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Irregular 30
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「同居してるんだよな?家事当番を気にしてるのか?合宿と同じだろ。シフト組んでても、結局はやれる人がやれば収まる。おまえが家事の腕を磨けばいいだけじゃないか。」
「何を無責任に・・・俺は、シーズンが始まればロードもあるから家に居ない事も多いじゃないですか!」
「まあまあ、お二人共、ここでする話じゃないと・・・思いますよ?」
見兼ねて割って入ったIが、新しいグラスにジュースを注ぎ管理部長に手渡した。それを受け取り一気に飲み干してから立ち上がり、Nの肩をぽんぽんと叩いた。
「確か来週面接だったと思うけど、契約に変更があるかもしれないって彼に伝えておいてくれ。当日、担当者から詳しく説明させるから。それで彼が納得したのなら、うちの社員デビューだ。」
Nが口元を強く結んだ顔を見降ろして、管理部長は少し笑っていただろうか。Iはそこだけ重い空気が漂っているようで、ぶるっと一度身震いをした。
結局、宴会がお開きになるまでSはずっと子供たちの面倒をみていたし、Nの不機嫌は直らなかった。
「Sちゃん、楽しかった!」
「今度いつ会えるの?」
「勉強、教えて!」
「Sちゃんと写真撮りたい。ママー!スマホ~!」
別れ難い子供たちにいつまでも引き留められて、Sは後方で立ち尽くしたままのNとIに目配せをしていた。
「すぐにまた会えるんじゃないかな~パパにお願いしてみたら~?」
Iが子供達を掻き分けるように間に入った。誰かに押し飛ばされた気がしたが、頑丈な身体には蚊が止まった程度にしか感じない。
「Sちゃんね、これから家に帰って勉強しなくちゃならないんだよ~早く帰してあげなくちゃ。な?そうだ!みんなで記念写真を撮ろう!それが終わったら、Sちゃんを帰してあげよう。いい?」
Iも懲りずに子供達に問い掛け、同様に見守る父兄達に目配せをしてそれぞれが写真を撮り、漸くSは解放された。
「S君、お疲れ様~」
「はい、疲れては・・・いないです。」
Sは笑顔でIに会釈したが、仏頂面のNが目に留まり目線でIに理由を問うていた。
「ああ・・・S君さあ、帰ってからNに講師契約の話を聞けばいいよ?部外者の俺からは何も言えないから。さ、帰ろ帰ろ。明日は普通に週明け出勤なんだからさ。ほらっ、N。ガキみたいな事すんなって。S君、可哀想だろ?」
「Nさん、どうしたの?」
心配そうに顔を見上げるSに、作り笑顔を浮かべながらNは首を振った。
「I、色々ありがとな。」
「いつものことじゃん。ちゃんとS君を労ってやれよ~?家族会の親達、S君のお陰で皆ゆっくり壮行会を楽しめたんだからさ。」
「ああ。そうする。じゃあ、明日な。」
「おう、お疲れ~」
Iと別れて電車に乗り込んでからも、Nの寡黙状態は続いていた。
Sは自分が出過ぎた真似をしてしまい、それを咎められているのかと不安になった。
結局、一言も話し掛けられず家路に着いてしまった。
玄関のドアを開け中に入った途端、靴も脱がずにSはNに抱き縋った。背後からNの胴に強く腕を絡ませ、背に顔を着けた。
「どうした?」
久々に聞くNの声に、Sは安堵して涙まで浮かべていた。
「僕、何か余計な事しちゃったんだよね?怒らせちゃったんだよね?」
Sの震える声に驚いて、Nは胴に回されたSの両手を掴んで身を翻した。
「え?なんで?何も怒るような事、無いよ?」
「だって・・・不機嫌で喋ってもくれないじゃん。」
「いや、それは・・・S、ごめん。誤解だよ。中に入ろう?」
NはSの手を引いて室内に入った。上着も脱がずにそのまま洗面所へ進み、手洗いうがいを無言で終えた後その場でNはSを抱き締めた。
「ごめんな、S。本当に誤解なんだよ。俺が自分の世界に入り込んじゃっただけなんだ。Sは知らない大勢の中ですぐに人気者になっただろ?俺は鼻高々で本当は自慢して回りたかった位だ。」
