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僕の半分<sound of WAVES>
僕の半分<sound of WAVES> 4
そこから先は沈黙の時間がただ流れた。
時折、社長のスマホのバイブがテーブルにぶつかる音、電話に受け答えの音声、部屋のアナログ時計の秒針の音、それ以外は二人の呼吸なのか溜息なのか判別が難しい音のみだった。
「・・・あのさあ、最初から気になってたんだけど、最初に事務所に所属させてくれってお前がジユル君を売り込んで来た時・・・どうもおかしな感じがしたんだよな。知り合いって言ってたけど、何の接点も無いじゃないか。」
「昔、彼が子役時代に一緒に仕事したって言いましたよ?」
「辞めて6-7年だろ?俳優復帰したいっておまえを訪ねて来たのか?いや、おまえの会社は大元が変わっているし社名も所在も変わってる。ジユル君は、どうやって探し当てたんだ?それと、今、この問題で・・・なんで俺よりお前が先に相談受けてるんだよ?」
「はぁ・・・何と言ったら良いのやら。」
ハソプは貼り付いたような愛想笑いを浮かべ、目線を忙しなく右上に動かしている。それを見て、社長は鼻で溜息を吐いた。
「まだ、隠し事や嘘があるんだな?それにしても、童貞だって自己申告するから清らかなお坊ちゃまかと思いきや、まさか・・・マイノリティ方面だったとはなあ。お前、知っていたのか?」
「はい、知ってました。でも、俺の口から教える事じゃないでしょう?デリケートな事だから。」
「それはそうだが・・・何にも色が付いていない状態で俳優としての評価を得たかったのになあ、公開前からこれじゃあ二重苦三重苦だ。どうしたら、視聴者の色眼鏡を外せるんだ?一番ヤバいのは、これ切っ掛けで先方の配給会社がジユル君を降板させる事だよ。」
「それだけは!!これを逃したら、もう、あの子は絶対に俳優に戻らない。先輩、踏ん張って下さいよ!」
「ヤケにお前が推す理由を、先に教えろ。」
「俺が・・・見付けたんです。7年前に俳優を辞めてしまった彼を、もう一度復帰させたくて。説得して、この作品にまでたどり着いたんです。探して見付けるまで、7年掛けたんです。俳優としての素質を、どうしても諦めきれなかった。俺にとってはダイヤの原石な子でした。」
「そうか。でも、この勝手知ったるみたいなのは、なんだ?そんなに頻繁に出入りしているのか?」
「・・・毎朝、お弁当を・・・・」
「はぁ?車の中でジユル君が食べてるあれ、手作りっぽいから実は女でも居るんじゃないかと思ってたんだ。おまえが?わざわざ弁当届けに、ここまで毎朝?おまえだって仕事あるだろう?」
「ええ、仕事はありますが、家がすぐそこなんで。」
目が合った瞬間、ハソプが顔を背けた。それを見て社長はテーブルに手を着いて中腰になった。
「まさかと思うが、一緒に暮らしてるのか!?お前、ジユル君家に居候してるのか?」
「いいえ。居候はしていません。近所なだけで。」
「ああ?ちなみにお前、何処に住んでるんだ?」
「・・・上の階です。」
「???ジユル君がここに越したのは、つい最近だ。まさか・・・まさか、だよなあ?」
社長は中腰から更に身を乗り出して、テーブル越しにハソプにじわじわと接近した。
「まさか、うちのタレントに手を付けたり・・・してないよなあ?」
益々社長の顔が近寄って、背けた顔を戻したらキスしてしまいそうな距離感だ。
「・・・付けたのは、そちらの俳優になる前の話で・・・・」
ボコッと鈍い音がしたのは、社長がハソプに頭突きを食らわせたからだ。
「いってえ!先輩、酷い!!」
「酷いのはどっちだよ!?お前が熱心に売り込むから預かったのに、手垢付けまくりやがって!それにお前、そっちじゃない筈だっただろう?何なんだ、一体!?」
そこにガチャッと寝室の部屋のドアが開いた。今にも取っ組み合いを始めそうな二人の体勢に目を丸くして、それでもジユルは静かに二人の元へ来て腰を下ろした。
不穏な空気感の中、事務所から社長に電話が掛かってきた。ハソプは頭突きをされた箇所を擦っているので、ジユルが手を伸ばしてそれを見てやったりし始めると、スマホを耳に当てながら社長が”離れろ”とジェスチャーをした。
