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21.幼馴染の心配
しおりを挟む日も落ちかけてきた時刻、私とコルネリウスはというと街の中を歩いていた。最終目的地はもちろん私の自宅である。
コルネリウスへのお願いは無事叶えられ、私は帰宅を許された。もちろんコルネリウスというコブ付きではあるのだが、その許可が取れただけでも嬉しいことで。
当初、私の願いに『なぜだ』と渋るような様子を見せていたが、生活する上で必要なものが不足しているからと伝える。
『それならば、そこらの店でいくらでも買えばいい。金なら出してやる』
どうやら私と共に古いアパートへ行くことに忌避感があるのか、そのような的外れなことを言っていた。はっきり言わないと分からないのかと思い、私は溜息と共に本音を口にした。
『女性にはいろいろ必要なものがあるんです! もし私が下着を買いに行きたいって言ったら着いてこれますか? 手枷のせいで離れられないのでそうなりますけど』
その言葉をきっかけにコルネリウスは渋々ながらに頷いた。
これでのぼせたことの看病に対する貸し借りはなしだと宣言し、無事現在に至る。
「それにしてもコルネリウス様。あんなふうに言ってはいけませんよ?」
「……あんなふう、とは?」
「ほら、『いくらでも買えばいい』とか『金なら出してやる』とか。そういう言葉を簡単に言うと誤解されちゃいますから」
当たり前のような表情で口にしていた。なんだか甘やかされているようで──まるで恋人のようだと、内心ドキッとさせられていた。
「確かにコルネリウス様は貴族で騎士様でお金持ちかもしれませんが、そう易々と女性にお金を明け渡すような真似はよしてくださいね! 私みたいな悪女に騙されちゃいますから」
手に持った袋に視線を向け、続いて隣を歩くコルネリウスの顔を覗き見る。
屋敷から出たあと、私たちはショーウィンドウを横目に歩いていた。その中に飾られていた靴は女性らしいお洒落なデザインのもので、一瞬で目を惹かれた。普段ギルドで働く時の動きやすさを重視していた私にとって縁遠いものだった。
飾られた靴を見て「かわいい」と独り言を呟いたのが始まりで、なんとそれを聞いてかコルネリウスは店に押し入り、これを買うと店員に宣言した。
気がつけば何度も試し履きを強要され、お会計へ。支払いを終えたコルネリウスはその場で「……やる」と袋を突きつけてきたのだ。
きっと一度帰宅したいと言う願いだけでは割に合わないなどと考えたのかもしれない。思いもよらないプレゼントに動揺したものの、予想外の気遣いに喜びを感じている自分がいた。戸惑った私に対し、彼は呆れたように冷たく告げる。
『俺にとっては些細な買い物だ。貧乏人はありがたく受け取っておけ』
なんとも上から目線の物言いではあったが、私が受け取りやすいように遠回しの気遣いをしてくれたのだろう。素直ではないコルネリウスらしい言葉に思わず微笑みが溢れてしまった。
「……お……になら………れてもいい」
「……ん? なんですか」
「っ、なんでもない」
ボソリと呟かれた声は風でかき消え、もう一度聞き返すもののコルネリウスはにべもなく顔を背ける。どうしたんだと疑問が浮かびながらも、足取りはなぜだか軽かった。
一瞬、隣を歩くコルネリウスと小指同時が触れ合う。
その瞬間、心臓がどくりと跳ね上がった。
手枷の関係でそばを歩かなければならないので、ここ数日はこの距離を保って過ごし続けている。最初は気が滅入っていたが、ここ数日で少しずつ慣れていったような気がしていた。コルネリウスのふてぶてしさも素直になれない裏返しのようなもので、距離が縮まっていってると感じている。
けれど今はこの場から逃げ出したい気持ちになった。
二度も肌を見せ合い、普段は見せないようなところを見せ合った仲なのに。たった一瞬、小指が触れただけで何をそわそわしているのだろう。
ちらりとコルネリウスへと視線を移せば、いつも通りの仏頂面だった。それを見た私は何かを期待していたのか、落ち込みかける自分がいることに気がついた。そのような気持ちは受け流してしまおう、そう前を向きかけたとき。
「……っ!」
右手が温かいものに包まれた。
それは紛れもなくコルネリウスの手で──私は彼に手を握られているのだと気がついた。
「っ、万が一にもはぐれたら大変だ。…………仕方がないから握っておく」
