが非常に恐ろしかった。
彼女を見るたびに好きという感情が増幅していく。
騎士の任務に従事しているとき以外は、ステレのことばかり考えてしまう日々が続いていた。
そんな日常を過ごしていたとき、彼女が冒険者ギルドの受付嬢になったと知った。
関わりが持てることで舞い上がった。
だが現実はそれほど甘くなく。
気がつけば俺は彼女を、彼女だけを避けてしまっていた。
ステレから漂う甘い香りに全身が緊張し、その桃色の唇から言葉が紡がれれば反射的に口から拒絶の言葉が飛び出してしまう。あの焦茶色の瞳と視線がぶつかれば、あまりの愛らしさにすぐに逸らしてしまった。
ステレにだけそっけない態度を取り、冷たくしている自覚はあった。それは俺の体が勝手にそう動いてしまうことで、彼女と会ったあとはいつも頭を抱えてのたうちまわりたくなる。
自分の感情が周囲にバレてしまうのも恐ろしかった。世の人間はなぜ平気な顔をして愛する人と接することが出来るのだろうか。不思議でたまらない。
「……はぁ、かわいいっ、ステレっ、好きだっ、好きだっ、っ!!!」
日々の日課となりつつある自ら肉欲を慰める行為。そしてあの愛らしい彼女をオカズにしてしまう罪悪感。
今日は目と目が合ったと日記帳に記録をつける。
────今日もじっと見ていたことがバレそうになり、目を逸らしてしまった。いつか彼女の目を見て、好きだと言える日が来るのだろうか。彼女の周りには優秀な幼馴染や将来有望な冒険者など数多くの男がいる。あいつらに分け隔てなく話しかける姿は尊敬に値するが、そんな簡単に気を許してはみんな好きになってしまうだろう。彼女が笑いかける相手が俺だけであれば、どれだけ幸せだろうか。
出来事や妄想を記し、床につく。
ステレは俺がこのような感情を抱いていることなど露ほども思わないだろう。だがいつか勇気を踏み出せたとき、己の抱く好意を余すことなく伝えられたら。そう願いながら過ごし続けていた。結局は騎士とギルド職員という関わりができても、2年間親しくなることはなかったのだが。
そしてあの事故が起こったのだ。
騎士団の巡回をしていたあの日。
ステレは非番でどこかに出かけていたのだろう、巡回中に邂逅した。いつも通り、好きな女の顔を見れた高揚感を胸に抱えて彼女をじっと見つめていれば、目がかち合ってしまい途端に逸らしてしまう。
またやってしまったと思いながら巡回を続けていれば、ステレのギルド証を持った窃盗犯を捕獲したのだ。俺はそのとき思った。これをきっかけに彼女と距離を詰めることができないかと。
打算の中、ギルド証に書かれた住所に赴いた。ボロ屋の中でも彼女は美しく輝いていたが、やはり防犯という面で心配が降り積もった。なにせこれほどまでに愛らしい人だ。人通りはあるとしても、鍵さえ壊してしまえば誰でも彼女の全てを奪えてしまう。そう考えただけで苛立ちが募り、つい表に出してしまった。
自分の言葉足らずな面は自覚しており、彼女を怒らせてしまったとき。あの《妖精のイタズラ》が起こったのだ。
これは運命だと思った。
妖精が繋いでくれた俺と彼女の関係。
口は勝手に拒絶を吐き出していたが、内心は舞い踊りたくなるほど高ぶっていた。けれど同時にこんな天邪鬼な自分を彼女がどう思っていて、いつか好意を抱いてくれる日がくるのか不安も抱いていた。
解呪について前向きに語りつつも、本心ではこの状況がいつまでも続いてくれたらと願ってしまっていた。
だが世の中そんな甘くないことはわかっている。
だから俺はこの呪いが解ける前までに何をしてでも素直になるつもりだ。どんな結末になったとしても、絶対に「好きだ」と告げてみせようと思う。
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