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1話
フルダはいつも通り仕事を終え、自宅アパートまで帰宅した。
5年前から知り合い経由で紹介されたパン屋の仕事は今年でももう4年目。顔を覚えてもらうことで、馴染みの客も増えた。毎日欠かさずパン屋で買い物する客の一人には『フルダちゃんがいるからこのパン屋が一番だ』などと言ってくれる。
充実した毎日を送ってはいるが、今年でもう26歳。結婚適齢期はとっくに過ぎている。恋人もおらず、寂しい独り身だ。けれども今の生活が性に合っているため、中々自分の環境を変えるきっかけがなく、ずるずると今の日常を過ごしていた。
「おお、フルダ。今帰りか」
アパートの鍵を開けようと扉の前に立っていると、ちょうど隣人と出会してしまった。フルダの部屋の一個隣である角部屋に住む男。偶然かち合ってしまい、苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
鋭い目つきに三白眼。髪を金色に染めたはいいものの、根本が黒くなっている。耳には多数のピアスを開け、首元のあいた衣服をだらしなく着崩している。それに対し顔立ちは甘く、端正なのがフルダの勘に触った。
「……ヴィダル。あんた酒臭──」
「ヴィダルー! お待たせ! 避妊具買ってきたー!」
幼馴染であるヴィダルの言葉に返答しようとすれば、甲高く甘い声がそれを遮った。桃色の髪を靡かせた初対面の美人は手元の箱を顔のそばで振った。
「おせぇ。どんだけ待たせんだ」
「だって近所に買いに行ったらちょうど売り切れだったんだもん。ていうか、今からするっていうのにヴィダルの部屋に置いてないのが悪いんでしょ」
「昨日使いきっちまったんだよ。んなことより早く入れ」
フルダは赤裸々な美女と幼馴染の言葉に顔を顰めるでも赤面するでもなく、ただ無心で二人のやりとりを眺めていた。いつも通りの日常で、むしろ安心感まである。慣れとは怖いものだ。
明け透けなやり取りを横目にフルダはにっこりと微笑みを浮かべた。
「あの~、これから致すのであれば少し声を抑えていただけると助かります」
「はぁー。うるせぇ幼馴染が隣人とかマジ最悪だわ」
ヴィダルは肩をすくめながら言う。
ぴくりとこめかみがひくつくが、ここで怒鳴り散らすのも得策ではないと長年の経験で理解していた。きっと何倍にもなってぐちぐちと嫌味を言われるのは分かりきっているのだ。
態度の悪い幼馴染に対し、桃髪美女は「努力します~」とへらへら口元に笑みを浮かべて隣の部屋に入って行ってしまった。
ヴィダルはというと先ほどまで呆れたように頭をがしがしと掻いていたが、思い出したように口元に弧を浮かべて言い募る。
「処女のお子様には喘ぎ声だけでもハードル高ぇもんな。フルダは俺らの声聞きながら、一人寂しく自分を慰めてろ」
ニヤニヤとこちらを嘲笑うような笑み。
怒鳴りつけたいというような怒りを通り越し、今の感情は虚無に近い。
仕事終わりの疲れ切った体にヴィダルという毒薬は刺激が強すぎるのだ。
フルダは男の言葉は無視し、諦めるように部屋に入る。中に入り扉が閉まる直前、厳つい刺青の入った腕が差し込まれた。強引に扉を開かれ、ヴィダルが顔を覗かせる。
「おい無視すんな。お前が無視するなんて100年早ぇんだよばーか」
そう言い捨てたヴィダルは不機嫌に鼻を鳴らし、去っていく。隣の部屋の扉がばたりと閉まる音が耳に届く。
どこまでも憎たらしく、嫌味な男だ。
フルダは思いっきりため息をつきながら部屋の鍵をしっかりと閉め、ばたりとベッドに寝そべった。
隣に住むヴィダルとはもう20年以上幼馴染をやっており、切っても切れない関係といって過言はないだろう。同じ孤児院で育ったため、幼少期から互いのことをよく知り尽くしていた。
だが今住んであるアパートが隣の部屋になったのはただの偶然で、ヴィダルが2年前に引っ越してきたときは大層驚いたものだった。
彼は今彫り師として働いているらしい。治安の悪いその外見からも想像がつくと思うが、非常に女癖が悪く、頻繁に違う女を連れ込んでいるようだった。
アパートの薄い壁越しから聞こえる女の甘い声。どうやら今日も致し始めたようで、フルダは部屋着に着替えるのと同時に耳栓を着用する。
ヴィダルが引っ越してきてからこの耳栓はフルダの愛用品の一つとなった。情事の声は綺麗さっぱり聞こえなくなり、安心していつもの日常を送ることができる。