言い切る彼の横顔は夕日に照らされているからか、はたまた羞恥心からくるものなのか。耳や首までも朱に染まっていた。
しばらく無言が続いた。
何を言えばいいのか分からず、ただひたすら足を動かして目的地まで進み続ける。
不意に思った。
なんの苦労もなくいつも通りのペースで歩けていること。きっとコルネリウスが私の歩幅に合わせてくれているのだと。
手を握りしめたまま、私たちは歩いた。
目的地である自宅は街の端であり、それなりに時間がかかった。
見覚えのある通りに差し掛かり、古いアパートが視界に入った。けれどそれよりも目を引いたのは──。
「っ、バルテル!?」
燃えるような赤毛にこんがりと焼けた筋肉質な男。
幼馴染であるバルテルがなぜか私のアパートの前で待っていた。思わず声を上げたからか、彼は私に気がついたようで。
「……ステレっ!」
駆け寄ってきたバルテルはまるで飼い主に捨てられた犬のようだった。普段の太々しさはどこへいったのか。私よりも年上で、冒険者としての実力もある男のそのような姿はちぐはぐさを感じさせるものだった。
彼はみるからに焦燥感に駆られていた。
私の元に辿り着いたかと思うと、肩を掴み揺さぶってくる。
「おいステレ! なんかトラブルに巻き込まれて──」
バルテルが不自然に言葉を切った。その視線は下方を向いており、目線の先を辿る。そこにはコルネリウスと繋いだ手があり。
「……っ、あっ、こ、これは……」
思わず手を振り解き、赤らんだ顔を隠すように腕で覆う。それを見ていたバルテルは不機嫌に眉間に皺を寄せ、隣に立っていたコルネリウスへと鋭い視線を向けた。
そういえば2人の仲は最悪だったとギルドでのことを思い出し、一触即発の雰囲気に狼狽える。
そんな私を尻目に2人はお互い咎めるような視線を向け合った。
「……お前、ステレを誑かしてんじゃねぇぞ。騎士のくせに軽々しく俺の幼馴染に手を出しやがって」
「手を出す? お前は何を言ってるんだ。これは互いの合意の上でのことだ。第三者に口を挟まれる所以はない」
「屁理屈を!」
彼らの勢いは私を置いて勝手に加速していく。
すでに周りは見えていのか、『馴れ馴れしいぞ』『お前こそ』と罵り合いが続く。
既視感のある光景に私は頭を抱えた。
バルテルは私を心配してくれていらのだと理解している。
幼い頃から家が近所ということもあって兄妹のように育ち、成人してからもよく面倒を見てくれていた。
女癖と口が悪いところもあるが、根はいい奴で周囲からの信頼も厚い。
『ステレは臆病だから、俺が守ってやる。お前の兄ちゃんだしな!』
『バルテル兄がいれば怖くないね! ありがとう!』
年端も行かない頃、外遊びをして迷子になった私を見つけ出してくれたのも彼だった。自分もまだ幼いというのに、日が落ちるまで懸命に汗だくになってまで探してくれたのを今でも覚えている。そんな彼は近所の子供達のリーダーでもあり、勇猛果敢で情に熱いと一目置かれていた。
それは大人になった今も同じである。
剣の師匠でもある父の一人娘ということもあるのだろう。私にとっては頼れる兄のような存在だった。
「はぁ、ちょっと2人とも。いい加減にしてください。ここをどこだと思ってるんですか!」
仲裁すべく強めの口調で口を挟めば、2人はぴたりと口論をやめた。バルテルはしゅんと肩を落とし、見るからに落ち込んでいるようだった。罪悪感を覚えながらも、赤髪の幼馴染へと視線を向けて言い募る。
「今日はもう日も暮れてきてるし、一旦帰ってくれない? その様子から事情は聞いてるかもしれないけど、また後日ちゃんと説明するから」
「っ、俺はステレが心配で──」
「分かってる。バルテルお願い。言うこと聞いて」
見るからに腑に落ちない様子だったが、最終的に「分かった」と呟いた。その背中を見送り、ようやく息をつく。
これからコルネリウスのカバーもしなければならないと思うと頭痛がしてくるようだった。彼は押し黙ったままむっつりと口を結んでいた。私はため息をつき、一言告げる。
「一旦家に入りましょう」
コルネリウスの腕を無理矢理引き、古びたアパートに入っていく。扉を開けて中へと足を踏み入れた。そのとき。
不意に腕を強く掴まれ、引き寄せられる。
近づく距離にいっきに心臓の脈が早まり、緊張感が増した。どうしたのかと口を開こうとしたのと同時、コルネリウスの唇が私の唇を強引に奪った。
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