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椿かもめ

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分たれた道2

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「彼女、10年前の茶会で『ケル』入りの茶ばかり飲んでだでしょ? それを見て、きっと好物だろうし原産地在住なら口にする機会も多いと思ってた。少なからず肉体に毒耐性が出来上がってると考えていたんだ。一応ヘドヴィカ嬢の家族にも確認をとってるよ」

「ええっ、か、確認?!」

「情報収集には色々つてがあるんだよ。事前に『ケル』の効能も知っていたし、本当に殺すつもりはなかった」

 アダムは言葉を連ねた後、「まあ──」と続けた。

「あの時言った言葉はすべて本心だけどね。情けない姿のボジェクに対しての言葉も──二人の不幸せを祈るって言葉も」

 そう告げるアダムの瞳は薄暗く濁っていた。
 誰かの幸せを祈るよりも全人類が不幸であってほしい。 そんな呪いが垣間見える目に、全身に鳥肌を立ててしまう。

「だって僕は死ぬつもりだし、僕だけが不幸であり続けるのはなんか悔しいからね」

「はっ、死ぬつもりだって!?」

 身を乗り出しながら大声を上げたボジェク。
 大きく足音を立ててアダムに近づいたかと思えばその胸ぐらを掴み、先刻以上の声で怒鳴りつけた。

「お前っ、ふざけんなよっ! 死ぬつもりだから関係ねぇ!? んなら残されたやつの迷惑も考えてからものを言え! くそ、この自己中野郎が!」

「自己中、ね。さすがに君には言われたくないよボジェク。きっとヘドヴィカ嬢もそう思ってるでしょ」

「……ごめんなさい。私も概ねボジェクに同意です。これだけ私たちを巻き込んでおいて、はい今世からさようならって。……あなたが自ら死を選びたいと思っているのならば、正直私には何も言えません。正しい選択肢とは思えませんが、生きるも死ぬもあなたの自由ですから。もちろん目の前で死のうと思っているのなら全力で止めますが! ……知らぬふりをしたら目覚めが悪いからですけどね」

 少しだけ言葉に棘が混ざってしまったが、おおむね本心だった。
 殺すつもりはなくとも毒を盛られたのは事実だし、もしかすると何らかの手違いで本当に命を落としてしまう可能性だってあった。
 アダムがヘドヴィカの命を適当に扱ったのは紛れもない事実だ。

 けれどそれとは別で、ヘドヴィカは別にアダムに死んで欲しいと思っているわけではない。
 むしろ反省をして、ヘドヴィカに真摯に謝って欲しかった。己の行いを後悔し、今後誰かの血で己の手を汚さぬよう心に刻みつけるべきと思っていた。

(それにしたって彼の話は重すぎるわ。確かに父親がしたことは許されることじゃない。罪状も多く出てきているらしいし、言い逃れはできなそう。……昔のベークマン伯爵令息が成熟していたのって環境のせいもありそうね)

 そう考えるだけで辛いものがあった。
 大人にならざるをえない環境というのが悲しみを煽る。
 
「君たちはそう考えるんだね。……さすが殺そうとした相手を騎士団に突き出そうとしないだけあるよ」

「好きなだけ言ってろ」

 ボジェクがいい捨てれば、アダムは少しだけ口元を緩めて笑っていた。
 自然な笑みが垣間見えたのも束の間のことで、すぐにいつもの貼り付けたような優男面へと戻ってしまう。

「僕は君たち二人の混乱して騒ぎ立てる姿が結構好きなんだ。感情豊かな君たちを見ていると、少しだけこの胸に燻る憎しみが薄まっていくような気がするからね。……今日きたのは少しこの地を離れることになって、出発前に顔を見ようと思ったからなんだ。実家も取り潰しになったし、牢に入れられそうな雰囲気もないし、いっそ旅にでも出ようかなって思って」

「──その前にお前を騎士に突き出したら?」

「別にそれでもいいよ。牢獄で過ごすのも一興かもね」

 アダムは本心からそう述べていた。
 彼の心の闇はボジェクやヘドヴィカには一切理解できぬ類のものなのだろうと、この時ようやくわかった。
 彼を救えるのは自分らではないことに今更ながらに気付かされる。

 去り際、アダムは言った。

「……ヘドヴィカ嬢。君は本当に美しくなったよね。あの湖で見た君の瞳の輝き──きっと僕は忘れないだろう。どうかこれからもボジェクを支えてやってくれ。いつか破局して不幸になったら……僕が求婚してあげるから」

「んなことはぜってぇさせねぇよっ!」

 ボジェクは憤怒で顔を真っ赤にし、肩をせき切らせながら声を荒げる。

「ボジェク、君は本当にわかりやすくて……そばにいた楽しいやつだったよ」

 アダムはくすくすと笑いながら屋敷を出ていった。
 きっとアダムは二度と二人の前に顔を見せることはないだろう。
 なんとなくだが、その背中を見て感じてしまった。



 
 屋敷を出て、少し離れたところで立ち止まった。
 先刻のやりとりが思い出され、少しだけ心が安らいだ気がする。

(……それでも“少しだけ”だ。僕の中に宿る憎しみはきっと死ぬまで消えないだろうから)

 アダムが恨むのはなにも父親や家だけではない。
 すべてだ。世界の全てを恨み、蔑み、憎んでいる。

 母が死んだことがきっかけだったのか、そもそも生まれたときからの気質なのか。
 深く根付いてしまった感情が己を破滅へと追い込んでいることは重々承知の上だ。
 嬉々として行なっているのだから、きっと人から言えば頭がおかしいと言われること間違いないだろう、

 それでもいい。
 それがいいのだ。

 胸の内にある破滅願望がアダムの生きる意味なのだから。

(……そう言えば、ヘドヴィカ嬢は僕の母によく似ていたな。誰かを気にかける優しい性根とか透明感のある笑顔とか……顔立ちは似てるわけではないけれど。でも、彼女が僕のものになることはないんだ。だって彼女はすでにボジェクのものだから)

 心がちりりとひりつくのはきっと気のせいだろう。
 アダムは余計な感情を振り払い、一歩を踏み出した。
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