「だったら、どうして?」
「うう~ん、上手く説明出来ないんだけどさ・・・一緒に風呂入ろうか。そこで話しよう?」
Nは風呂の準備をする為にSから離れたが、余計にそれが誤魔化されたように思えて、Sは唇を強く噛みしめた。涙が零れるのを堪えていた。
二人で入浴しても身体を洗う間も何となく気まずい沈黙が空間を占め、Sは涙の我慢の限界に達しそうだった。
二人でバスタブの湯に浸かる際、いつものようにNの胸にSが背を着けて凭れ掛かったが、Sはくるりと身を翻して抱き締めるようにしてNに頬をすり寄せた。
「ちゃんと話して下さい。もう・・・不安で泣きそうなんだ。」
「ごめん。俺、Sの事全部分かってたつもりになってただけで、まだ何も知らなかったんだなあ~って、なんだか自分にガッカリ来たんだよ。」
「どうして知らないとガッカリするの?これから知っていけばいいだけじゃないの?僕はNさんの事、そうだよ?」
「う~ん、語彙力が無くて多分伝わらない。それとさ、Sは子供好きだったんだな。もしかして・・・将来普通に結婚して、子供を持って、子育てしたいのに・・・俺とこうなっちゃったから、無理に諦めさせちゃったのかなって・・・自己嫌悪。」
「ええっ?僕が、子供好き?」
Sが波しぶきを上げて身を起こした。
「僕、そんな事言った事ありましたっけ?」
Sは心外だ、という顔でNを見下ろしていた。
「いや、今日のおまえの様子見て、誰もがそう思うだろ?」
「誰に何と思われても僕は気にしませんが、Nさんに誤解されたとなれば釈明が必要です。」
Sに手を引かれ身体を起こされたNは、バスタブにSと向かい合って見詰め合った。
「僕は大学の専攻の中で学校教育学や児童教育学をとっていましたから、試験に合格して免許取得に至ったというだけの話じゃないですか。インターンで小学校や幼稚園にも行きましたから、扱いに慣れているんですよ。それの何処に僕の意思が入っているんです?扱いがちょっと上手いから、それが好きっていうのは短絡的や過ぎませんか?」
「え・・・・・」
半ば怒り口調のSに圧倒されて、Nは何も言葉を返せなかった。
「なんで僕の未来予想図まで勝手に決めつけて・・・今、僕がここにこうして居るのは、僕の意思でしか無いのに。Nさん、酷いや。」
SはNの胸を拳で叩いた。
「ごめん・・・S、ごめん。」
Nの声は明らかに震えていて、胸を叩くSの腕ごと抱き締める身体も僅かだが震えているのが伝わった。
「・・・僕たちは、何でも話すって決めてたのに・・・独りで勝手に考えて・・・辛い想いしてるだなんて・・・それじゃ、二人で居る意味、無いじゃないですか。」
「うん・・・うん・・・」
「やっと一緒に暮らし始めたばかりなのに、Nさんに・・・僕を手放さなきゃって・・・思わせたんでしょ?つい、格好いい所Nさんに見せようとして・・・子供の世話なんか、みるんじゃなかった。」
「違う、違うぞ、S。格好良かったんだよ。本当に。会ったばかりの人を短時間であんなに喜ばせるSが、眩しい位だった。おまえが・・・俺と初めて会った時、俺がドラフトに外れてやさぐれてるってのに、”眩しい”って言ったんだ。その意味が・・・今更だけど、分かった気がした。」
「Nさんは、今でも、僕には眩しいですよ?」
「・・・ありがとう。俺が野球を続けていられるのも、全部、Sのお陰なんだ・・・感謝してもしきれない。誤解させて、嫌な思いさせて、ごめん。」
「Nさん。今日の先がいつまで続くのか分からないけど、僕は、自分の意思でNさんとずっと一緒に居たいです。」
「ああ、俺もだよ。」
Nは漸く曇りの取れた笑顔を浮かべ、Sを優しく抱き締めた。
「・・・手、ふやけちゃった。もう、上がりません?」
「だな。」
二人は交代でドライヤーを掛け合いながら、鏡越しに目線が合えば自然と微笑み合っていた。
「今週のスケジュールだけど、うちの会社に面接に行くのは水曜だったか?」
「はい。午後1時のお約束でした。」
