お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

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分たれた道1


 そう言ってアダムは語り始めた。
 ベークマン伯爵は昔から上昇志向の強い人間で、いつか公爵家の人間を蹴落として自分が頂点に立ってやるという願望と野心を抱いていたという。
 そこで選んだのがアダムの母になるアンジェリーナだった。

 彼女は侯爵家の一人娘で、他国の王族の血を引いており妻にするのには最適だと考えたのだろう。
 けれど婚姻後、不幸なことにアンジェリーナの実家は没落してしまうこととなった。侯爵家からの金や権力者とのつながりは断絶した。一切の支援が不可能となり、嫁いできた妻は不要な存在へと堕ちていくのも時間の問題だった。

 それでも離婚は体裁が悪いと考えたベークマン伯爵はあろうことかアンジェリーナを蔑み、まるで下女のように扱ったのだという。
 それを見たベークマン伯爵家の連中はこぞって当主である父を尊重し、同じようにアンジェリーナを侮り、侮蔑した。

 ちょうどその頃アダムを妊娠したのは偶然だった。
 アンジェリーナが周囲の環境と妊娠で精神が不安定になっていくのは致し方ないことで。
 生まれてきたアダムに対してはまるで宝物を扱うように優しく、穏やかに接してくれていて──アダムはそんな母が大好きだった。
 12歳になるまでは母にとっては苦痛でも、アダムにとっては平穏な日々が続いていた。

 けれどそんな日常は終わりを迎えることになる。
 ベークマン伯爵のアンジェリーナに対する扱いは歳を重ねるごとに一層ひどく、過激になっていった。
 冬場に寝巻き一つでベランダに放り出され、死にかけていた母を偶然アダムが見つけたこともある。
 もし発見することがなければ、きっと母はその場で凍死していたことだろう。

 アンジェリーナはどんどん精神を病んでいった。
 すでに取り返しのつかないほどで、夢遊病を発症して勝手に屋敷を徘徊したり、手首を切るなど自殺未遂を繰り返すようになった。
 母にそんなことをさせないためにアダムは見張りをつけてはいたが、その日、父の指示で大したようでもないのにもかかわらず、いっときの間王都を離れることになってしまった。

 それが人生最大の後悔を生むことになるとは、この時のアダムは想像もしていなかった。

 母が亡くなった。
 その知らせを聞いて、馬車を飛ばして早急に駆けつける。
 話に聞けば、どうやら見張りの目を盗んで窓から飛び降りたのだという。
 最近は自殺未遂は少なくなってきていて、ベッドで横になっていることが増えていたため油断していたのかもしれない。
 だが、どうやらその日はちょうど帰宅した父と廊下でばったり会ってしまい、ひどい罵倒の言葉を受けたのだという。目撃した使用人から聞いた話だ。

 気落ちしたアンジェリーナから目を離すことになったのは、客人を招く対応に忙しかった父がアダムの金で雇い母のそばにつけていた見張り役の使用人らを勝手に使ったからだった。

 外面だけは誰よりもよかった父は家の中では手がつけられないほど横暴で、人を人とも思わぬ言動をする人間だ。
 そんな男に指示を出され、アダムの使用人らも逆らうことが出来ないというのも理解はできた。

 そのせいでアンジェリーナから目を離すことになり、父の登場で精神が不安定になった母は格子の嵌められた自らの部屋ではなく、窓になんの細工もしていなかった別室の窓から飛び降りたのだという。

 一部の部屋を除いて簡単に飛び降りることが出来ないように、窓を完全に開かないようにしたりと固定していた。 けれどそれを取っ払ったのは父だった。
 どうやら客人を招くのにみっともないからとの理由で、使用人らの忠言聞かずに勝手に固定する器具を外してしまったのだ。

「……こんな感じかな。僕は父を恨んでるんだ。そして同時にそんな父を形作ったベークマン伯爵家を恨んでいる。父さえいなければ、ベークマン伯爵家が母を無碍に扱わなければ……誰か一人でも母を救ってくれる人がいれば」

「…………お前は自分をも恨んでるんだな」

 心の声が漏れたのかと思った。
 ヘドヴィカと同じ気持ちを吐き出したボジェク。
 アダムはまるで水中で溺れているかのように息苦しそうな顔つきをしていた。
 加えて碧眼から覗くのはそこ知れぬ絶望と父や家への憎悪──そして自分自身への嫌悪感。

 ヘドヴィカは幾度もその瞳を鏡の中で見てきたからすぐにピンときた。
 自分に失望し、嫌悪することが常だったからだ。
 だからアダムもきっと負の感情を自分に負け続けているのだろう。

 そしてボジェクもきっと同じに違いない。
 自分への強い悪感情を抱いたことがあるからわかることだ。

「だから捕まってもいいと思ってこいつに毒を呑ませたり、自分の家を没落するために手回ししたり……陰でこそこそ動いてたんだな。ようやく理解できた」

「ちなみにヘドヴィカ嬢にも言ったれど、あの時は毒殺しようと思って紅茶に盛らせたわけじゃないんだよ。僕は快楽殺人者じゃないからね」

「……は? おまえ何を言ってる?」

 つぶやいたボジェクはヘドヴィカの方へと視線を寄越した。
 その様子をちらりと見たアダムは凍りついた空気とは裏腹に、和かに告げ始めた。

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