お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

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急転直下3


 感情的になるボジェクの一方で、後ろ姿の男はそんな夫を軽く宥めるように言い聞かせていた。

 聞き覚えのない艶やかな男の声。
 金色の髪を輝かせる後ろ姿。
 知らない人かと思ったが、その口調とボジェクを諌める様子は既視感を感じさせるもので。

 どくり、と心臓が音を立てた。
 全身にじんわりと汗をかき、恐怖で指先の震えが止まらなかった。

 ヘドヴィカは呆然と立ち尽くし、争う彼らを視界にとらえ続ける。

 先に目線があったのはボジェクで、眉間に皺を寄せながら苛立った瞳をこちらへと寄越してきた。視線が重なった瞬間、彼は怒鳴るのをやめてその場で固まった。
 まるで後ろめたいことでもあるかのように顔を歪め、唇を結んで押し黙る。

 そんなボジェクの変化を感じ取った金髪の男は、諌めていた相手の視線の先を追うようにして振り返った。
 ヘドヴィカもそちらへ視線を向けた。目が合った瞬間、男──アダムは青い瞳を大きく見開いた。まるで人形のように固まり、ヘドヴィカを凝視する。

(アダム……なんで)
 
 久しぶりに邂逅する男は昔の面影が強く残っていた。
 思考が停止し、その場から動くことすらできなかった。

 それは過去の恋からくる胸の高鳴りなど安っぽい感情ではなく、トラウマの原因となった二人が揃ってヘドヴィカを見つめてくること状況により忌々しい過去の記憶がフラッシュバックしたからだった。

 あの時の惨めな感情が蘇ってくる。
 ボジェク一人だけのときはそうでもなかったのに、二人合わさると手に負えないほど心を蝕んでいくようだった。

 アダムのまっすぐな青い瞳から逃げ出したくて仕方がなかった。物語に登場する王子様のような姿でただひたすらにヘドヴィカを視界に捉え続ける。 
 それが懐かしさなのか、ただ単に驚いているだけなのか、ヘドヴィカには分からない。
 正直どのような感情であっても、いまだ不安に押しつぶされて打ち震える彼女にとってどうでもよいものだった。

 場が固まり、数秒が経過した。
 その中で初めに動いたのはボジェクだった。

 状況に気がついたボジェクは足音を立ててヘドヴィカの元へとやってくる。その表情から読み取れるのはどう考えても明るい感情ではなく、怒りと苛立ちからくる負のもので。歪んだ形相で言葉が紡がれる。

「っ、使用人に伝えただろ! 部屋から出るなって!」
 
 ボジェクの怒鳴り声にびくりと肩を振るわせた。
 そばで様子を見ていたコリーを見つけるや否や、ボジェクは眉間の皺を深くした。

「そこの使用人。こいつを部屋から出すなって命令したのを忘れたのか!」

「……っ、も、申し訳、ありませんっ」

 コリーは声を震わせながら謝罪をする。
 雇い主の逆鱗に触れ、明らかに怯えた様子で顔を青褪めさせていた。
 それをみてヘドヴィカは言葉を遮るように声をあげる。

「だ、旦那様! ……私が勝手に部屋を出たんです。こ、コリーを責めないでやってください」

 尻すぼみになってしまうのは恐怖で身がすくみ、心が揺れているからだった。それでも年下で、自分のために尽くしてくれている娘が責められている姿を看過できなかったため、思わず口を挟んでしまった。

 一度ついたボジェクの怒りの炎はヘドヴィカの今の姿を目に映した瞬間、急激に鎮火したようだった。
 どうみてもヘドヴィカは怯えており、先刻怒鳴られたばかりのコリー以上に顔色が悪かったのだ。真っ青を通り越して紙のように血の気のない顔色が、もともと儚い印象を感じさせるヘドヴィカを一層不憫に見せる。

 ボジェクはそんな妻に声をかけようと手を伸ばしかけた。けれどその手が届くよりも、背後から届いた声の方が一瞬早かった。

「ボジェク! そういうのはやめろって昔から言ってるじゃないか。ヘドヴィカ嬢が怯えてるだろ?」

 その様子はまるで10年前、ヘドヴィカを助けてくれていたアダムの姿そのものだった。

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