10 / 83
婚姻の儀2
そんな宣言があり、とんとん拍子に婚姻は進んだ。
1ヶ月という稀に見ぬ短期間で準備をなすことが気ができたのは、ひとえに陛下の勅命と国随一の名家であるベークマン公爵家の力あってのものだろう。
この1ヶ月の間、ヘドヴィカはボジェクと一度たりとも会うことがなかった。単に婚姻の準備で互いに忙しかったのもあるし、ヘドヴィカが意図的に避けていたというのも理由の一つだった。手紙が来ていても忙しいと突っぱねるくらいしか抵抗を見せられないのが悔しい。
(子供っぽいとはわかってるの。でも結婚してしまえば毎日顔を合わせることになるのよ。それまでは出来るだけあの人と会わないでいたいと思うのは当然のことでしょ?)
ヘドヴィカは自分を納得させるべく言い訳を並び立てた。
それに貴族同士の政略結婚となれば、婚姻の儀の当日まで新郎新婦ともに顔を合わせないこともある。だから何もおかしなことはないのだから。
自身の男性不信については一言も説明していない。これを説明するならば、自然と過去の出来事で受けた傷を今一度晒す必要がある。隠し続けることなどできないと分かっていても、傷つけてきた本人へそれを話すことは勇気がいることだった。
婚姻の儀当日。
数日前にベークマン公爵家より届けられた真っ白なドレスを身に纏い、ヘドヴィカは大きくため息をついた。
(……怖いわ。久しぶりに大勢の人の前に顔を出さなければいけないのよね)
屋敷に閉じこもりきりだったヘドヴィカにとって、公衆の面前に立つことは何よりそら恐ろしい。人の目が己の醜い姿を映すことに抵抗を覚えているから。
送られてきたドレスは繊細な刺繍と触り心地の良い良質な生地で作られており、見るからに高価だと判別できる。婚姻の日取りが決まった当日にやってきた服飾師らによって仕立てられたこのドレスが自分に似合っているとは思えなかった。卑屈と言われようとも、これまで生きてきた根付いた考えはそう簡単に変えることはできない。
(また子豚姫と呼ばれてしまったら……いいえ、気にしてはダメよ。落ち着くの、私)
恐怖を押し殺しながら待機していれば、ヘドヴィカはついに儀式が始まると声をかけられる。婚姻の儀は教会で行われ、両家の親族や皇家の面々が参加している盛大なものだった。
両親は「とても綺麗だ。花嫁の中できっと一番美しいに違いない」「すごく似合っていて可愛らしいわ。自信を持ちなさい」と褒めてくれた。気力を振り絞り、赤い絨毯が敷かれた道を歩く。見知らぬ人々の視線に晒されたヘドヴィカは震える体を落ち着かせようと、呼吸を意識しながら一歩一歩進んだ。
ボジェクという1番の不安の種があるお陰だろうか。それとも式の手順を追うのに精一杯だからか、吐き気や眩暈はするものの、その場で失神するようなことにはならなかった。
参加者たちがヘドヴィカの姿を見た瞬間、感嘆の息をついていることを花嫁当人は気が付かない。
「噂とは全然違いますね。なんて麗しい……」
「若い頃の傾国メルヘ姫にそっくりね。さすが親子」
緊張に気を取られ過ぎていて、周囲を気にする余裕もないヘドヴィカは頭に手順を思い浮かべながら歩く。
絨毯の先には婚儀を執り行う神父と、これから夫になるであろう悪魔がいた。
「「……っ」」
互いに息を呑む。片方は根付いた恐怖心から、片方は──。
赤い瞳と視線がかち合えば、先に視線を逸らしたのはボジェクの方だった。彼の白い頬がほんのり紅潮しているのは、きっと自分と同じように彼も緊張しているからだろう。
真っ白な衣はヘドヴィカのドレスと対になるデザインで作られていた。二人並べばまるで番い鳥のようだ。隣に並んだ途端、体がぶるりと震えてしまった。
(我慢できる。私は大丈夫)
神父の祝詞など耳には入らない。
ただひたすらこの儀式が早く終わって欲しいと願い続けていた。
「それでは誓いの口付けを」
その途端、ヘドヴィカは驚愕に目を見開いた。
(聞いてない! 聞いていないわ! 口付けするなんて!)
ヘドヴィカが指示されたのは赤い絨毯の上を歩き、手に持った花束を神へ捧げるため説教台横の台に置き、ボジェクの隣に立つこと。そのあとは流れに身を任せなさいと説明を受けただけだったからだ。
(そもそも婚姻の儀で口付けするのは旧式の儀式だけよね……最近ではほとんど行われないものが、よりにもよって! これが公爵家の形式なの?)
ヘドヴィカは身をすくませ、その場で固まった。
微動だにしない新婦を不審に思ったのか、儀式に出席した面々がどよめき始めた。それを見かねたのか、ボジェクは無理矢理ヘドヴィカの肩を引き寄せた。触れられたことに気づいた花嫁はびくりと肩を揺らす。
「……っ!」
「おいっ、何やってる。もういいから頭だけ寄越せ」
ボジェクは強引にヘドヴィカの華奢な体を引き寄せる。
小声で囁かれたと思えば、次の瞬間唇に温かいものが触れた。柔らかくしっとりとしたそれの正体がボジェクの唇だと気づくや否や。
「っ、嫌! 近寄らないでっ!」
反射的に興奮しながら叫んでしまう。
ボジェクの身体を力一杯に突き飛ばすものの、元々の体格差のせいか彼の身体はびくともしない。
視線が重なる。
赤い瞳は驚愕に見開かれていた。
まるで信じられないものをみるような視線が揺れている。
(あ、だめ……倒れる)
頭から血の気が引いていき、足に力が入らない。
ふらりと身体が傾くが、誰かに支えられた。礼を言う間もなく、そのまま意識が遠のいていく。
ヘドヴィカは婚姻の儀の中、皆がいる前で失神した。
あなたにおすすめの小説
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末
コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。
平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。
そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。
厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。
アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。
お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。
番外編始めました。
世界観は緩めです。
ご都合主義な所があります。
誤字脱字は随時修正していきます。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。