『事務所スタッフで協議していたんですが、うちの所属のビョルさんが動画チャンネル持っていますよね。結構登録者数多くて高人気です。そこで、ジユルさんがお話されては如何かと・・・編集も出来ますが、予告を打って生放送にすれば、成功すれば今回の事は逆手に取れるかもしれません。危険ですか?』
その提案に、社長は
「各方面にも確認取らなきゃいけないから、ちょっと待っててくれないか。ビョルさんは承諾してくれてるのか?」
『はい、いつでもOKだそうです。』
「それはありがたい。皆にも、色々考えてくれてありがとうと伝えてくれ。」
『当然ですよ。わが社の所属俳優なんですから。』
一旦電話を切って、額に湿布を貼って貰っているハソプに社長は今の会話を語った。
「今、事務所から提案されたんだが・・・こういう場合、放送する許可取りを何処にしたらいいんだ?配給会社とお前の会社か?」
「その前に、ジユル君の意思を聞いて下さい。これはリスクも伴う博打ですから。相手にすぐに繋ぎを取って、弁護士同伴で秘密裏に和解した方が良い場合もあります。ジユル君は、どうしたいの?」
「・・・掲示板を読みました。想像以上の数の書き込みがありました。酷い言葉も沢山ありましたが、それ以上に、僕を庇ってくれるような書き込みが沢山ありました。僕はまだ、あのプレスリリースでしか表に出て居ないのに、見知らぬ方々が頑張れって。こんな事はよくある事だから負けるなって。お前は俳優でいい演技すればいいって・・・子役時代を知ってる、良かったよ、って書き込みも一杯あって・・・」
説明しながらジユルは涙ぐんでいた。
「僕は、先輩にどうしてこんな事をしたの?って聞くより、温かい書き込みで庇って下さった方々に、ご挨拶とお礼を言いたいです。先輩との事は・・・僕が置き去りにされた事以上の進展はありませんから、もし、何かを要求されたら・・・社長と相談しながら都度決めていきたいですが・・・僕はもう、表舞台から逃げたくありません。折角与えて頂いたチャンスも、逃したくありません。それでも・・・何か先輩の気が済まなくて・・・僕が辞めなきゃ許さないって言うのなら、その時は仕方ありません。僕は一生掛かっても社長に違約金の借金をお支払いし続けるしかありません。」
「辞めても、仕方ないって言ってるのか?」
社長は真剣で厳しい眼差しをジユルに向けていた。
「いいえ。辞めたく無いので、精一杯対処したいです。その方法を・・・僕は、先輩と会って話をするより、応援して下さる方々を優先したいんです。甘いって分かっています。だから、僕の甘さを・・・責任取らなきゃならないのなら・・・働いて違約金をお支払いします。」
「ジユル君、先輩って人の性格や行動パターンを、よく思い出してみた?」
「・・・正直、どんな人かも思い出せない位なんです。本当に、僕には過去の事でしか無いって思い知った感じです。」
「それでも、だよ。辛いだろうけど、よく思い出して?じゃないと間違った選択をしかねない。」
「はい・・・喜怒哀楽が激しいタイプじゃありませんでした。でも、僕が察しが悪いって、そんな事も分からないのか?って苛々していて・・・気が利かないって・・・僕は一生懸命考えていたつもりなんですけど、遅すぎるって。」
「二十歳やそこらで古いタイプの頑固おやじ気質もあったんだな。もしかして、君はそう言われて黙り込むタイプじゃなかった?」
「はい。何故、分かるんですか?」
「韓国人のカップル見てご覧よ。道端で派手な言い合い、ケンカしてない?でも、暫くすると腕組んで仲良くしてたり。要は、本音をぶつけ合うのが好きなんだよ。一瞬喧嘩しても、本音が分からないよりはマシなんだ。これはお国柄だね。でも君は、謝って黙りこくって・・・その人は君の本音が知りたくて、わざと喧嘩売ってたんじゃないの?そういう人ならさ、君の言葉を、本音が欲しいって読みにならないかな?」
「・・・もう、会いたくないんです。会ったら、また、きっと、同じような対応しか出来ない。」
俯くジユルをハソプが覗き込むようにして、優しく背を擦り続けていた。そんな二人を見て、社長が漸く口を開いた。
