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椿かもめ

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婚姻の儀2


 そんな宣言があり、とんとん拍子に婚姻は進んだ。
 1ヶ月という稀に見ぬ短期間で準備をなすことが気ができたのは、ひとえに陛下の勅命と国随一の名家であるベークマン公爵家の力あってのものだろう。

 この1ヶ月の間、ヘドヴィカはボジェクと一度たりとも会うことがなかった。単に婚姻の準備で互いに忙しかったのもあるし、ヘドヴィカが意図的に避けていたというのも理由の一つだった。手紙が来ていても忙しいと突っぱねるくらいしか抵抗を見せられないのが悔しい。

(子供っぽいとはわかってるの。でも結婚してしまえば毎日顔を合わせることになるのよ。それまでは出来るだけあの人と会わないでいたいと思うのは当然のことでしょ?)

 ヘドヴィカは自分を納得させるべく言い訳を並び立てた。

 それに貴族同士の政略結婚となれば、婚姻の儀の当日まで新郎新婦ともに顔を合わせないこともある。だから何もおかしなことはないのだから。

 自身の男性不信については一言も説明していない。これを説明するならば、自然と過去の出来事で受けた傷を今一度晒す必要がある。隠し続けることなどできないと分かっていても、傷つけてきた本人へそれを話すことは勇気がいることだった。

 婚姻の儀当日。
 数日前にベークマン公爵家より届けられた真っ白なドレスを身に纏い、ヘドヴィカは大きくため息をついた。

(……怖いわ。久しぶりに大勢の人の前に顔を出さなければいけないのよね)

 屋敷に閉じこもりきりだったヘドヴィカにとって、公衆の面前に立つことは何よりそら恐ろしい。人の目が己の醜い姿を映すことに抵抗を覚えているから。

 送られてきたドレスは繊細な刺繍と触り心地の良い良質な生地で作られており、見るからに高価だと判別できる。婚姻の日取りが決まった当日にやってきた服飾師らによって仕立てられたこのドレスが自分に似合っているとは思えなかった。卑屈と言われようとも、これまで生きてきた根付いた考えはそう簡単に変えることはできない。

(また子豚姫と呼ばれてしまったら……いいえ、気にしてはダメよ。落ち着くの、私)

 恐怖を押し殺しながら待機していれば、ヘドヴィカはついに儀式が始まると声をかけられる。婚姻の儀は教会で行われ、両家の親族や皇家の面々が参加している盛大なものだった。

 両親は「とても綺麗だ。花嫁の中できっと一番美しいに違いない」「すごく似合っていて可愛らしいわ。自信を持ちなさい」と褒めてくれた。気力を振り絞り、赤い絨毯が敷かれた道を歩く。見知らぬ人々の視線に晒されたヘドヴィカは震える体を落ち着かせようと、呼吸を意識しながら一歩一歩進んだ。

 ボジェクという1番の不安の種があるお陰だろうか。それとも式の手順を追うのに精一杯だからか、吐き気や眩暈はするものの、その場で失神するようなことにはならなかった。

 参加者たちがヘドヴィカの姿を見た瞬間、感嘆の息をついていることを花嫁当人は気が付かない。

「噂とは全然違いますね。なんて麗しい……」
「若い頃の傾国メルヘ姫にそっくりね。さすが親子」

 緊張に気を取られ過ぎていて、周囲を気にする余裕もないヘドヴィカは頭に手順を思い浮かべながら歩く。

 絨毯の先には婚儀を執り行う神父と、これから夫になるであろう悪魔がいた。

「「……っ」」

 互いに息を呑む。片方は根付いた恐怖心から、片方は──。

 赤い瞳と視線がかち合えば、先に視線を逸らしたのはボジェクの方だった。彼の白い頬がほんのり紅潮しているのは、きっと自分と同じように彼も緊張しているからだろう。
 
 真っ白な衣はヘドヴィカのドレスと対になるデザインで作られていた。二人並べばまるで番い鳥のようだ。隣に並んだ途端、体がぶるりと震えてしまった。

(我慢できる。私は大丈夫)

 神父の祝詞など耳には入らない。
 ただひたすらこの儀式が早く終わって欲しいと願い続けていた。

「それでは誓いの口付けを」

 その途端、ヘドヴィカは驚愕に目を見開いた。

(聞いてない! 聞いていないわ! 口付けするなんて!)

 ヘドヴィカが指示されたのは赤い絨毯の上を歩き、手に持った花束を神へ捧げるため説教台横の台に置き、ボジェクの隣に立つこと。そのあとは流れに身を任せなさいと説明を受けただけだったからだ。

(そもそも婚姻の儀で口付けするのは旧式の儀式だけよね……最近ではほとんど行われないものが、よりにもよって! これが公爵家の形式なの?)

 ヘドヴィカは身をすくませ、その場で固まった。
 微動だにしない新婦を不審に思ったのか、儀式に出席した面々がどよめき始めた。それを見かねたのか、ボジェクは無理矢理ヘドヴィカの肩を引き寄せた。触れられたことに気づいた花嫁はびくりと肩を揺らす。

「……っ!」

「おいっ、何やってる。もういいから頭だけ寄越せ」

 ボジェクは強引にヘドヴィカの華奢な体を引き寄せる。
 小声で囁かれたと思えば、次の瞬間唇に温かいものが触れた。柔らかくしっとりとしたそれの正体がボジェクの唇だと気づくや否や。

「っ、嫌! 近寄らないでっ!」

 反射的に興奮しながら叫んでしまう。
 ボジェクの身体を力一杯に突き飛ばすものの、元々の体格差のせいか彼の身体はびくともしない。

 視線が重なる。
 赤い瞳は驚愕に見開かれていた。
 まるで信じられないものをみるような視線が揺れている。

(あ、だめ……倒れる)

 頭から血の気が引いていき、足に力が入らない。
 ふらりと身体が傾くが、誰かに支えられた。礼を言う間もなく、そのまま意識が遠のいていく。

 ヘドヴィカは婚姻の儀の中、皆がいる前で失神した。

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