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同衾にて2
怒ったように声を上げた彼女の様子にボジェクは小さく息を呑んだ。ヘドヴィカも本気で怒ってはいなかったが、夫の頑なな姿に意地悪したくなったのだ。
そうしたやりとりがあっからか、ボジェクは視線を彷徨かせながら体をヘドヴィカの方へと向ける。どこか緊張しいな様子で彼女の顔を視界に捉えた。
「お、怒るなよ」
ぱっと手首を掴まれ、突然の行動に思わず目を丸くした。掴まれた手首を見て目を見張ったヘドヴィカは、彼の方へと視線を移す。
真っ赤な瞳はまっすぐにこちらを貫いてくる。
どうしてだか、ヘドヴィカはまるで肉食獣を前にした獲物のような気分に陥った。
心臓が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
けれども吐き気や眩暈が起こることはなく、むしろ掴まれた手のひらの温もりが心地よさを感じていた。
不思議な感覚だった。
ゆっくり口を開き、感情を吐き出す。
「怒ってませんよ。安心してください」
アダムが屋敷を訪ねてきたときのように、言葉で直接的に縋られているわけではない。けれど彼の表情はあのときとそっくりで、まるでヘドヴィカの機嫌を損ねることを恐れているように見えた。
気づけば『安心して』と口にいたのだ。
ヘドヴィカの言葉が慰めになったのか、ボジェクはほっとしたように握っていた手首の力を緩めた。
安堵したというように表情も緩め、一言囁いた。
「……そうか」
「それじゃあ寝ましょうか。明かりはどうされますか?」
ベッドサイドにあるランプの炎がゆらゆらと揺れ、部屋を照らしていた。ヘドヴィカは明るくても暗くても寝れるタイプだから、ボジェクに合わせようと問いかけてみる。
「俺は別にどっちでも構わないが」
「私もです。うーん、月明かりも出ていますし消してしまいましょうか」
「分かった」
ヘドヴィカは炎にふっと息を吹きかけてランプを消した。
部屋を照らす明かりは窓の外から差し込む月光だけになった。
ボジェクはヘドヴィカの手首を握りしめたまま掛布をかぶった。
(……握っていたいのかしら? まあいいけれど)
親に甘える子どものようで少しだけ可愛らしいと笑いが溢れる。彼の口調はいつもに比べて固く、他人との同衾に落ち着かないかもしれないと思ったが、案外嫌ではないのかもしれない。
それを口にするような野暮なことはしない。きっと指摘すれば、機嫌を損ねるだろうことが予想できたからだ。
掛布を胸まで引き上げ瞼を閉じていれば、次第に眠気が襲ってくる。昔から寝つきだけは人以上にいいと言われてきたが、そばで誰かの温もりを感じながら眠りにつくことがこれほどまでに心を穏やかにさせることなど知らなかった。
心地の良い温もりに抱かれ、ヘドヴィカは意識を閉ざした。
その晩。
ヘドヴィカにしては珍しく夜中に目を覚ました。
理由は単純なことで。
「……んんっ、……あれ」
寝ぼけ眼で隣を見れば、ぽつりと開いたベッド。
見覚えのない寝室に、眠りにつく前のことが思い起こされる。
(そういえば、旦那様と一緒に同衾したんだったわ。……でも)
なぜか隣に彼はいなかった。
きっとボジェクが抜け出したことで、きっと自分も目を覚ましてしまったのだろう。
手洗いにでも行ったのだろうと考え、今一度目を瞑る。だが一向に眠気がやってこない。
次第に疑念が膨らみ、目を開けて彼のいない寝台を見た。
しばらく経っても彼がちっとも戻ってこないからだ。
(……さすがに戻ってくるの、遅くないかしら?)
もんもんと考えてしまい、やはり眠れない。
目が冴えてしまったことを自覚し、ため息をついた。
ヘドヴィカは寝台から起き上がり、部屋を出た。
幸い月明かりのおかげで真っ暗というわけではなく、部屋にあった手持ちランプを手にとって、そばに置かれたマッチで明かりをつけた。
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