お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

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新婚旅行3


 どこか遠慮がちに口にしていたが、他のことに気を取られていたヘドヴィカは彼の様子を気にするでもなく、曖昧に言葉を濁した。

「そう、ですね……」

 ヘドヴィカは考えを巡らせていたのだ。
 街中を自らの足で歩くのは10年ぶりとなり、これは男性不信へのリハビリの一歩になる。
 それが感慨深かった。

 唾を飲み込み、ボジェクに対して頷く。

「では、案内お願いできますか」

「っ! ああ、わかった!」

 急に声が大きくなったボジェクに驚き、思わず二度見してしまう。気合の入った様子がどこかおかしい。

(期待されたり、お願いされると気合が入るタイプなのかしら)

 夫の新たな一面に苦笑し、ヘドヴィカはまた窓の外に顔を向けた。すると、すでに街中を抜けていたようで。

「わぁ!」

 辺り一面が花畑となっている地区に突入していた。温かい季節とは異なり少し肌寒い時期であるのに、花々は華麗に咲き誇っていた。

「ここは季節によって植える花を入れ替えているんだ。今は寒い土地でも咲く花が植っているはずだ。アルディラの観光名所の一つとしても有名だな」

「聞いたことあります! うわぁ……こんなにも見事な場所だなんて! 見惚れてしまいそうです」

色とりどりの花に目を奪われていたヘドヴィカは、彼女の横顔をじっと見つめ、何か言いたげなボジェクに気が付かない。それほどまでに外の情景に夢中だった。

 しばらく馬車を走らせれば、目的地となる別荘に到着した。クリーム色の外壁と薄青の屋根をを持つ、豪邸と言って差し支えないほどの大きなお屋敷だった。

「王都のお屋敷よりも大きい……」

「土地が広いからな」

 ヘドヴィカの呟きを拾った彼は当たり前のように返す。そしてそのまま続けた。

「この辺り周辺のだだっ広い場所はぜんぶ俺が所有する土地だ。昔、爺さんからもらったんだ」

「お祖父様ということは……前ベークマン公爵様ですか?」

 ボジェクは「ああ」と頷く。

 そういえば彼は亡くなった前ベークマン公爵に大層気に入られていたと記憶している。ヘドヴィカは会ったことはないが、前公爵が末の孫を目に入れても痛くないほど可愛がっているという噂は幼いヘドヴィカでも知っていた有名な話だった。
 そのように甘やかされた結果、あのような自分勝手で高慢な人格が形成されのだろう──などと、子供の頃のボジェクを思い出し、ヘドヴィカは勝手に予想した。
 
 国1番の貴族の当主から与えられた土地ならば、これほど広いのも納得がいく話だ。

 ここでようやく己の嫁いだ男が別世界で生きてきた人間なのだと実感した。

 ヘドヴィカも伯爵令嬢ではあるが、ベークマン公爵家とは持っている財も土地の広さも権力も、そして家の歴史も、すべての規模が桁違いだ。

 バリーク伯爵家に皇族である母が嫁いできたのは『ケル』のお陰で最も勢いがある貴族だったというのもあるが、本当のところは父のことを愛していた母の我儘が大きな要因であった。両親は恋愛結婚だったのだ。本来であれば、バリーク伯爵家は皇族が嫁ぐほどの家柄ではないのだから。

 大きな屋敷を前にして立ちすくんでいるヘドヴィカの顔を覗き込んだボジェクは手を差し出した。

「エスコートは──あ、」

 ボジェクは途中で言葉を切り、小さく声を漏らした。貴族として染みついた女性をエスコートする仕草が勝手に体を動かしたようで。行動を終えた後、ヘドヴィカが男に触れることができないことに気がつき、居心地な悪そうに固まってしまった。

 馬車に乗り込むとき、降りるとき。
 どちらもヘドヴィカに触れないように立ち回る気遣いに彼女自身も気がついていた。

(手を取ってエスコートを受ける。これも一つのリハビリよね)

 ボジェクは今更ながら気付いたように腕を引っ込めようとした。が、ヘドヴィカはそれよりも早く手を重ねた。

 それに体を震わせたのは、ヘドヴィカではなくボジェクの方だった。

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