気持ちを切り替え、「食事にしよっかな」と呟くのだった。
5年前から知り合い経由で紹介されたパン屋の仕事は今年でももう4年目。顔を覚えてもらうことで、馴染みの客も増えた。毎日欠かさずパン屋で買い物する客の一人には『フルダちゃんがいるからこのパン屋が一番だ』などと言ってくれる。
充実した毎日を送ってはいるが、今年でもう26歳。結婚適齢期はとっくに過ぎている。恋人もおらず、寂しい独り身だ。けれども今の生活が性に合っているため、中々自分の環境を変えるきっかけがなく、ずるずると今の日常を過ごしていた。
「おお、フルダ。今帰りか」
アパートの鍵を開けようと扉の前に立っていると、ちょうど隣人と出会してしまった。フルダの部屋の一個隣である角部屋に住む男。偶然かち合ってしまい、苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
鋭い目つきに三白眼。髪を金色に染めたはいいものの、根本が黒くなっている。耳には多数のピアスを開け、首元のあいた衣服をだらしなく着崩している。それに対し顔立ちは甘く、端正なのがフルダの勘に触った。
「……ヴィダル。あんた酒臭──」
「ヴィダルー! お待たせ! 避妊具買ってきたー!」
幼馴染であるヴィダルの言葉に返答しようとすれば、甲高く甘い声がそれを遮った。桃色の髪を靡かせた初対面の美人は手元の箱を顔のそばで振った。
「おせぇ。どんだけ待たせんだ」
「だって近所に買いに行ったらちょうど売り切れだったんだもん。ていうか、今からするっていうのにヴィダルの部屋に置いてないのが悪いんでしょ」
「昨日使いきっちまったんだよ。んなことより早く入れ」
フルダは赤裸々な美女と幼馴染の言葉に顔を顰めるでも赤面するでもなく、ただ無心で二人のやりとりを眺めていた。いつも通りの日常で、むしろ安心感まである。慣れとは怖いものだ。
明け透けなやり取りを横目にフルダはにっこりと微笑みを浮かべた。
「あの~、これから致すのであれば少し声を抑えていただけると助かります」
「はぁー。うるせぇ幼馴染が隣人とかマジ最悪だわ」
ヴィダルは肩をすくめながら言う。
ぴくりとこめかみがひくつくが、ここで怒鳴り散らすのも得策ではないと長年の経験で理解していた。きっと何倍にもなってぐちぐちと嫌味を言われるのは分かりきっているのだ。
態度の悪い幼馴染に対し、桃髪美女は「努力します~」とへらへら口元に笑みを浮かべて隣の部屋に入って行ってしまった。
ヴィダルはというと先ほどまで呆れたように頭をがしがしと掻いていたが、思い出したように口元に弧を浮かべて言い募る。
「処女のお子様には喘ぎ声だけでもハードル高ぇもんな。フルダは俺らの声聞きながら、一人寂しく自分を慰めてろ」
ニヤニヤとこちらを嘲笑うような笑み。
怒鳴りつけたいというような怒りを通り越し、今の感情は虚無に近い。
仕事終わりの疲れ切った体にヴィダルという毒薬は刺激が強すぎるのだ。
フルダは男の言葉は無視し、諦めるように部屋に入る。中に入り扉が閉まる直前、厳つい刺青の入った腕が差し込まれた。強引に扉を開かれ、ヴィダルが顔を覗かせる。
「おい無視すんな。お前が無視するなんて100年早ぇんだよばーか」
そう言い捨てたヴィダルは不機嫌に鼻を鳴らし、去っていく。隣の部屋の扉がばたりと閉まる音が耳に届く。
どこまでも憎たらしく、嫌味な男だ。
フルダは思いっきりため息をつきながら部屋の鍵をしっかりと閉め、ばたりとベッドに寝そべった。
隣に住むヴィダルとはもう20年以上幼馴染をやっており、切っても切れない関係といって過言はないだろう。同じ孤児院で育ったため、幼少期から互いのことをよく知り尽くしていた。
だが今住んであるアパートが隣の部屋になったのはただの偶然で、ヴィダルが2年前に引っ越してきたときは大層驚いたものだった。
彼は今彫り師として働いているらしい。治安の悪いその外見からも想像がつくと思うが、非常に女癖が悪く、頻繁に違う女を連れ込んでいるようだった。
アパートの薄い壁越しから聞こえる女の甘い声。どうやら今日も致し始めたようで、フルダは部屋着に着替えるのと同時に耳栓を着用する。
ヴィダルが引っ越してきてからこの耳栓はフルダの愛用品の一つとなった。情事の声は綺麗さっぱり聞こえなくなり、安心していつもの日常を送ることができる。
気持ちを切り替え、「食事にしよっかな」と呟くのだった。
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