「この選択が正しいか分からないけど、ジユル君が会いたくないなら、スタッフ提案の動画サイトで本音を話してみたらいいんじゃない?相手もきっと見るだろうし。これで、吉か凶か何が出るか分からないけど、その時はその時だ。俺が尻ぬぐいしてやるから、君はそこでケジメ付けてあとは仕事に専念して稼いでくれ。いいかい?」
「ありがとうございます、社長!それと、黙っていて本当にごめんなさい。」
「もう一つ、黙ったままの事、あるよな?」
社長はジユルとハソプとを交互に見た。その目線でジユルははっとして、頭を下げた。
「僕、真剣にお付き合いしています。今、初めて他の人に言いました。別れさせようとしないで下さい。見守って下さい。一生懸命働きますから。僕、ハソプさんを愛しています。」
「・・・分かった。それは、ここ三人だけの秘密だぞ?ハソプ、他所の会社員こき使って悪いんだけど、配給会社とお前の会社と、今回ジユル君が単独で映像に出る許可取りしてくれるか?それで却下されても文句言えないから、その時は別の手を考える。降板要請が来たら、それも仕方ない。俺は、うちのタレントの番組の準備するから。事前告知出して、同日中にジユル君が出演して・・・質疑応答の形を取るか。ついでに・・・ジユル君の出演台本を書いてくれたらなお助かる。」
「いえ、社長!それは、結構です。僕、自分の言葉でちゃんと伝えます。掲示板の人たちにも、先輩にも。お気遣い、ありがとうございます。」
そう言ってジユルはハソプの顔を見上げ二人が微笑み合う様を見て、社長は言葉も無かった。
何処の馬の骨か分からない相手より、知り合い同士がカップルになった方が何かと融通は利きやすい。話も通じやすい。一つの安心材料でもある。そう切り替えて、後はジユルのスケジュールの調整と明日の撮影分の演技指導、出演動画チャンネルの段取り・・・と社長は山積する仕事量に、今夜の睡眠を諦めなければならなかった。
「ジユル君、本当に一人で大丈夫?俺が台本書くのなんて、わけないんだよ?」
「ありがとうございます。どんなに下手くそでも、自分の言葉じゃなきゃ伝わらない事もあると思いますので。社長、僕の部屋には客用布団がまだありません。あの・・・ハソプさんの部屋のベッドに休んで頂いては・・・ダメですか?」
ジユルはハソプを見上げて口元だけ笑ってみせた。
「俺の部屋、好きに使って下さい。暗証番号は・・・スマホに送りますから。ジユル君、先に社長に明日の演技指導受けてさ・・・そしたら、寝れるでしょ?俺もその間に会社に連絡取るから。ね?」
「おいおい、俺だけのけ者にして追い出す気満々なんだな?はいはい、分ったよ。ジユル君、明日の台本出して。」
「はい。お願いします。」
ハソプが社長の代わりに取ったジユル単独番組出演の許可取りの連絡は、双方とも出演作に関する一切を口にしなければOKで、炎上案件に関しては事態の収拾の様子を見てから協議するか、このままかの結論を出す。猶予は一週間程。これで話は纏まった。
ジユルは明日の撮影終了後に、生放送で事務所所属タレントの動画チャンネルに生放送出演する事が決まった。
結局、社長はソファーにジユルの毛布一枚で仮眠し、ジユルとハソプはベッドで寄り添って眠った。掛け布団一枚だけでも、人肌の温もりがあれば十分温かかった。
翌日、撮影は順調に進み、ジユルはNGを出す事も無く落ち着いて演技に臨めた。
災い転じて、全ての秘密から解放されたせいかもしれなかった。
撮影が掃ければ、すぐに移動して事務所所属タレントの動画チャンネルに生放送で出演する。今日はずっと側にハソプが着いていてくれる。
ジユルは緊張することなく、カメラ越しに再会するであろう過去の人と本当のピリオドが打てるのだと、苦しかった記憶が懐かしい思い出に変えられる日が来たのだと信じていた。
「予告出しましたが、本日は生放送です。創設以来ずっと新人輩出が出来なかったうちの会社に、期待の新星現る!のご紹介です。ファン・ジユル君です。どうぞ。」
事務所の先輩でもある、女優でありチャンネル主のキム・ビョルが立ち上がってジユルを拍手で迎えた。
全身白のカジュアルで決めたジユルは、笑顔でビョルに、カメラマンに、スタッフに挨拶をした。
