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貢ぎ物と変化2
しおりを挟むヘドヴィカの言葉を変な風に捉えてしまったコリーは今にも泣きだしそうだった。その面持ちに庇護欲を掻き立てられ、胸がぎゅっと苦しくなるのは致し方ないことで。ヘドヴィカはわざとらしいほど明るく言い切った。
「伝えていなかったんだもの。知らなくて当然だわ」
言葉通り、コリーの発言に関してはまったく持って気にしていない。
消化不良で寝込んでしまった日の翌日。
ベークマン公爵家にいるヘドヴィカを一人の年嵩の女が訪ねてきた。彼女はバリーク伯爵領でヘドヴィカの主治医を担当していたマルファという女医で、男性不信による症状を幼い頃から見てくれていた。
そのとき初めて屋敷にいる一部の使用人に自らの病のことを打ち明けたのだ。最低限、使用人頭であるエスメにだけは元々ボジェクより知らされていたようだった。使用人の大移動もあったから、彼らを取りまとめる人間として当然のことだろう。
ヘドヴィカ付きのコリーは新たに得た女主人の話を聞き、ひどく狼狽したようだった。聞いた後は今後は自ら使える主人を守ろうと決意を新たにしたようで、覚悟を決めた瞳で見つめてくる。そんなまっすぐ純粋な瞳を受け、腰が引ける思いだった。
ヘドヴィカは主治医とのやりとりを思い返す。
『王都にやってきてからというもの、男性と話したり……その、少し触れたとしても気絶しなくなってきていて──』
『まあ。それは朗報ですね。少しずつ改善の傾向が見られるということでしょうか。……男性と話す時の様子を伺っても? 震えたり吐き気を感じたりなどは?』
『うーん……旦那様と会話をするとき、最初は震えが止まらなかったんですが。その……ね、閨の触れ合い以降は意外と平気になってきているような感じがします』
最後までは交わっていない事実を公に話すのも躊躇われ、少しばかり濁して伝える。マルファは考え込んだのち、『それならば──』と話し出した。
『ヘドヴィカ様の旦那様に協力してもらえれば、男性不信も少しずつ改善していくかもしれませんね。もちろん無理は禁物ですが、経験というものは言葉でよりも優ります』
『そう、ですか……』
確かに世界で一番苦手な男と触れ合いを繰り返せば、他の男とはなんの支障もなくコミュニケーションを取ることができるようになるだろう。
ヘドヴィカは納得する。
『カウンセリングを繰り返すだけよりも屋敷の外を出てみたり、旦那様との触れ合いを通して長年染みついた男性に対する恐怖心が少しずつ拭っていけば……いつかはなんの躊躇もなく大勢の人の前に立てる日が来るかもしれませんね。ヘドヴィカ様としてはいかがですか?』
マルファ医師はきっとヘドヴィカが男性不信を本気で治したいのかどうか、その意思を確認しているのだろう。
唇を噛みしめ、思考を巡らせる。
(……10年間患い続けた病が完治する? 心の病は治りづらいと聞いたけれど、いきなりそんなことがあるの?)
ヘドヴィカの人生と共にあり続けた男性不信が改善し、自由に外を歩き回る。そんなことたいそうなこと、ここ数年考えたことがなかった。
よくよく考えてみれば、トラウマの対象である男と口付けまで交わしたのだ。他の男性など恐るるに足らないとも言えるだろう。
『……お嬢様は長年お屋敷の中に篭りきりでしたね。きっときっかけが必要だったんでしょう。一つの出来事を発端として男性不信が芽生えたのならば、逆に一つのきっかけで乗り越えられるという可能性だってあります。自らの心に問いかけ続けてください。自分がこれからどうしていきたいのかを』
その言葉はヘドヴィカの胸に突き刺さった。
全てを諦めてきていた自分。
急激に変わっていく環境が自分を知らず知らずのうちに変えていく。
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