「今日のSの臨時保育園を管理部長が見ててさ・・・土日の課外部活の幼児対象のクラスにも講師の打診があったんだ。もしSがそれを受けたら、社員同等もしくはそれ以上に詰める事になちゃうだろ?俺ら、すれ違いの生活になるのは目に見えてる。だから、あんまりだって言ったんだ。」
「へえ、そんなやり取りが・・・」
「何を無責任に・・・俺は、シーズンが始まればロードもあるから家に居ない事も多いじゃないですか!」
「まあまあ、お二人共、ここでする話じゃないと・・・思いますよ?」
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「確か来週面接だったと思うけど、契約に変更があるかもしれないって彼に伝えておいてくれ。当日、担当者から詳しく説明させるから。それで彼が納得したのなら、うちの社員デビューだ。」
Nが口元を強く結んだ顔を見降ろして、管理部長は少し笑っていただろうか。Iはそこだけ重い空気が漂っているようで、ぶるっと一度身震いをした。
結局、宴会がお開きになるまでSはずっと子供たちの面倒をみていたし、Nの不機嫌は直らなかった。
「Sちゃん、楽しかった!」
「今度いつ会えるの?」
「勉強、教えて!」
「Sちゃんと写真撮りたい。ママー!スマホ~!」
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「すぐにまた会えるんじゃないかな~パパにお願いしてみたら~?」
Iが子供達を掻き分けるように間に入った。誰かに押し飛ばされた気がしたが、頑丈な身体には蚊が止まった程度にしか感じない。
「Sちゃんね、これから家に帰って勉強しなくちゃならないんだよ~早く帰してあげなくちゃ。な?そうだ!みんなで記念写真を撮ろう!それが終わったら、Sちゃんを帰してあげよう。いい?」
Iも懲りずに子供達に問い掛け、同様に見守る父兄達に目配せをしてそれぞれが写真を撮り、漸くSは解放された。
「S君、お疲れ様~」
「はい、疲れては・・・いないです。」
Sは笑顔でIに会釈したが、仏頂面のNが目に留まり目線でIに理由を問うていた。
「ああ・・・S君さあ、帰ってからNに講師契約の話を聞けばいいよ?部外者の俺からは何も言えないから。さ、帰ろ帰ろ。明日は普通に週明け出勤なんだからさ。ほらっ、N。ガキみたいな事すんなって。S君、可哀想だろ?」
「Nさん、どうしたの?」
心配そうに顔を見上げるSに、作り笑顔を浮かべながらNは首を振った。
「I、色々ありがとな。」
「いつものことじゃん。ちゃんとS君を労ってやれよ~?家族会の親達、S君のお陰で皆ゆっくり壮行会を楽しめたんだからさ。」
「ああ。そうする。じゃあ、明日な。」
「おう、お疲れ~」
Iと別れて電車に乗り込んでからも、Nの寡黙状態は続いていた。
Sは自分が出過ぎた真似をしてしまい、それを咎められているのかと不安になった。
結局、一言も話し掛けられず家路に着いてしまった。
玄関のドアを開け中に入った途端、靴も脱がずにSはNに抱き縋った。背後からNの胴に強く腕を絡ませ、背に顔を着けた。
「どうした?」
久々に聞くNの声に、Sは安堵して涙まで浮かべていた。
「僕、何か余計な事しちゃったんだよね?怒らせちゃったんだよね?」
Sの震える声に驚いて、Nは胴に回されたSの両手を掴んで身を翻した。
「え?なんで?何も怒るような事、無いよ?」
「だって・・・不機嫌で喋ってもくれないじゃん。」
「いや、それは・・・S、ごめん。誤解だよ。中に入ろう?」
NはSの手を引いて室内に入った。上着も脱がずにそのまま洗面所へ進み、手洗いうがいを無言で終えた後その場でNはSを抱き締めた。
「ごめんな、S。本当に誤解なんだよ。俺が自分の世界に入り込んじゃっただけなんだ。Sは知らない大勢の中ですぐに人気者になっただろ?俺は鼻高々で本当は自慢して回りたかった位だ。」
「だったら、どうして?」
「うう~ん、上手く説明出来ないんだけどさ・・・一緒に風呂入ろうか。そこで話しよう?」
Nは風呂の準備をする為にSから離れたが、余計にそれが誤魔化されたように思えて、Sは唇を強く噛みしめた。涙が零れるのを堪えていた。