「皆さま、初めまして。ファン・ジユルです。期待の新星です。よろしくお願いします。」
そう言って満面の笑みで、カメラ越しに一万人の視聴者へ挨拶をした。
時折、社長のスマホのバイブがテーブルにぶつかる音、電話に受け答えの音声、部屋のアナログ時計の秒針の音、それ以外は二人の呼吸なのか溜息なのか判別が難しい音のみだった。
「・・・あのさあ、最初から気になってたんだけど、最初に事務所に所属させてくれってお前がジユル君を売り込んで来た時・・・どうもおかしな感じがしたんだよな。知り合いって言ってたけど、何の接点も無いじゃないか。」
「昔、彼が子役時代に一緒に仕事したって言いましたよ?」
「辞めて6-7年だろ?俳優復帰したいっておまえを訪ねて来たのか?いや、おまえの会社は大元が変わっているし社名も所在も変わってる。ジユル君は、どうやって探し当てたんだ?それと、今、この問題で・・・なんで俺よりお前が先に相談受けてるんだよ?」
「はぁ・・・何と言ったら良いのやら。」
ハソプは貼り付いたような愛想笑いを浮かべ、目線を忙しなく右上に動かしている。それを見て、社長は鼻で溜息を吐いた。
「まだ、隠し事や嘘があるんだな?それにしても、童貞だって自己申告するから清らかなお坊ちゃまかと思いきや、まさか・・・マイノリティ方面だったとはなあ。お前、知っていたのか?」
「はい、知ってました。でも、俺の口から教える事じゃないでしょう?デリケートな事だから。」
「それはそうだが・・・何にも色が付いていない状態で俳優としての評価を得たかったのになあ、公開前からこれじゃあ二重苦三重苦だ。どうしたら、視聴者の色眼鏡を外せるんだ?一番ヤバいのは、これ切っ掛けで先方の配給会社がジユル君を降板させる事だよ。」
「それだけは!!これを逃したら、もう、あの子は絶対に俳優に戻らない。先輩、踏ん張って下さいよ!」
「ヤケにお前が推す理由を、先に教えろ。」
「俺が・・・見付けたんです。7年前に俳優を辞めてしまった彼を、もう一度復帰させたくて。説得して、この作品にまでたどり着いたんです。探して見付けるまで、7年掛けたんです。俳優としての素質を、どうしても諦めきれなかった。俺にとってはダイヤの原石な子でした。」
「そうか。でも、この勝手知ったるみたいなのは、なんだ?そんなに頻繁に出入りしているのか?」
「・・・毎朝、お弁当を・・・・」
「はぁ?車の中でジユル君が食べてるあれ、手作りっぽいから実は女でも居るんじゃないかと思ってたんだ。おまえが?わざわざ弁当届けに、ここまで毎朝?おまえだって仕事あるだろう?」
「ええ、仕事はありますが、家がすぐそこなんで。」
目が合った瞬間、ハソプが顔を背けた。それを見て社長はテーブルに手を着いて中腰になった。
「まさかと思うが、一緒に暮らしてるのか!?お前、ジユル君家に居候してるのか?」
「いいえ。居候はしていません。近所なだけで。」
「ああ?ちなみにお前、何処に住んでるんだ?」
「・・・上の階です。」
「???ジユル君がここに越したのは、つい最近だ。まさか・・・まさか、だよなあ?」
社長は中腰から更に身を乗り出して、テーブル越しにハソプにじわじわと接近した。
「まさか、うちのタレントに手を付けたり・・・してないよなあ?」
益々社長の顔が近寄って、背けた顔を戻したらキスしてしまいそうな距離感だ。
「・・・付けたのは、そちらの俳優になる前の話で・・・・」
ボコッと鈍い音がしたのは、社長がハソプに頭突きを食らわせたからだ。
「いってえ!先輩、酷い!!」
「酷いのはどっちだよ!?お前が熱心に売り込むから預かったのに、手垢付けまくりやがって!それにお前、そっちじゃない筈だっただろう?何なんだ、一体!?」
そこにガチャッと寝室の部屋のドアが開いた。今にも取っ組み合いを始めそうな二人の体勢に目を丸くして、それでもジユルは静かに二人の元へ来て腰を下ろした。
不穏な空気感の中、事務所から社長に電話が掛かってきた。ハソプは頭突きをされた箇所を擦っているので、ジユルが手を伸ばしてそれを見てやったりし始めると、スマホを耳に当てながら社長が”離れろ”とジェスチャーをした。
『事務所スタッフで協議していたんですが、うちの所属のビョルさんが動画チャンネル持っていますよね。結構登録者数多くて高人気です。そこで、ジユルさんがお話されては如何かと・・・編集も出来ますが、予告を打って生放送にすれば、成功すれば今回の事は逆手に取れるかもしれません。危険ですか?』
その提案に、社長は
「各方面にも確認取らなきゃいけないから、ちょっと待っててくれないか。ビョルさんは承諾してくれてるのか?」
『はい、いつでもOKだそうです。』
「それはありがたい。皆にも、色々考えてくれてありがとうと伝えてくれ。」
『当然ですよ。わが社の所属俳優なんですから。』
一旦電話を切って、額に湿布を貼って貰っているハソプに社長は今の会話を語った。
「今、事務所から提案されたんだが・・・こういう場合、放送する許可取りを何処にしたらいいんだ?配給会社とお前の会社か?」
「その前に、ジユル君の意思を聞いて下さい。これはリスクも伴う博打ですから。相手にすぐに繋ぎを取って、弁護士同伴で秘密裏に和解した方が良い場合もあります。ジユル君は、どうしたいの?」
「・・・掲示板を読みました。想像以上の数の書き込みがありました。酷い言葉も沢山ありましたが、それ以上に、僕を庇ってくれるような書き込みが沢山ありました。僕はまだ、あのプレスリリースでしか表に出て居ないのに、見知らぬ方々が頑張れって。こんな事はよくある事だから負けるなって。お前は俳優でいい演技すればいいって・・・子役時代を知ってる、良かったよ、って書き込みも一杯あって・・・」
説明しながらジユルは涙ぐんでいた。
「僕は、先輩にどうしてこんな事をしたの?って聞くより、温かい書き込みで庇って下さった方々に、ご挨拶とお礼を言いたいです。先輩との事は・・・僕が置き去りにされた事以上の進展はありませんから、もし、何かを要求されたら・・・社長と相談しながら都度決めていきたいですが・・・僕はもう、表舞台から逃げたくありません。折角与えて頂いたチャンスも、逃したくありません。それでも・・・何か先輩の気が済まなくて・・・僕が辞めなきゃ許さないって言うのなら、その時は仕方ありません。僕は一生掛かっても社長に違約金の借金をお支払いし続けるしかありません。」
「辞めても、仕方ないって言ってるのか?」
社長は真剣で厳しい眼差しをジユルに向けていた。
「いいえ。辞めたく無いので、精一杯対処したいです。その方法を・・・僕は、先輩と会って話をするより、応援して下さる方々を優先したいんです。甘いって分かっています。だから、僕の甘さを・・・責任取らなきゃならないのなら・・・働いて違約金をお支払いします。」
「ジユル君、先輩って人の性格や行動パターンを、よく思い出してみた?」
「・・・正直、どんな人かも思い出せない位なんです。本当に、僕には過去の事でしか無いって思い知った感じです。」
「それでも、だよ。辛いだろうけど、よく思い出して?じゃないと間違った選択をしかねない。」
「はい・・・喜怒哀楽が激しいタイプじゃありませんでした。でも、僕が察しが悪いって、そんな事も分からないのか?って苛々していて・・・気が利かないって・・・僕は一生懸命考えていたつもりなんですけど、遅すぎるって。」
「二十歳やそこらで古いタイプの頑固おやじ気質もあったんだな。もしかして、君はそう言われて黙り込むタイプじゃなかった?」
「はい。何故、分かるんですか?」
「韓国人のカップル見てご覧よ。道端で派手な言い合い、ケンカしてない?でも、暫くすると腕組んで仲良くしてたり。要は、本音をぶつけ合うのが好きなんだよ。一瞬喧嘩しても、本音が分からないよりはマシなんだ。これはお国柄だね。でも君は、謝って黙りこくって・・・その人は君の本音が知りたくて、わざと喧嘩売ってたんじゃないの?そういう人ならさ、君の言葉を、本音が欲しいって読みにならないかな?」
「・・・もう、会いたくないんです。会ったら、また、きっと、同じような対応しか出来ない。」
俯くジユルをハソプが覗き込むようにして、優しく背を擦り続けていた。そんな二人を見て、社長が漸く口を開いた。