二人で入浴しても身体を洗う間も何となく気まずい沈黙が空間を占め、Sは涙の我慢の限界に達しそうだった。
二人でバスタブの湯に浸かる際、いつものようにNの胸にSが背を着けて凭れ掛かったが、Sはくるりと身を翻して抱き締めるようにしてNに頬をすり寄せた。
「ちゃんと話して下さい。もう・・・不安で泣きそうなんだ。」
「ごめん。俺、Sの事全部分かってたつもりになってただけで、まだ何も知らなかったんだなあ~って、なんだか自分にガッカリ来たんだよ。」
「どうして知らないとガッカリするの?これから知っていけばいいだけじゃないの?僕はNさんの事、そうだよ?」
「う~ん、語彙力が無くて多分伝わらない。それとさ、Sは子供好きだったんだな。もしかして・・・将来普通に結婚して、子供を持って、子育てしたいのに・・・俺とこうなっちゃったから、無理に諦めさせちゃったのかなって・・・自己嫌悪。」
「ええっ?僕が、子供好き?」
Sが波しぶきを上げて身を起こした。
「僕、そんな事言った事ありましたっけ?」
Sは心外だ、という顔でNを見下ろしていた。
「いや、今日のおまえの様子見て、誰もがそう思うだろ?」
「誰に何と思われても僕は気にしませんが、Nさんに誤解されたとなれば釈明が必要です。」
Sに手を引かれ身体を起こされたNは、バスタブにSと向かい合って見詰め合った。
「僕は大学の専攻の中で学校教育学や児童教育学をとっていましたから、試験に合格して免許取得に至ったというだけの話じゃないですか。インターンで小学校や幼稚園にも行きましたから、扱いに慣れているんですよ。それの何処に僕の意思が入っているんです?扱いがちょっと上手いから、それが好きっていうのは短絡的や過ぎませんか?」
「え・・・・・」
半ば怒り口調のSに圧倒されて、Nは何も言葉を返せなかった。
「なんで僕の未来予想図まで勝手に決めつけて・・・今、僕がここにこうして居るのは、僕の意思でしか無いのに。Nさん、酷いや。」
SはNの胸を拳で叩いた。
「ごめん・・・S、ごめん。」
Nの声は明らかに震えていて、胸を叩くSの腕ごと抱き締める身体も僅かだが震えているのが伝わった。
「・・・僕たちは、何でも話すって決めてたのに・・・独りで勝手に考えて・・・辛い想いしてるだなんて・・・それじゃ、二人で居る意味、無いじゃないですか。」
「うん・・・うん・・・」
「やっと一緒に暮らし始めたばかりなのに、Nさんに・・・僕を手放さなきゃって・・・思わせたんでしょ?つい、格好いい所Nさんに見せようとして・・・子供の世話なんか、みるんじゃなかった。」
「違う、違うぞ、S。格好良かったんだよ。本当に。会ったばかりの人を短時間であんなに喜ばせるSが、眩しい位だった。おまえが・・・俺と初めて会った時、俺がドラフトに外れてやさぐれてるってのに、”眩しい”って言ったんだ。その意味が・・・今更だけど、分かった気がした。」
「Nさんは、今でも、僕には眩しいですよ?」
「・・・ありがとう。俺が野球を続けていられるのも、全部、Sのお陰なんだ・・・感謝してもしきれない。誤解させて、嫌な思いさせて、ごめん。」
「Nさん。今日の先がいつまで続くのか分からないけど、僕は、自分の意思でNさんとずっと一緒に居たいです。」
「ああ、俺もだよ。」
Nは漸く曇りの取れた笑顔を浮かべ、Sを優しく抱き締めた。
「・・・手、ふやけちゃった。もう、上がりません?」
「だな。」
二人は交代でドライヤーを掛け合いながら、鏡越しに目線が合えば自然と微笑み合っていた。
「今週のスケジュールだけど、うちの会社に面接に行くのは水曜だったか?」
「はい。午後1時のお約束でした。」
「今日のSの臨時保育園を管理部長が見ててさ・・・土日の課外部活の幼児対象のクラスにも講師の打診があったんだ。もしSがそれを受けたら、社員同等もしくはそれ以上に詰める事になちゃうだろ?俺ら、すれ違いの生活になるのは目に見えてる。だから、あんまりだって言ったんだ。」
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