「この選択が正しいか分からないけど、ジユル君が会いたくないなら、スタッフ提案の動画サイトで本音を話してみたらいいんじゃない?相手もきっと見るだろうし。これで、吉か凶か何が出るか分からないけど、その時はその時だ。俺が尻ぬぐいしてやるから、君はそこでケジメ付けてあとは仕事に専念して稼いでくれ。いいかい?」
「ありがとうございます、社長!それと、黙っていて本当にごめんなさい。」
「もう一つ、黙ったままの事、あるよな?」
社長はジユルとハソプとを交互に見た。その目線でジユルははっとして、頭を下げた。
「僕、真剣にお付き合いしています。今、初めて他の人に言いました。別れさせようとしないで下さい。見守って下さい。一生懸命働きますから。僕、ハソプさんを愛しています。」
「・・・分かった。それは、ここ三人だけの秘密だぞ?ハソプ、他所の会社員こき使って悪いんだけど、配給会社とお前の会社と、今回ジユル君が単独で映像に出る許可取りしてくれるか?それで却下されても文句言えないから、その時は別の手を考える。降板要請が来たら、それも仕方ない。俺は、うちのタレントの番組の準備するから。事前告知出して、同日中にジユル君が出演して・・・質疑応答の形を取るか。ついでに・・・ジユル君の出演台本を書いてくれたらなお助かる。」
「いえ、社長!それは、結構です。僕、自分の言葉でちゃんと伝えます。掲示板の人たちにも、先輩にも。お気遣い、ありがとうございます。」
そう言ってジユルはハソプの顔を見上げ二人が微笑み合う様を見て、社長は言葉も無かった。
何処の馬の骨か分からない相手より、知り合い同士がカップルになった方が何かと融通は利きやすい。話も通じやすい。一つの安心材料でもある。そう切り替えて、後はジユルのスケジュールの調整と明日の撮影分の演技指導、出演動画チャンネルの段取り・・・と社長は山積する仕事量に、今夜の睡眠を諦めなければならなかった。
「ジユル君、本当に一人で大丈夫?俺が台本書くのなんて、わけないんだよ?」
「ありがとうございます。どんなに下手くそでも、自分の言葉じゃなきゃ伝わらない事もあると思いますので。社長、僕の部屋には客用布団がまだありません。あの・・・ハソプさんの部屋のベッドに休んで頂いては・・・ダメですか?」
ジユルはハソプを見上げて口元だけ笑ってみせた。
「俺の部屋、好きに使って下さい。暗証番号は・・・スマホに送りますから。ジユル君、先に社長に明日の演技指導受けてさ・・・そしたら、寝れるでしょ?俺もその間に会社に連絡取るから。ね?」
「おいおい、俺だけのけ者にして追い出す気満々なんだな?はいはい、分ったよ。ジユル君、明日の台本出して。」
「はい。お願いします。」
ハソプが社長の代わりに取ったジユル単独番組出演の許可取りの連絡は、双方とも出演作に関する一切を口にしなければOKで、炎上案件に関しては事態の収拾の様子を見てから協議するか、このままかの結論を出す。猶予は一週間程。これで話は纏まった。
ジユルは明日の撮影終了後に、生放送で事務所所属タレントの動画チャンネルに生放送出演する事が決まった。
結局、社長はソファーにジユルの毛布一枚で仮眠し、ジユルとハソプはベッドで寄り添って眠った。掛け布団一枚だけでも、人肌の温もりがあれば十分温かかった。
翌日、撮影は順調に進み、ジユルはNGを出す事も無く落ち着いて演技に臨めた。
災い転じて、全ての秘密から解放されたせいかもしれなかった。
撮影が掃ければ、すぐに移動して事務所所属タレントの動画チャンネルに生放送で出演する。今日はずっと側にハソプが着いていてくれる。
ジユルは緊張することなく、カメラ越しに再会するであろう過去の人と本当のピリオドが打てるのだと、苦しかった記憶が懐かしい思い出に変えられる日が来たのだと信じていた。
「予告出しましたが、本日は生放送です。創設以来ずっと新人輩出が出来なかったうちの会社に、期待の新星現る!のご紹介です。ファン・ジユル君です。どうぞ。」
事務所の先輩でもある、女優でありチャンネル主のキム・ビョルが立ち上がってジユルを拍手で迎えた。
全身白のカジュアルで決めたジユルは、笑顔でビョルに、カメラマンに、スタッフに挨拶をした。
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